馬、お姫様と旅する
第二王女。
殺人鬼どもから俺が助けたオークスという虹髪の女はそう自分のことを称した。
「ふむ。そうか」
「えっ? それだけですか」
反応が意外だったらしく、きょとんとする女。
そんなことより尋ねたいことがある俺はそのまま会話を続行する。
「俺は馬だぞ。人間の社会的地位なぞどうでもいいわ」
「そう言われたらそうでしたわね」
「俺からすると人間なんてのはひとりの例外を除けばたった二種類。俺をちやほやする味方か、そうじゃない敵。俺様を敵視するのならば大統領だろうがホームレスだろうが同じく敵だ」
「お馬さんってそんな考えしてたのですね」
「ちっ。俺様と他の駄馬どもを一緒にするな」
俺が舌打ちすると、女は失礼と口をつぐむ。
しかし人とここまで意思疎通ができるのは不思議だ。以前は鳴き声だけでは伝わらず、身振り手振りを混ぜなければ意見が通ることはなかった。
「まあそんなことはどうでもいい。それよりお前、極上の人参と絶世の美牝をくれるって約束はどうした?」
謎ではあるが便利なのでこのまま使わせてもらう。
今、一番大事なのはこのふたつだ。
もしその場かぎりの嘘というのならばあの殺人鬼どもと同罪。俺様の敵だ。後ろ足で蹴りつけるか引きずり回してやる。
フンフンと鼻息をたてながら顔を近づけてやると、女は笑顔を保ったまま答える。
「はい。王家の誇りにかけて、当然、ご用意させていただきます」
「本当か。ならば今すぐ……」
「わたくしが住む城にて。ここから三日ほど歩いた距離にあります」
「まじか?」
つまり俺はまだまだこいつを助けなければならないのか。
「申し訳ありませんバレット様」
「正直ふざけちゃいるが、餌をぶら下げられちゃしょうがない。案内しろ」
「分かりました。ではお背中に――」
「俺に乗るな牝!」
「きゃあっ」
いきなり女が跨ろうとしてきたので、俺は草の上へ振り落とした。
女は尻についたゴミを落としながら尋ねてくる。
「あいたたた。どうして駄目なのです?」
「
「そういえばさっきもわざわざ服を噛んだまま逃げてくれていましたわね」
「それについちゃ出血大サービスだ。同じことを二度もやるつもりはない。芸がない」
なにもできない人間を乗せてもろくなことにならない。
そもそも俺にとってはあのレースが引退試合だったんだ。なのにあの雑魚ジョッキーが足を引っ張りやがるから。
思い出すと怒りの炎がメラメラ湧いてきやがる。
「だから俺はお前についていくだけ。お前が自分の足で案内しろ」
「分かりましたわ……」
憔悴した様子で歩き出す女。どうやら疲れているようだ。
だが知らん。
俺はもう自由。
これから先は人間に縛られることなく、食って寝る生活をするだけだ。
甘えるんじゃない。俺はゆったりと女の歩調に合わせる。
「命を助けていただいだけ感謝です。絶対に帰って恩返しさせてもらいます」
「そうか。ところで、さっきの刃物を持った連中はなんだったんだ?」
「あの人たちはここらへんで悪名高い盗賊団です。今回はあまり目立たないよう護衛を連れていなかかったため、バレット様がいなければ危なかったところです」
「なるほど。じゃあいつもは大勢と一緒にいるというわけか」
「はい。基本的にメイドも執事もいて、場所によって用心棒の兵士や通訳などもついてきますね」
「じゃあなんで今回はひとりだけだったんだ?」
「それは……」
女は顔を反らして言葉を濁す。
明らかになにかを隠してるので興味が湧いてきてしまうが、しょせん俺たちは目的地までの短い関係。
触らぬ神に祟りなしということわざ通り、わざわざ突っついて掘り下げたりはしなかった。
その後、女に従って歩き続けたが日が暮れてしまった。
女はどうやらライトなどの周囲を照らす道具などは持ってないらしく、ならば夜の移動は危険なため道の脇で俺たちは休むことにした。
しかしスマホも持ってないのかと聞いたら、あの?とよく分からなそうにしていた女の顔。
いったいここはどこなのかという疑問が一層深まる。
ぐぅ~!
「うるせえな!」
「うっ……うぅ……」
かき集めた葉っぱを下にして眠っている女の腹から虫がいびきをかく。
俺はそこらへんの草を嗅ぎ分けてとりあえず腹の足しにしたが、女は途中で寄った川の水以外なにも口にしていなかった。
こんなこともできない人間の鼻というのは実に不便そうに感じる。
「さっ……お……」
しかもよほど寝言がひどいのか、しっかり瞼を閉じているのにしきりに声をあげている。
「こ……おか……」
他馬様の睡眠を邪魔するとは、まったく王女というのに教育が悪い。
いくら餌が餌とはいえこんなこと引き受けずに、すぐ別れてしまえばよかったかもしれん。
こんなふうに育てあげた親の顔が見たいってものだ。
「……こわいよ。おかあさん」
……見たいってものだ。
「足痛いよ。なんでわたくしがこんな目に遭わなきゃいけないの。あの人たち、こわくてこわくてたまらなかった。ねえ、おかあさん助けてよ。会いたいよおかあさん」
突如、目の前で起こった殺人。
悪人どもに囲まれ、いつ自分も同じことをされてもおかしくない状況。
助かっても頼れるのは己の足のみ。
考えれば、この少女は何度諦めてもおかしくない状況に立たされていた。
それでも文句ひとつ垂れることなく、今日一日長距離移動に不適切なヒール付きの靴で帰るべき場所へ進んでいた。
「寒いよ。おなかも減ったよ」
「この馬鹿」
雑魚人間のクセに分不相応なことを。
こいつのかきたてる音のせいでいつまでも眠れないし、少し運動して体力を消耗するとするか。
俺は立ちあがると、その場から少し離れた。
「えっ!? バレット様!」
「なんだ急に大声あげて」
「いえ、なんでバレット様がわたくしに添い寝を?」
朝、目覚めると俺の身体に寄り添っている女が戸惑っていた。
「寒そうにしていたからな。俺様も幼い頃はよくこうして母と一緒に寝ていた」
「そ、そうなんですか」
「起きたのならどけ。邪魔だ」
「えっ? あっ、はい分かりました」
まるで名残惜しいかのように女は俺から離れていく。
「それじゃ早速、城までの進行を再開させましょうか」
もはや隠せないほどにぐぅ~ぐぅ~と腹を鳴らしながらも、表情と声色には元気を漲らせながら言う。
やれやれ、と俺は近くの茂みから木の枝を取り出す。
「いや待て。これを食ってから行くぞ」
「実がなってますけど、なんですかこれ?」
「木苺に似ているが、知らない品種だ。だが少なくとも俺の嗅覚で調べられる範囲内には毒性はない」
「そうなのですか。でも……」
「途中で野垂れ死にしたいなら勝手にしろ」
「……分かりました」
抵抗を感じていたようだが、女は意を決して口の中に入れる。
「あっ、ほのかに苦いけど甘酸っぱくて意外においしい」
「できるかぎり人間に合いそうなものを拾ってきたからな」
「もきゅもきゅ……申し訳ありません。食べるのに夢中で聞き取れなかったのですけど今なんて言いました?」
「王女様の耳はロバの耳だってな」
「?」
あいつら耳自体は良いんだが、頭が悪くて言ったことを理解できない。
よほど飢えていたらしく女の手は止まらない。
やがてそこにはお腹を膨らませて寝転んだ姿があった。
「幸せでふ~」
「そうか」
「食べ過ぎてもう動けない……でも決して休んでいる時間はありませんわ。無理してでも歩かないと」
「いや。その必要はない」
「きゃあっ。バレット様」
俺は助け出した時と同じくドレスを噛んで女を持ち上げた。
「その貧弱な細足じゃもう限界だろ。しばらくこのまま運んでいってやる」
「よろしいのですか? もう誰も乗せないはずでは」
「だから乗せてはないだろ」
「なるほど。でも」
「いいから舌噛まないよう黙ってろオークス」
これ以上の野宿も嫌なため、俺は昨日の倍以上の速度で駆けだした。
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