馬、困った人を助ける
「ここはどこだ?」
当然ながら、この時点では俺はここが異世界なことに気づいていなかった。
見渡すばかりに広がっている緑の草原は牧場のようで、されど柵や厩舎がないことに戸惑いを持っていた。
「というか俺様、死んだんじゃ……」
考えを巡らせている内に、思い出したのは自分の死に様。
そうだ俺様はあの下手ジョッキ-を庇って。
でも今こうして生きているということは、ひょっとして助かって休養がてら放牧でもされてるんじゃ?
ならばどこかに世話をする人間がいるはずだろうと、俺は首を回す。
まず視界に入ったのは、三日月のような刃を手にした人間だった。
「この馬車だー。狙えー」
「ひゃははは獲物だ」
岩陰から台に乗っていた男へ飛びかかると、そのまま躊躇なく切った。
騎手のコントロールを失った馬は動揺し、主人の血を被って暴走する。とんだ駄馬だなありゃ。図体も小さければ精神もか弱く馬力も少ない。あんなんじゃ地方でも結果出せずに、馬刺しにされる運命だわ。
俺が見越した通り、馬たちは足を切られて逃げることもできなくされた。
「きゃあ!」
「さて、ここから出ておれたちについてくるんだな」
「や、やめてください。せめてこの方だけは」
「邪魔するなら黙っていやがれ」
ザシュッ
騎手だった男の首が飛び、あっさりと人ひとりの命が失われた。
喜ぶ人間たちの中で、馬車から引きずり出された女が唯一悲鳴をあげる。
どうなってんだ?
現代日本とは思えない命の軽さ。馬相手にだって麻酔を入れてから安楽死させるほどの慈悲はあるのに。
ようやく俺が疑問を持ちはじめたところで、なんと殺人者たちと目が合った。
「白い馬? 珍しいな」
「捕まえて、この女と一緒に奴隷商に売り払っちまいしょうよ」
「そうだな。金はいくらあってもいい」
なにを思ったか、殺人者は俺へぞろぞろと近づいてきた。
刃から反射された光が映る。
「おい馬。おまえ、今どんな気持ちだ?」
「ぎゃはは。ただの馬が答えられるわけないじゃないすかボス」
「うるせえ犯罪者共。その薄汚い手で、俺様に構うんじゃねえ」
「喋ったぁああああ!」
女も含めて、その場にいる人間全てがどよめく。
あれ? そういえば俺、人間語で話してるな。今までだったら向こうの会話は理解できてもこっちの言葉は一切通じなかったのに。
すると人間どもは手にしている武器を舐めはじめる。
「は、話せる馬だと。こりゃ珍しい」
「今日は幸運だ。大物がふたつも手に入るなんて」
「死なない程度に痛めつけろ!」
「な、なんだてめえら?」
殺人鬼どもは一斉に俺へ襲いかかってきた。
左右から鞘付の剣が降りかかられる。死にはしないが、当たってしまえばダメージで動けなくなる可能性がある。
ヒュッ
「外した!?」
「消えた!? あの馬いったいどこに」
「上だ馬鹿」
「うおっ」
振りによって隙だらけになった背へ、上げた前足でのしかかる。
ドシーンと倒れる殺人鬼たち。
するとリーダーらしき男が振りかぶって力を溜めながらダッシュしてきた。
「馬のクセに調子に乗るんじゃねえぞ」
この男はどうやら剣術の心得があったらしく綺麗な唐竹割りが俺の脳天を真っ二つにしようとしてきた。
「ここだ」
「なにぃ!? 剣を止めただと!」
「真剣白羽取り」
両足の蹄で白刃を頭上で抑えた。
いやー厩務員が休憩中に観ていた時代劇を覗き見しておいてよかった。まさか暇つぶし以外で役に立つ日が来るとは。
そのまま武器ごと奪い取ってぶん投げてやると、殺人鬼たちも一旦止まる。
「な、なんだよこの馬。本当にただの馬かよ」
「見た目が似てるだけで新種の魔物かもしれねえ」
「どうしますボス?」
どうやらやる気を削がれたらしく、ただ狼狽している。
そっちにその気がないならば、俺はもうこんなところからいなくならせてもらうぞ。
俺は人間たちに背を向け、足取りを進める。
とりあえずいったんここがどこか知らなければ。できることなら俺様を知っている人物に出会ってそのまま牧場に連絡してもらいたい。
「助けてください!」
「ん?」
振り返ると、殺人鬼どもに取り囲まれた女が俺へ救いを求めていた。
虹色の髪の女。
台風が通り過ぎたあと、豪雨から明けた空で輝くきらびやかな景色そのもの。穏やかな目で、顔のバランスは彫像のように深く整っている。肉体に関しては俺からするととてつもなく貧相だが、牧場の人間どもが揃ってはしゃいで出迎えていたグラビアアイドル?という女と似ていた。
つまり人間視点で言うと美女。いや幼い気もするから美少女か。
プイッ
俺は知らんぷりして、前を再び向く。
「知らない白馬の方。お願いです。人間の言葉が届いてるなら、どうかわたくしめをお助けください」
「なんで俺様がそんなことしなきゃならねえ。こちとら引退の身だ」
「お願いです」
「もう人間には関わりたくねえんだ。人間のせいで俺様は命を失った。もういいかげんかけっこはやめにして、美味い飯を食べながら綺麗だったりエロかったりの牝どもとイチャイチャしたいんだよ」
「知っています。最高に美しい女性の馬を。助けていただいたのなら、ぜひその女性をご紹介させていただきます。最高の人参もご用意します」
「なんだと?」
女にあのゴミジョッキーの姿が被っていたが、掲示された条件によって消える。
俺様の夢はハーレム。
この目にかなう世界中の牝たちと死ぬまでイチャイチャすることが、生まれついて目指していたものだった。
美牝ならば誰一頭見捨てる気はねえ。しかも人参付きだ。
「どけてめえら!」
「ぐわぁあああ」
「おい女。掴まれ」
「分かり――きゃあ」
「これが俺の
ドレスの後ろ首部分を俺は噛み締めると、そのまま女を連れていく。
殺人鬼たちは追ってくるが、当然、一歩も距離を詰められることなくそのまま突き放す。
やがてやつらの目に届かないところまで到着すると、俺は停止する。
「す、すごい速さ。馬車のあのこたちも国中から選りすぐった名馬だったのに、遥かに及ばない」
「ほひほんは。ははえははんだ」
「えっ?」
「おい女。名前はなんだ?」
服を噛んでいたため、舌が回らなかった。
女を降ろしてから、俺は言い直す。
「わたくしですか……」
「なに言葉を濁してる。それが恩馬に対する態度か。こういう時はまずそっちの素性を明かすってのが筋ってものだろ」
「……本当にお馬さんですか? 普通の人以上に礼儀正しいですね」
「動物だと思って舐めてるんじゃねえぞ!」
プンスカプン、無礼な発言に俺が怒ると、女は頭をゆったりと下げた。
当たり前の光景なのだが、その様子はどこか通常とは違っていてただの一動作のはずなのになぜか目が惹きつけれた。
申し訳ありません。
謝罪のあと、穏やかな波のような早さで女は顔を挙げると、その大きな瞳を俺の目と合わせて澄んだ声色で言ってくる。
「わたくしの名はオークス・E・ハミルトン――ホイッグ王国の第二王女です」
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