馬、異世界デビュー戦
芝24サイナス(※1サイナス=100メートル)。
ルート構成は左回りの楕円型。全体が整えられた芝に覆われていて、地面の凹凸もほぼない非常にオーソドックスなコース。
それが本日、国間レースにおける王国代表を決める競走会が開催されるハミルトン会場であった。
ざわざわ
王国中の民たちが会場の周囲に集う。
整備されているのはコースのみで、客席は一部を除いて用意などされていない。全員立ち見のまま見物している。
「
ガーゴイル、ゴーレム、グリフォン。
その他にも普段ならば一目するだけで腰も抜けてしまいそうな強力な魔物たちがぞろぞろとコースに入ってくる。
中でもひときわ多くの注目を集めたのは、火竜ことサラマンダー。
タイヤのような肌に取りつけられた専用の純金の鞍にコポルト宰相が乗っている。
「フンガフンガ。多くの民衆が揃った。彼らに小生とお前の力を見せつけようぞ」
「ヴァ(こいつ重っ……)」
「その通りよ。お前の力と小生の手綱捌きが合わさった我々に、適うものなぞいない」
「ヴァァ(誰が乗ろうが、こんな雑魚ども相手にもならない)」
得意げな宰相。
サラマンダーを恐れた魔物たちが一歩引いて道を作ることで、その笑顔はより興奮度合いが増していく。
この時点でもう勝負はサラマンダーの勝利で決まっているようなものだった。
(代表になれば、他国の王もいるであろうレース会場でサラマンダーを暴れさせることができる。そうなったらあとはもう戦争しかない)
審判の指示に従い、魔物たちが揃う。
戦争に反対する派閥に所属する騎手もその中にはいるが、誰もが自分の魔物と火竜との差に諦めてしまっている。
また戦争が再開する。
事情を知っているものたちは既にそう察し、決して賛成派でない人間もそうなることを前提にどう動くべきかを考えていた。
まるで茶番劇とでもいうような民も含めてこの場にいる全員が同じ結果を予想したレースが始まろうとした。
しかし審判の旗が振り下ろされるその瞬間、会場の注目がある一点に集まった。
「待てぇえええ」
「馬が叫んでる!」
あー疲れた。
山ひとつ越えたいで占いの村長がいる村へ戻った時にはもう夜になっていた。たいまつで照らしながらなんとか途中まで来て、日が昇ったと同時に急いでようやく間に合った。
「第二王女オークス。代表決定戦へ飛び入り参加させてもらいます」
「話す馬の上に王女様までいる!」
オークスの存在に驚く人間たち。
なにやらひとりだけ豪華な椅子に座っている偉そうな男へ話しかけた後、許可をもらえたと伝えてきた。
「でも本当によろしいのでしょうか? わたくしが乗っていて。あんなに嫌がっていたのに」
「ルールだからな。今日だけはいい」
俺様は指示に従って、元の世界じゃ見たこともない化け物たちと横並びする。
「おやおや本当にその馬でいらっしゃったのですか。馬にしてもそんな観賞用じゃじなくもうちょっと上等なのがいると思いますけど」
「ヴァルル(下等種族のクセに逃げなかったか)」
隣の豚男とデカトカゲがなんか言ってきた。
「……」
「昨日はあれだけ人をコケにしておいて、今日はビビッてだんまり。見た目通り、心臓が弱いのであるな」
「それ以上、バレット様を侮辱するようでしたらわたくしも考えますよ」
「ヴァルル(女に守ってもらうとか恥ずかしくないのか?)」
「所詮、偉そうにしても馬は馬。いざサラマンダーと競い合うことになったら怯えるのは道理だ。せいぜい小生にたてついたことを後悔」
「黙ってろよ」
「なっ……」
豚男もデカトカゲも主従揃って唖然とする。
俺はもうお前たちのことなんぞ見てねえんだ。俺様の視界にあるのは――
シュバッ
開始の掛け声と同時に旗が下ろされた。
一斉にスタートを決める中、一匹がトップに出る。
「ぎゃぁあああ!」
「ひゃっほー」
トカゲが尻から炎を噴いて直進する。
遅れた魔物たちは残った火に巻き込まれる。
後方を妨害しつつ、巨体に見合わぬ速度まで加速していく。その様子はまるでロケットのようだった。
「力も堅さもそして速さもサラマンダーに勝てる魔物なぞこの世にいない!」
「ヴァル(独走!)」
スタートダッシュを決めて、勝利を確信する宰相たち。
遥か後方に置いてかれた魔物たちとの距離をさらに放していく。
その隣で俺たちは並走している。
「なぜ、貴様らがここに!?」
気づいた豚男が動揺する。
「……」
「バレット様がサラマンダーの火を躱したおかげです」
「な、なんだと。ただの馬にそんなことできるわけがない」
こちとらスタート直後の妨害なんぞいつも警戒している。トカゲの走り方が初見だろうが、なにか仕掛けているのが分かっていたなら見てからも充分対処できた。
ギュンッ
コーナー際で炎の噴出を辞めた直後、加速が終了した一瞬に俺様はデカトカゲを抜き去った。
「落ち着けサラマンダー。あんな全速力じゃ曲がり切れるわけがない。直線に差し掛かる頃には並ぶはずであるから、そこでまたリードするぞ」
「ヴァッ(いや違う!?)」
「どういうことだ!?」
速度を維持したまま俺はインコースを走り抜けた。
できあがった三馬身の差を直線で広げていく。
俺とデカトカゲの間は、デカトカゲと他の魔物たち以上になった。
「なぜだ!? なぜだぁあああ!?」
「ヴァァアア(下等種族になぜおれがここまで遅れる!?)」
競馬は十六世紀のヨーロッパで誕生した。
軍馬の能力の比較のために行われ、文化として栄えていくにつれて人々は馬の能力を向上させるために種からの配合をするようになった。優れた能力を次代に引き継ぎ、自分の代で研ぎ澄ませて、また子供たちへさらに成長した能力の兆しを与える。その繰り返しで馬はやがて種として進化を遂げた。
それが
現代まで成長し続けた遺伝子と技術は、走りという一点においては妖怪や化け物じみた力を有する魔物よりも上回っていた。
「いかせるか」
「ゴゴゴ」
「ゴーレムがゴール前に陣取っている! あれじゃ勝てない!」
宰相はいざという時のため、自分より速かった魔物がいたとしたら妨害するよう作戦を立てていた。
鈍重で競争に向かないはずのゴーレムが参加していたのもこのためだった。
逆走してきたゴーレムの大きな岩の身体はゴールを完全に塞ぐ。
「お、落ちる! うわぁあああ壁! バレット様、一度止まったほうが!」
「てめえは黙って捕まってろ」
俺は構わず、一直線にゴールへ。
「どけ」
「ただの馬ごときにここを通してたまるか。失われていった同胞たちの仇を討つため、戦争再開すべし」
「……な……めに」
「あっ?」
「そんなことのために俺様からジジイを奪うんじゃねえ!」
恨みなんぞ知るか。
金儲けなんぞ知るか。
政治なんぞ知るか。
ジジイから乗馬を奪った戦争が俺様は今、憎くてたまらない。
そんなくだらねえものまた起こさせてたまるか。
シュバッ!
「嘘……だろ……」
「馬が跳躍した!」
「まるで流れ星みたい」
ゴーレムを飛び越えて、ゴールを潜る。会場が割れんばかりの声援が俺たちを祝福した。
これが俺様の――
もう二度と共に走れないジジイ。
あんたの最高傑作、次に死ぬ前にその目へ焼きつけておけ。
異世界ダービー 勝華レイ @crystalkicizer
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