第10話 メリークリスマス。

 目が覚めたらベッドの上にいた。

 掛け布団もきちんとかかっている。

 全身が温かい。昨日のあれは、もしかしたら夢なのかもしれない。


 起き上がり、思ったが、足の裏に微かな切り傷があった。

 裸足で外に出たため、雪を踏みしめている間に地面にまで到達し、

 鋭利なもので切ってしまったのだろう。

 その時は気づかなかったが、いま、ぴりっと痛みを感じた。


 声を上げるほどの痛みではない。

 治療しなくても大丈夫だろう。

 靴下を履いて、傷口を直接、地面に触れさせなければ、自然と治っていくはずだ。


 切り傷が残っていたのは、昨日のあれが夢ではないという証拠なのかもしれない。


「……わざわざ残さなくても、信じるのに」


 いつの間にか眠ってしまっていたのは覚えていないが、それ以外は鮮明に覚えている。

 あれは夢だったのかー、で、処理できるものではない。


 黒いサンタクロース。

 赤いサンタクロース。


 この街の二つの現象に、一日で会うなど、

 この街に住む国民でもなかなかないことだろう。


 とてもじゃないが、忘れようとしても忘れられない。

 片方はその特性から、トラウマものだと思うが。


 ベッドから出ようとしたヒックは、どたどたとうるさく近づいてくる足音を聞く。

 扉を破壊するかのように飛び蹴りをしながら扉を開け、

 部屋に入ってきたのはチキだった。

 勢いのそのまま、前転側転を繰り返し、ヒックの顔を太ももで挟んで押さえつけた。


「むぐぅ!?」

「おっきろー、ヒック――っ!」


 レモン色の長いツインテールがゆらゆら左右に揺れている。

 ヒックの顔を挟んで押し倒した当の本人は――「あれ?」と首を傾げていた。


 想定外だと言わんばかりの表情だった。それはこちらのセリフだ。


「チキ……、起きてるよ」

「ほ、本当はお腹の上に馬乗りしようとしたんだぞ!」


 どっちでもいい。というか、どっちでも変わらないと思う。


 ヒックが眠っていると思って、派手なアクションを加えて勢いをつけ、

 お腹の上に乗っかろうとしたのだろう。最後に飛ぶまでは、そのつもりだったらしい。

 前をきちんと見てほしいと思うが。

 ヒックが体を起こしているか、倒れさせているかなど、一瞬で分かるだろう。


 飛んでからヒックが体を起こしていると気づき、

 咄嗟に股を開いて太ももで顔を挟み、衝撃を和らげた。

 顔面に入る膝蹴りを防げたのだから、いまの形でも充分に優しい方なのだろう。


 勢いをつけて起こさないでくれるとありがたい、と切実に望む。


「ヒックが起きないのが悪いんだぞ」

「うん。それは、自覚してる」


 寝起きが悪いヒックに、チキは苦労していた。


 互いに苦労しているのだ。

 いまだけを見ればチキの分が悪いが、全体を通して見れば、とんとんかもしれない。


「下でベールが待ってるぞ。早くいこう」

「うん、分かった。ちょっと待ってて」


 早くしろよー、と壁を指先でとんとんと叩くチキ。なぜそうも急かすのだ。


 靴下を履いてベッドの上の掛け布団を綺麗に畳んで。

 終わったよ、と言うと、チキはすぐに部屋から出ようとする。

 待っていたわりに突き放すのは早かった。


 そんなチキの背中へ、ヒックが声をかける。

 扉を中途半端に開けたチキは、うずうずしながら振り向いた。

 だからなんでそんなに待ちきれない子供なのだ。


 チキのためにも一言だけ、さっさと言ってしまおう。


「チキ、メリークリスマス」


 うん! と元気に返してくれたチキは、すぐに部屋を出て階段を下りてしまった。


 ベールとじゃれ合う声が二階にまで聞こえてくる。

 うずうずしていたのは、ベールを待たせていたからなのか、と納得した。


 良かった。ヒックは微笑みながら、思う。


 チキから奪われたものは、何ひとつなかった。

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