第13話 街の外の雪だるま。

 布製の帽子を深く被り、国の出口に辿り着いた。


 下りるための階段があった。

 左右には数十では収まらない、雪だるまが置いてある。


 小さな子供たちが作ったのだろうか? 

 それにしては規則的に置かれており、儀式めいている気もするのだが。


「……チキ、なにしてるの?」


 チキは落ちていた木の枝を二本、雪だるまに刺していた。

 左右につけているので、まるで手のように見える。

 バケツが見当たらなかったのか、頭には、ちょこん、と拾った石を乗せている。

 そういう着飾るための雪だるまではないのだと思う。


 一面を埋め尽くす雪だるまは、どれひとつ、そんな飾りはされていなかった。


「こうした方が、よりそれっぽく見えるぞ」


 クリスマスっぽいけど。この中では明らかに浮いてしまっている。


 この雪だるまが可哀想だったので、

 ヒックはチキが着飾った木の枝と石をどかそうとした。

 その時に、弾力があった。


 内側から跳ね返される違和感。


「…………?」


 木の枝を抜いたヒックは、雪だるまを壊さないように、持っている枝でほじくった。

 親指くらいの穴から中を覗く。そこは雪だるまで言う、頭の部分だろう。


 頭の部分の、真ん中から少しずれた辺り。


 何気なく覗いたら。



 



「ッ!?」



 ぞくっとして、後じさる。

 一瞬で。

 汗が噴き出してきた。


(え、ええ、え? 目が、あって、周りの、小じわが……)


 リアリティがあり過ぎる。目元の小じわが気持ち悪さを促進させる。


 周りをきょろきょろと見回し、誰もいないことを確かめる。

 チキは違う雪だるまに同じような装飾を施していた。

 いまは放っておく。好都合だ。


 今度は、ほじくるのではなく、もっと大胆に。

 雪だるまの顔の部分。皮膚を剥ぎ取るように、木の枝を使って薄く雪をどかした。


 ぽっかりと、内側が露出された。

 中は空洞だった。

 そこに詰まっていたのは、人間だ。


「うっ……!」


 目は開いているのに、こちらを見ていない。

 そもそも、生気を感じられない。

 ぴくりとも動かず、呼吸をしている気配もない。


 出ようと思えば出られただろう。

 しかしそうしなかったのは……、できなかったからだ。

 詰まっていた人間……、

 やせ細った中年男性は、口を開け、瞳を開けたまま、固まっていた。


 凍りついていた。

 胸についた赤い血も、一緒に。


 空洞になっていたのは、雪だるまだけではない。


 彼の胸も、向こう側が見えるようになっていた。


 心臓は彼の中にない。

 凍りついただけならば、まだ可能性があったかもしれない。

 だが、心臓がなければ、溶かし、温めたところで、死体は死体。

 冷凍保存されない分、腐っていくだけだ。


「ヒックー、どうかしたのか?」


 チキが近づいてくる。

 咄嗟にヒックは下に溜まっていた雪を持ち上げ、雪だるまの顔に埋め込んだ。


 ぱんぱん、と叩き、強度を高める。

 つついたら崩れてしまいそうだが、つつかなければ、この状態を維持できるだろう。


 崩れるのが時間の問題なのだとしても、

 チキをこの場から遠ざけるための時間を稼げればそれでいい。


「なんでもないよ」


 平静を装ってそう言い、チキの背中を押して階段を下りる。


 不思議そうな顔をしていたチキだが、問いただす気はなかったらしい。


 それよりも、興味のあるものが前からやってきたのだ。


「ん? 君たち、観光なのかな?」


 なにかの作業員なのか、青いツナギを着た青年だ。

 ヒックとは違う素材の帽子のつばをつまみ、くいっと持ち上げる。

 爽やかな表情だった。冬に見てもときめかない。


「あれ!? もしかして上の雪だるま、触っちゃった!?」


 チキとヒックは二人で見つめ合い、すぐにううん、と首を振る。


 思い切り触ってイタズラめいたことをしていたが、そこは意思疎通が早い。

 二人して誤魔化した。


 青年は、良かったー、と安堵の息を吐いていた。


 どういうこと? と言った表情をしていたヒックを見て、青年が語り出す。


「ああ、あの大量の雪だるま、神様へのお供えものらしいんだ。

 二十五日の零時から朝にかけて、作られているらしいんだって。

 作られているところを見た者は誰もいなくて。

 だからサンタさんが作っているのかもしれない、って言われているらしいよ」


 ヒックたちが反応しなかったため、……サンタさん知ってるよね? と、

 青年は心配そうに聞いてくる。ヒックは慌てて、知ってます、と答えた。


「俺はあの雪だるまをどかす仕事。二十五日を過ぎたら、もう用済みらしいから。

 明日の朝になったら、除雪機であそこから国の下に落としちゃうんだよ」


 下りる階段があるため、街が上にあることが分かる。

 もちろん、安全のために柵が立ててあったので、

 飛び降りる者は自殺志願者以外、いないだろうが。

 それにしても、崖の部分には柵ではなく、壁を立てるべきでは? と思っていた。


 柵だったのはこのためか。

 大人二人分の高さの柵ならば、設置も楽だろう。

 除雪機で雪だるまを落とす時だけ、はずしていればいい。


 終わればまた設置する。これが壁だったら、そう簡単にはいかない。


 壁にしてもやりようはいくらでもあるかもしれないが。

 コストを考えれば、いままで通りを崩す必要もないのだろう。

 自殺者が多いのならばともかく。

 そういうわけでもないのなら、柵のままでも構わないのだろう。


「神様がいるのかどうか知らないけどさ、雪だるまなんて供えられて嬉しいのかねー。

 信者の気持ちは、俺には分かんねえなー」


 じゃあなー、小僧共、と青年は階段を早足で上がっていく。


 なんだったのだ、一体。

 もしかして、ひまつぶしに使われたのだろうか? 

 確かに、仕事が明日ならば、今日は暇なのだろうが。

 それでも準備とか効率とか、考えることはたくさんあるだろうに。


 とんとんとん、とリズミカルに階段を下りたヒックとチキ。

 見上げたら、意外に階段が長かったことに気づく。

 これをまた上がるのは、うんざりする。


「ついに出ちゃったなー」

「そうだね」


「次はどこ向かうか決めているのか?」

「そーだねー」


 地図を取り出しながら、チキに答えるヒックは、まったく別のことを考えていた。


 真夜中に作られた雪だるま。中に入っていた、死体。

 サンタクロースが作っているのかもしれない、という噂。


 黒い、サンタクロース。

 ベールの両親の失踪。


 二十五日を過ぎれば、雪だるまは除雪され、国の崖から真下に落ちる。


 ヒックが振り向けば、雪だるまが落ちてくるだろう場所が見えた。


 もちろん、そこにはなにもない。雪が積もっているだけだった。


 明日になれば、死体入りの雪だるまが落ち、さらに積もっていくのだろう。


 それは自然の一部となり、二度と、戻ってはこない。


 ベールの両親も、同じように。


「うっ」


 ヒックは口元を押さえた。

 気持ち悪く、吐きそうになった。


「大丈夫か? ……ヒック?」

「う、うん、大丈夫……」


 いちど、思い切り吐きたかったが、チキに心配をかけたくないので、がまんする。

 もう心配をかけてしまっているが、まだ、誤魔化せる。


「チキ、寒いからさ、次は暖かいところにいこう!」


 無理やり元気を出して、チキの手を引っ張る。

 二人で走って、あの国から遠ざかった。


 街が遠近法で小さく見えるようになったところで、ヒックは止まり、振り向いた。



 サンタクロースを利用し、善人を強制的に生み出すシステム。

 人為的なものなのかどうかは分からない。


 善人を生み出すというのも、根本から否定はしない。

 しかし、悪人を容赦なく消すというのは、どうなのだろう?


 人間、悪の心を持たない者などいない。

 魔が差したり、ちょっとした出来心でやってしまうこともあり得る。

 ヒックだって、以前だが、悪いことをした覚えがある。


 黒いサンタクロースに失踪(いま思えば、処刑か)させられていなくとも、

 大切なものを奪われたショックから、自殺をしていた者が出たっておかしくはないのだ。


 いずれ、あの国に残るのは、ひとりだけになってしまう可能性だってあり得る。


 それは、善人などいないという証明になるだろう。


 それが真理で、目的なのだろうか?

 

 解明は、まだ終わっていない。

 しかし、あの国に関わることを、ヒックは、素直に恐いと思った。


 たとえベールがいたとしても。

 あの国に長くいることは、堪えられない。


 ベールを連れてくれば良かったかな、と後悔する。


 でも、連れてきたらきたで、大きな危険に巻き込んでしまうことになる。


 あの街にいたら、幸せに暮らせていたのに。

 そんなベールの権利を、奪いたくはなかった。



 ベールの両親は、殺され、雪だるまの中に入れられ、除雪機で国の外に追い出された。

 雪の中に沈み、そのまま、大自然の一部となった。

 一面に広がるこの真っ白な中に、ベールの両親は、欠片だけだが、残っている。


 だから、ヒックは言う。


 ベールを生んでくれて。

 そして、こうして出会わせてくれて。


 あなたたちは悪いことをしたかもしれないけど、

 それでも、良いこともしていたのだという意味も込めて。


 二十五日に相応しい、あの言葉を。


 心の底から、贈ります。


「メリークリスマス」



 解明士として。

 ヒックの初めての、不戦敗だった。

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