異世界ダービー

勝華レイ

馬、異世界へ征く

 

「高山11レース。在馬記念G1。発走時刻は~」


 女性の声のアナウンスと同時に扉が開くと、場内に雄大な音楽が流れはじめる。


 本日は雲ひとつ見当たらない快晴。

 整えられた芝生が緑に爛々と輝く景色はまさに絶好のレース日和といえた。


 パドック場内を周るよう馬が次々と歩き出す。


 調子の良さが出ていて足取りが軽快なヤツ、大人数を前にしてまったく緊張しない余裕のヤツ、注意深く周囲を見極めようとしているヤツ、, etc. ……


 十馬十色でありつつも、さすがはどの馬も最高のレースであるG1に相応しい姿で目のこなれてない観客でも目の前を通り過ぎるたびに感嘆の声を漏らす。


 ――だがその中でも、一匹だけ異色の存在がいた。


 その馬の存在はあまりに周囲から抜きん出ていた。

 足の一本でも見せれば雄は慄き、雌は馬主と一緒に子供をせがんでくる。

 速い、強い、カッコいい。

 最速であり最優であり、父シルバークルーズから受け継いだ美しい白の肌と銀のタテガミを有するこの俺様こそが――


「暴れるな! クレイジーバレット!」

「ヒヒーン(名乗りを邪魔するなこのアホ人間!)」

「あはは。バレットがまた調教師テキ困らせてら」

「いつものこといつものこと」

 

 俺の脇にいた人間が笑みを浮かべる。


 こいつらこの前の会場でも同じ服装で見かけたけど、ひょっとして暇なのだろうか?

 いや違うな。

 きっと俺様のファンで頑張って勇姿を見に来てくれたのだろう。


 しょうがない。ファンを大事にするのはスターの宿命だからな。


「こらバレット! 立つな!」

「ママ見てー。あのお馬さん、こっちに向かって手振ってるよ」

「あらほんとね。かわいいわね」

「わはは。やっぱりバレットはすげー」

「あの調子で無敗なんだから、競馬歴二十年になっても競馬ってよく分からんわ」


 俺様のファンサービスにこぞって客どもは喜ぶ。


 隣のノイズは無視して、人々を楽しませ続ける。


「ヒヒン(ちっ、なんであんなお調子者が人気なんだか)」


 後方から口輪を舌打ちするのが聞こえた。


「ヒヒーン(今日こそはてめえに勝ってやるぞバレット)」

「ヒヒン(無敗のまま引退なんて許せるか)」

「ヒヒン(負け逃げで土付けて馬刺しになりな)」


 おーおー雑魚どもが揃いも揃って口をパクパクさせてやがる。


 餌が欲しいなら勝って賞金をもらうんだな。

 まあ今日もてめえらは貧乏ったらし干し草を口に入れることになるんだが。俺様は雌馬たちに囲まれてブランド人参噛みながらその惨めな姿を見てやることにするよ。


 なんだとぉ、と一斉に頭に血を昇らせる馬たち。

 どうやら心の声に留めていたつもり口に出ていてしまったらしい。


 いまさら謝るのもなんなので、尻を左右へ揺さぶると背後にいたのがより一層熱くなった。


 他のヤツらの殺気にあてられながらもパドックの時間を無事に過ごすと、そのまま本馬場に入場した。


「ひぃ……ひぃ……」


 ブルブル


 現在ゲートインしたが、俺の上に跨っている騎手は緊張で全身が震えている。


 パドックで俺を引っ張っていたアホによるとしんじん?という人間らしい。まあ乗っているのは誰だろうが俺様には関係ない。

 たとえお荷物だろうが重りだろうが、俺が走る以上勝つのは俺と決まっている。

 ファンたちもその目かっぽじって収めておけ。これが俺の最後の疾走だ。


 プッププ~


 ファンファーレが鳴りやんでから数秒後、目の前の柵が開いた。これで俺たちを阻むものはなにもない。広がった世界へ横並びに飛びこんでいく。


「えぇ~!? 本命のクレイジーバレットが停止した~!」

「あのバカ馬! ついにやりやがった!」


 場内がどよめく。


 一秒……二秒……と経つごとに、先にいるヤツらは点が小さくなるように離れていく。


 それでも俺は立ちあがり続け、前足を左右へ振る。 


「うぇええん。急いでたらコケちゃった~」

「はじめちゃん泣かないで。あっ、ほらお馬さんも手振って頑張ってって言ってるよ」

「ほんとだ! 白のお馬さんもがんばってー!」


 ちっ、ガキが間の悪いところで涙見せやがって。

 だがそれでもあいつは俺のファン。決して蔑ろになんかできるか。


「走れ。お願いだ走ってくれ」

「ヒンッ(分かってるよ)」

「おおーっと。クレイジーバレットようやく走り出した」

「いまさら遅いんだよ」

「くそっ。こんな紙束もう燃やすしか使い道ねえ」


 もう誰もいなくなった視界の先を俺は目指す。


 体勢を屈め、地面をおもいっきり蹴る。


「速い速い速い! 走り出したらやはり速い! スタート時点ではコーナーにいたはずの前方集団のすぐ後ろにつけた!」

「ヒヒヒンッ(嘘だろ!?)」

「うわ~」


 手綱を握っている騎手が悲鳴をあげる。

  

 本気出せばこんなものよ。むしろちょうどいいハンデだ。


 馬も人間も最高潮のボルテージに達する中、俺は前にいた連中を抜かしてトップに立った。


 あと残すはラストの直進のみ。

 

 最終コーナーを抜けた途端さらに加速して、突き放していく。


 ゴールは俺様のものだ俺は最後まで負け知らずだ!


 そう確信した瞬間、異変が起こった。気づいたのは、身体が軽くなった感触からだ。


「あわわ……」

「おーっと! 一位になったクレイジーバレットの騎手ジョッキー、走りについていけず落馬してしまいましたー!」

「ヒーン!(あの馬鹿ー!)」


 しかも倒れている男へ追い上げてくる馬たちが迫る。

 ジョッキーどもは当然ながら躱そうとするが、スピードが乗っている馬たちも急にな指示に従えない。


 足掻く男へ蹄の雨が降りかかる。


 黒雲はすぐに過ぎ去った。なにも障害物のなくなった日の光が照らしたのは、赤い水たまりだった。


「ば、バレット」

「ヒヒ……ン……(このダメジョッキー。一位取り逃しちまったじゃねえか)」

「バレットぉおおお!」


 騎手だった男は、俺の下で怪我ひとつなく唖然としていた。


 潰さないよう横に倒れる。

 そこから立ち上がろうとするが、もうどこにも力が入らなくなっていた。


 会場の絶叫が耳から遠ざかっていく。


 前が靄に囲まれていく。あったはずのゴールはいつのまにか見当たらなくなった。






「あれ?」


 瞼を開けたその先で、俺の視界に広がっていたのは別の世界だった。

 

 


 


 


 


 


 

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