第9話 婚約

 そうして、オレは、12才になった。

 王国の貴族たちは王立学園に通うらしいが、オレは単なる村人なので、同じような日常が続くだけだった。


 いや、変化はいろいろとあった。

 まずは、オレとサーヤの関係だ。

 オレたちは、婚約した。


 その証拠として、お互いの薬指に指輪をする。

 オレは、親父の伝手つてを頼って、高価なラピスラズリの指輪を贈った。

 サーヤからは、銀の指輪をもらった。

 12才まで、お互い、弱い魔獣の討伐の手助けや薬草採取などでお金を貯めたから買えたのだった。


 サーヤは、ラピスラズリと知った時、とても喜んだ。

 サーヤからの銀の指輪には、何か見たことのない文字が刻まれていた。

「ゆうと」と呼ぶらしい。

 幸せにしてくれる、おまじないという事だった。


 サーヤは、このことを教えてくれる時に涙ぐんでいた。

 余程、思い入れのある呪文らしい。


 この辺鄙へんぴな村にも教会がある。

 婚約の儀式は、その教会で行われた。


 母は終始笑顔で、親父はサーヤの父親と前夜からずっと飲んでいたため、赤い顔をしていた。


 サーヤの父親に言われた。

「もし、不幸にしたら、容赦しねーぞ!」

 神父様は、すかさず、

「誓いの言葉を述べなさい」

 と言われた。


 オレは、

「女神様に誓って、幸せにします!」

 と言ったけど、サーヤの父親のおじさんは、もう一回、もう一回とうるさく、神父様も調子に乗って、誓いなさいとか言うので、何度も誓わされた。


 なんで女神様かって?

 おじさんも神父様も、女神好きだからだ。


 だいたい、おじさんがサーヤを養うことになったのも、教会に女神様会いたさに行ったからだ。

 その時、偶々、教会にサーヤが捨てられていたのだ。

 その時、神父様が、赤ちゃんですが女神様が降臨されましたとか言って、おじさんをそそのかしたんだって。

 サーヤが女神様って?とか思うけど、おじさんは、本気でサーヤを女神様だと思っている。


 そして、オレ自身の変化としては、背が伸びてきて、やっと、サーヤに並んだ。

 それから、オレは時々、変な夢を見たり、魔法や剣術のこととかに既視感を覚えたりするようになった。

 ああ、既視感とか難しい言葉も、なぜかわかるし、使えるようになった。

 オレは、この事を密かに特殊能力と呼んでいる。


 でも、サーヤは、小さい頃から難しいことを言ってたけどね。

 おじさんは、姿は幼子でも、女神様だから大人の言葉を喋るのは当たり前だろって言ってた。


 でも、オレは違うといつも思っていた。

 だって、女神様なら、もっともっとオレに対して優しくしてくれてもいいし、剣の稽古で笑顔でオレを打ちのめさなくていいと思うんだ。


 それに言葉使いがお淑やかじゃないし。

 母さんの方がお淑やかだから。


 でも、もうわかった。アイツもオレと同じ特殊能力を持っているのだろう。



 他の変化としては、オレは、昔から勇者の話は好きだったのだが、この頃には勇者に憧れを抱くようになった。


「母さん、勇者って、カッコいいんでしょ?オレ、なれたらいいな。」

「トーヤ、勇者ってのは、とても大変なのよ。今はいないようだけど、魔王を倒す為に、大変な努力を命がけでしなくちゃならないの。それに、倒せる保証もないし。」


「ふーん、母さんは、勇者の事、嫌い?」

「そうね、どちらかといえば、嫌いだわ」

「えっ、そうなの?なんで?」


「うーん、そうね、もっと大きくなったらわかるわ。」


 オレは、敢えてその理由を突っ込もうとはしなかった。

 大きくなったらわかる・・この言葉は子供によく使われる大人の逃げ口上であり、これ以上は言うつもりはないという拒否の表明でもある。


 母には勇者に何か思うところがあるのに違いなかった。


 勇者に負のイメージを考えていたら、クズ勇者とか勇者のハーレムパーティーとかいう単語が脳内に想起された。

 オレの12才になった頃からの特殊能力が発揮された訳だ。


 勇者って、クズなのかな?

 ハーレムって、親父の憧れだよな。

 一度、親父にも訊いてみようと思った。


 で、ハーレムについて訊いたのだが、親父は母の様子を伺いながら、けしからんと一言、言うだけだった。

 何がどう怪しからんのか、わからずじまいだった。


 でも、ハーレムのイメージは特殊能力でわかってはいるのだが。


 それから、オレは、もう、村長の息子のダルジに虐められてはいない。

 なぜかって、オレは、剣も魔法も強くなったからだ。

 剣は相変わらず、サーヤの方が強いけど、結構、互角近く渡り合っている。

 まあ、魔力を剣にまとわせれば、オレが勝つんだけどね。

 それは、一人で練習している。

 だって、勇者みたいになりたいから。


 オレが変わったのと同じようにサーヤも変わった。

 性格は相変わらずお転婆のままだったが、すらりと伸びた背に髪を後ろになびかせ、黒髪がキラキラと太陽の光を浴びて輝く。

 もう、それだけでも美しい。


 親父と剣術の稽古をするときは、その髪を後ろに一つにまとめるのだが、髪を結ぶ紐が赤くて、それがとても似合っていた。


 もっとも、それをプレゼントしたのはオレなのだが(笑)。

 いつも、大切にしてくれているのを見ると、デレっとしてしまう。


 彼女は、笑うとエクボができて、ちょっと垂れ目になるのが前から可愛かったのだが、顔つきがしっかりしてきて、目鼻が整っており、身体全体のフォルムがスラっとしている中にも柔らかく丸みを帯びて、ちょっと美人のお姉さん風な感じになってきている。


 この時期の女子は、男子より大人めいてくるらしいと、オレの特殊能力は告げている。


 最近、なぜか、彼女の言動が、そして彼女の行動が、懐かしいものに感じられる。

 そんな感想を言おうものなら、バッカじゃないのって言われそうなので、言わないけどね。


 このバッカじゃないのって言葉は、字面だけ見るとイラつく言葉だけど、サーヤが言うと、むしろ、親しみを感じる。

 オレって、マゾかもしれない・・・と、特殊能力が告げた。


 でも、ひょっとすると、恋をするって、こんな感じなのだろうか?

 彼女の事が懐かしく、愛おしく感じるのって・・・。


 オレの特殊能力は言葉や知識について発揮されるが、このような感情については答えが得られるわけではない。



 サーヤとの仲は、婚約者になったので、軽いキスくらいはするようになった。

 でも、それは、まだまだ大人のキスという訳ではなかったけど。





 ~~~賢明な読者の方には、もう、おわかりでしょうが、前世の記憶を全部は思い出してはいないけど、知識などは知っているという感じです。これは、今の私たちでもなぜか既視感やここへ行ったことがあるとか、なぜか知ってるとか、そんな経験ってあるのではないでしょうか?彼はそれが強く出てくる状態という感じです。それを彼は特殊能力なんて思っていますw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る