馬、敵と対面する
走り続けていた俺様の前に、村が現れた。
「きゃ~はやーい。もうラングル村に到着しちゃいました」
「知っていたのか?」
「はい。本来だったら今日の夜にここに着いて、村長に相談して宿や食事を頼むつもりだったのですがまさかまだ昼間の内に辿りつけるなんて。バレット様は本当に素晴らしい馬で」
「ふんっ」
「あいたっ☆ えっ? えっ? なぜわたくしを落としたのですか? なにか気に入らないことでも」
「うるさい。そんだけ喋れる元気があるなら、ここからは自分の足で歩け」
どうやらこの王女様もただのアホではなかったらしく、ちゃんと自らの力だけでも目的地まで進めるルートを考えていたようだ。
これじゃ勝手に心配して手を貸した俺様がまるで馬鹿じゃないか。
ヒヒーン!
イライラして宙へ雄叫びをあげる。
ヒヒーン! ヴァルル! ヒヒン!
「ん? なんか変なのが混じらなかったか」
「村の向こう側からですね。誰かいるようです」
俺たちとは反対の出入り口に複数人の鎧を被った人間と一体の生物がいた。
見たことあるシルエットだが、そいつは俺が知っているものとは明らかに姿形が違っていた。
「なんだあのデカいトカゲ?」
「A級魔物のサラマンダーですわ。かの火竜を従えし魔物使いは戦場をたったひとりで草も残らない更地にするとされています。現在そんな強力な魔物を飼っている人間は――」
「こんなところで会うとは奇遇ですね第二王女」
肥え太った豚のような男がオークスへ声をかけてきた。
トカゲも鎧たちも男の後ろを突き従ってくる。
「やはりあなたでしたか。コポルト宰相」
「久しぶりですが、どうやらお元気なようで。相変わらず見目麗しゅうでございます」
豚男は近づいてくると、オークスの手を取った。
白魚のような繊細な細い指を脂肪でブツブツになったまるでカビたパンのような掌が包む。
そのまま礼儀に則って、唇を触れさせようとする。
「フンガフンガ。相変わらず花のようにかぐわしい匂いで」
「おやめなさい無礼者!」
パシィ、とオークスは勢いよく手を離しながら豚男の顔にビンタをかます。
彼女の顔色には嫌悪が満ちていた。
苦境でも笑顔を保っていたオークスが初めて見せる姿。
豚男のほうもまた興奮していたはずの顔を怒りに変える。
「これはどういったことですかね? いくら自分が醜いとはいえ、まさか王女ともあろう方が家臣の忠誠の証を断ろうとは。こんなことが平民たちに知れ渡りましたら、問題になりますよ」
「いやお前、完全にセクハラ目的でやってたろ」
「馬が喋ったぁあああ!」
「コントじゃないんだから天丼はいらんいらん」
盗賊たちと同じ反応を示す人間たち。
そんなに話す馬が珍しいかね? すごい珍しいな初めて見た。しかも自分がそうなるとは思いもよらなかった。
唯一、驚かなかったオークスは豚男へ叫ぶ。
「コポルト宰相。あの盗賊団はあなたの差し金ですね」
「盗賊? それはいったいなんのことやら?」
「うわ。分かりやすい反応」
オークスが言及した途端、冷や汗かいてどこか遠いところへ視線を向けて口笛を吹いて動揺する豚男。
その露骨さに周囲も苦笑いする。
「証拠は? 証拠もないのにそんなことを言うとは一国の王女の名が廃りますよ」
「わたくしが運んでいた国間レース許可証。このことを知っている人間でわたくしを狙う立場のものは戦争派のトップであるあなたしかおりません」
「レースだと?」
「はいバレット様。つい三か月前まで、大陸全土を巻きこんだ巨大戦争が長年に渡って起こっておりました。ですがいつまでも血で血を洗うばかりで勝者は決まらず疲弊するばかり、このままでは共倒れになると確信した各国の王たちは停戦を決意しました」
「いいことじゃないか。だがそれとレースになんの関係が?」
「失うことはなくなりましたが消耗しきった国では単独じゃ立て直しが望めません。そのため連合するしかないのですが、かつての敵国同士がそう簡単に和解して協力することはできません。なので王たちはもう血を流さない争い――レースによって速さを競うことで国を奪い合おうことを決めたのです」
想像以上にとんでもない話だった。
国を賭けたレースだって。大穴どころか地球の裏側まで突き抜けていきそうな配当だ。
突然の大スケール話には、いくら俺でも目が眩んでしまう。
「そして今わたくしが所持しているのが隣国の王の印が刻まれた許可証。コポルトはこれを奪うことで、力による戦争を再開させようとしているのです」
「悪いやつだな」
「ふざけるなこの馬! 小生が悪いことを考えているだと。武器商人と提携することで儲けるとか、貴族の主人の命が失われたことで奴隷の身に堕ちた妻や娘を買いたいなどと小生は決して思ってはおらぬぞ」
「ドクズじゃねえか」
聞いてもないのにペラペラと喋る豚男だった。
男はひとしきり話したあと、美男子気取りで前髪をかきあげる。
「好きなだけ言ってくれましたが、どうやら証拠はないようですね」
「ええ。ですが他にはおりません」
「おやおや王女ともあろう方が証拠もないのに人を疑うなどと。失礼千万ですが、盗賊どもから無事逃げおおせた今回は許しましょう……ところで明日、レースの代表を決める大会が開催されることはお知りでしょうか?」
「えっ?」
「ふふふ。楽しみですよこのサラマンダーが勝つ姿が」
「そんな。サラマンダーに対抗できる魔物なんてたった一日で用意できるわけない」
「あははは。なんならそこの馬はどうです? まあ見るからに病弱の青白い馬なんてゴールまで一周することもできないでしょうけど」
わははは
絶望するオークスの前で、豚男は上機嫌で笑う。それにつられて騎士たちも笑い声をあげる。
「ヴァル(おいそこの)」
「ん?」
「ヴァルルル(明日はよろしくな下等種族。せいぜい周回遅れにはならないようにな)」
「はっ?」
デカトカゲは舌を揺らしながら見下しの言葉をかけてきた。
そしてやつらは村から去っていった。
残された俺たち。
オークスは俺様を見上げる。
「バレット様、無理を承知でお頼みします。どうか明日のレースに出てくれないでしょうか?」
「嫌だ。そこまで付き合う覚えはない」
「そうですよね……」
あのトカゲはムカつくが、もうレースなんぞには出たくない。
俺の背中にはもう誰も乗せるつもりはないのだから。
その場で苦々しい顔で悩むオークスだったが、ふと、村の建物から老人が現れて話しかけてきた。
「こんにちは王女様」
「あなたはラングル村の村長」
「話は聞いておりました。このワシにどうか協力させてください」
「よろしいのですか?」
「はい。戦争はもう嫌です。大事な息子を失って、ワシも妻も毎日悲しむばかりで」
「そうなのですか……」
「他の人にまであのような思いをさせたくありません。もう二度と戦争を始めさせないでください」
必死に訴えてくる老人。
真摯に受け止めたオークスを、老人は住居まで誘う。
「この水晶は?」
「はい。ワシは魔物に関しては素人ほどの知識しかありませんが、こと占いに関しては天下一の自負があります」
「急に胡散臭くなったな」
「占いで王女様たちが明日勝てるような最速の魔物を見つけたいと思います」
ま~り~く~は~ん~ど~ぱ~わ~
なにやら真剣な顔で唱えはじめる老人。
オークスも同じ顔つきで見つめる。
占いとか当たるはずないだろ。こんなもの信じるなんてアホしかいない。気を慰めるだけでなんの効果もない。
俺様だけが、まるっきり信じていなかった。
「おお出ました!」
「いったいどんな魔物でしょうか?」
「――」
「人型ですね。小さいからゴブリンのようですが、肌の色が違います。だからといって尻尾も角もなくて……もしかしてこれは魔物じゃなくて……」
なぜ、てめえがここにいる?
オークスたちは水晶に映った存在について分かっていないようだ。
だけど、そいつを俺は知っていた。
「おい。お前」
「急にどうしたお馬さん?」
「こいつがいる場所は分かるのか?」
「分かるとも。ここから西にある山を越えた村にいるはずだ」
「ガルタですか。遠いですね。今から間に合いますでしょうか」
「分かるんだな。行くぞ」
「えっ、ちょっと……きゃぁあああ!」
オークスの襟を掴み、すぐさま家から出ていく。
どういうことだ? どうしてあいつがここにいる?
俺は自分の記憶にある水晶の男の笑顔を思い出す。
『おほっ。こりゃ名前通りのとんだ暴れ馬じゃのう。期待できそうじゃ』
死んだはずの
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