第6話 パーティ中。

「ヒックくん、君は、今日の内にこの街を出るのかね?」


 また聞かれた質問だ。

 ヒックは、考える。

 この街に残るとは、簡単には言えなくなっていた。


 今日は二十四日。

 そして、もしもここで夜を明かせば、二十五日を迎えることになる。


 クリスマスイブから、クリスマスへ。


 赤いサンタクロース。

 黒いサンタクロース。


 どちらかに、必ず出会うことになる。


「君がこの一年、悪いことをしなかったという確信があるのならば、出ていく必要はない。

 君には幸せが舞い降りるだろう」


 だが。


「もしもひとつでも悪いことがあるのだと自覚があれば、出ていくことをおすすめする。

 なにかを、奪われたくはないだろう? 旅人なのだ。

 健康体がいちばんだ。どこかが欠けたら、機動力はほぼなくなったも同然だ」


「僕は……」


 ヒックは、考える。

 考えて、答えを出した。


 ここですぐに出ていったら、ベールは、また寂しい毎日を送ることになるのではないか? 

 おじいさんの言い方だと、今年のベールは、安全圏なのだろう。

 黒いサンタクロースは、こないのだと思う。


 なぜ、パーティに誘ってくれた? 寂しいからではないのか?


 僕とチキが出ていったら、ベールはまた、寂しい毎日を送ることになる。


 ヒックとチキは旅人だ。長い期間は、滞在できない。


 それでも。


 今日、出会い、

 今日、別れるなんて寂しいドラマを、したくはなかった。


 納得して、別れたい。


 思い出を作ってから、大切に胸に刻み込んでから。


 慌ただしく、この大事な出会いを、印象の薄いものにしたくはない。


 だからヒックは決めた。


 ヒックとこの一年、共に過ごしてきたチキが、悪い子なわけがない。


「僕とチキは、この街で明日を迎えます」


 大丈夫です。黒いサンタクロースなんてきませんよ、と笑いながら。

 それを聞いたおじいさんも、微笑み。


「それは……、ああ、あの子も喜ぶ」


 そして、二人して椅子から立ち上がる。

 ヒックは率先して、荷物を半分ほど持った。


「お、重っ!?」

「ほほほ、なあに、今日は客人がいる。気合いが入っている料理になっているぞ」


 おじいさんは、どんどん前に進んでいってしまった。


 慌てて、それを追うヒック。


 あらためて街を見てみると、皆、積極的に人の手助けをしている。

 だが、助かりたいという気持ちが前に出ている善行は、見ていてなんだか……、



 ――気持ち、悪かった。




 おじいさんと家に戻る。

 玄関でベールとチキが待ってくれていた。

 ベールはきちんと、ヒックの目を見てくれたが、

 チキは手に持つ食材にしか目が向いていない。


 食欲旺盛すぎる。

 調理前の生肉と生野菜に手をつけるな。


 野生が溢れるチキの獲物を狙う手を、ぱしんっ、とはたくベール。

 彼女のひと睨みでチキの態度がおとなしくなった。

 とぼとぼ、と部屋に戻り、誰よりも早く椅子に座る。


 手伝う気はないらしい。女の子なんだから料理くらいはできてもいいと思う。


「おじいちゃん、お風呂沸いてるよ」

「そうか、面倒をかけたなあ」


 そんなことないよ、とベールがおじいさんの手を引っ張った。

 そのまま浴室まで誘導している。


 見送ったヒックは部屋に入る、その前に。

 荷物が地面に置きっぱなしだったので、テーブルの上まで運ぶことにした。

 座るチキの目の前に、どさりと荷物を置く。食材がチキの視界の中に収まった。


「がまん、がまん……っ!」


 必死に前にいこうとする体を抑えていた。

 そんなにお腹が空いていたのだろうか? 

 ヒックは目が覚めてから、きちんと一食を取っていない。チキも同じかもしれない。


 失敗した。この食材は調理前なので、食べさせてあげられないが、

 焼き芋をもし持っていれば、あげられたのに。

 いまから再び外に出て、買って戻った頃には、もう調理は終わっていそうなものだ。

 可哀想だが、チキにはがまんしてもらうしかない。


「ヒックぅぅぅぅぅぅっ!」

「うわっ、噛みついてこないでよ!」


 白い歯を見せつけてくるチキ。

 上と下の歯が、かちんっかちんっ、と閉じたり開いたり。

 まさか、がまんできないからってヒックをかじって紛らわそうとしているのか?


 絶対においしくなんてないのに。

 ……そういう問題ではないのか。

 口の中が寂しいから、なにかを含めていないと落ち着かないのだろう。


 テーブルを挟んで腰を落とす両者。

 ヒックには余裕があった。

 チキがどう動こうと、テーブルがある限りは、ぐるぐると周りを回ることで、

 距離は開けられる。ベールが戻ってくれば、チキもおとなしくなるだろう。


 だが、甘かった。


 空気が一瞬、途切れた瞬間に、チキが飛びかかってきた。


 テーブルの上を、放物線を描くように跳躍力だけで飛び越えてきた。


「あ」


 がぶぅっ! と、ヒックの右腕にチキが思い切り噛みついた。



「二人とも、おじいちゃんがお風呂に入っている内に、料理を作っちゃおっか」


 やる気に満ちた顔で部屋に入ってきたベール。

 やがて、表情はよく分からないものに。

 よく分からないものを見た時の顔になっていた。


 基礎だけでは解けない、応用問題を出された時のような気分。


 椅子二つ、隣合って座っている二人。

 仲良しに見える。仲良しでなかったら、そんなことは絶対にできない。


 チキが、ヒックの右腕をがしがしと、ずっと噛んでいた。


「……大丈夫?」


 よく分からない状況だが、噛まれていることに変わりはないので、ヒックに聞いた。


 ヒックは困った顔で、しかし危険ではないのだろう……半笑いで答えた。


「大丈夫だよ。しばらくすれば落ち着くと思う。

 ……できるだけ早く、料理を作ってください」


 瞳に涙を溜めているヒックの、切実な願い。

 おじいさんのお風呂上りも、遅いわけではないので、うんと時間がかかるわけではないが。

 簡単な料理を選んだので、ヒックの願いは叶えられそうだ。


「待っててね」


 エプロンを身に付けて、袋の中身を漁った。

 食材を出して、調理器具を使って調理していく。

 今日は二人だけじゃないパーティだ。いつもよりも腕が鳴る。



 クリスマスイブのパーティは、数時間も続いた。

 買ってきた食材が多かったので、どんどんと料理が出てくる。

 ベールは料理を作っている時こそが楽しいと言わんばかりに、ずっと笑顔だった。

 作り甲斐があるのかもしれない。


 おじいさんはお酒を何杯も飲み、最終的には、たるのまま、口をつけていた。

 いまは酔っぱらっていびきをかきながら、床に大の字で眠っている。


 出てくる様々な料理の半分以上を、チキがたいらげてしまった。

 胃はどうなっているのだろう? と思ってしまうほど、大量の料理が吸い込まれていく。

 ブラックホールに負けていない。


 だが、さすがに終盤になってくるとチキにも限界が見えてくる。

 げぷっ、なんて女の子が出してはいけない声を出していた。

 眠るおじいさんを背もたれにして、座り込んでいる。

 食べてすぐ座り込むのは、注意しなくてもいいか。横になっているわけではないのだし。


 おじいさんとチキに食べられて、

 料理をほとんど口に入れられなかったヒックは、少しもの足りなかった。

 が、料理も食材ももうない。これ以上、ベールに負担はかけられなかった。


「いい食べっぷりですね、二人とも」

「食べ過ぎと飲み過ぎだけどね」


 お腹を壊さないといいけど、と二人が心配になる。


「大丈夫です。胃薬をきちんと持っていますから」


 しっかりしている。ベールがいれば、体調を壊すことなど滅多になさそうだ。


 その代わり、がんばり過ぎのベールが体を壊してしまいそうだが。


 一息ついたベールは、やっと椅子に座った。

 たまにこのテーブルにやってくるベールだが、すぐに料理を作りに厨房にいってしまう。

 いちばん、クリスマスパーティを楽しみにしていたベールが、

 ぜんぜん席についていなかった。ずっと、働いていた。


 ヒックと、チキのために。


「楽しかったです。

 おじいちゃんと二人だと、どうしても料理の数は決まってしまいますから。

 チキちゃんがあれだけ食べてくれたら、作り甲斐がありますよ」


 三人のお客で、あんなにも料理の回転が速いのは、ほとんどないだろう。

 それにきちんと対応していたベールは、一般家庭の料理スキル以上の実力を持っている。

 実際の料理店で働いていけるレベルだ。


 苦があるとすれば、杖を使わなくてはいけない、その足か。


 パーティ中も、料理を運ぶ時は台車を使っていた。


 以前は、その足が健康状態で動いていたことを考えると、やるせない。

 ベールはこんなにも優しく、良い子なのに。


 サンタクロースは見る目がないな、とヒックは思った。

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