第5話 投獄と監獄。

 杖を使っている理由。

 杖なしでは、歩けない理由。


 気になっている事ではあったが、聞いてはいけないものだと思っていた。

 本人になんて、絶対に聞けない。


 勇気を出して聞いてみたら、おじいさんは、ふむ、と考え込む。


 すぐにダメだと言われると思っていたヒックは、なんだか拍子抜けだった。

 まだ、考えた末に断られる可能性も残っているのだが。


「ヒックくんは小さい頃、

『良い子にしていないとサンタさんがこないよ』と言われたことはあるかい?」


 質問の返答としては、かなり遠回りな感じがしたが、ヒックは質問の答えを探す。

 あったような、ないような。

 でも、良い子にしていないと云々、というのは、

 言われたことがあるので、はい、と頷いた。


「あの言葉の力はすごいと思うのだよ。わしも小さい頃に言われたことがあるがね、

 あの言葉を聞かされた時は、良い子にしていようと気持ちが切り替わるものだ。

 サンタさんは、一年のご褒美のようなものだからね。

 それがないとなると、子供心としては、寂しいし、悲しいし、がっかりだ」


 子供からすれば、一年の中に、ご褒美と言えるようなイベントは数回しかない。


 最低でも、誕生日とサンタクロースとお正月。

 プレゼント、と限定すれば、お正月は省くこともできる。


 最低一年に二回のご褒美があるとして、

 良い子にしていないとサンタクロースがこないとなると、

 一年の内のひとつがなくなってしまうのだ。

 子供からすれば、絶対に避けたい現実だ。


「全世界の共通のイベントだ。知らない子供はいないだろう。

 貧しくてプレゼントがもらえない子供がいたとしても、

 サンタの存在を知らない子供はいないのではないかな。それくらい、有名な存在だ」


 サンタクロース、という存在は。


 ヒックは話を聞いているだけで、質問をすることができなかった。

 質問が思い浮かばないのもあるが、話の内容が見えてこない。

 だから唯一、浮かぶ質問は――「どういうことですか?」なのだが。


 話の腰というか、芯を折ってしまいそうなので、胸の内にしまっておく。


 おじいさんの言葉を待つ。


「サンタのプレゼントがこないという脅迫は、子供に絶大な効果がある。

 それを言えば、良い子にしようと子供はするからね。

 可愛いものさ、外の世界のサンタクロースは」


 全世界共通のサンタクロースを、まるでひとごとのように語る。


 この街だって、同じではないのだろうか?


「この街の親は子供にこう言うんだよ、

『良い子にしていないと、【良い】サンタさんはこないよ』とね」


 同じように聞こえたが、ヒックは心の中で復唱する。

 良いサンタさん。


 なんだかその言い方だと、悪いサンタさんがいるみたいだ。


「赤いサンタさんと黒いサンタさん。

 二人は二十五日に切り替わってから、みなが寝静まった後、訪れる。

 一年間、良いことをしていた子には赤いサンタさんが。

 悪いことをしていた子には、黒いサンタさんが」


「黒い、サンタさん……」


 赤いサンタクロースは、全世界共通のものだろう。

 枕元に、プレゼントを置いてくれる、あのサンタクロースだ。

 だが、じゃあ黒いサンタクロースは、どんなことをしていくのだろうか?


「あの少年」


 おじいさんは、広場で遊んでいる少年を指差した。

 雪合戦中、何度も何度も転んでいた少年だ。


「あの少年はサッカーが上手だった。将来はサッカー選手になるんだ、と言っていてね。

 街の中でも有名だったのだよ。みな、期待していた。

 チームの中でもエースをやっていたくらいの実力を持っていた――」


 サッカー。

 確か、世界を代表する、大国発祥の球技だった気がする。


 おじいさんは少年を見つめながら。


「だが、彼はいじめを指示していたリーダーだった。

 自分では実際に行動は起こさず、人に命令ばかりしていた。

 実際に行動をしていないからと言って、悪くないとは言えないと思わんかね?」


 それは、もちろん思う。

 逆に、指示していた側が、いちばん悪いと思うが。


「去年の二十五日、彼は足の機能を失った」


 ヒックの息が詰まった。


「サッカーなんてもちろんできない。まともに歩くことさえも。

 リハビリをして、補助器具をつけて、やっと歩けるようになったのが、最近の出来事だ。

 ああして、よく転ぶのを見る。どれだけ努力しても、普通には歩けない」


 もうひとり、とおじいさんは少女を指差した。


「あの子は人の物をよく盗んでいた。

 友人の家に遊びにいき、その度に家からなにかを盗み出し、売って、お金にしていた。

 彼女は去年の二十五日に、視覚を失った」


 おじいさんの言葉は、まだ止まらない。


 あの痩せた少年は、味覚を失った。

 雪合戦で遠慮なく雪を投げつけている少年は、聴覚を失った。


 ひとりで本を読み、何度も何度も一ページ目に戻っている少女は、読解力を失った。


 酸素吸入器を常に持っている少年は、肺機能をほぼ失った。


 そして。


「ベールは片足の機能を失っている」


 だから、杖をついている。

 いま挙げた子供たちよりも症状が軽いのは、罪が軽いからなのだろうか。


「そこの判断は分からないが、ベールの罪が軽いのは本当だ。

 あの子が望んで、悪いをしことをしたわけではないからの。

 君も一度くらいは経験があるのではないかな。

 悪気はなくとも、人の迷惑になってしまうような状況になったこと」


 ある、かもしれない。

 はっきりとは覚えていないが。


 しかし、それは理不尽ではないのか?


「ベールとわしは二人暮らしだ。

 わしの妻は若くして病死した。

 でも、ベールの親はぜんぜん若い。病死など、しようもないだろう」


 本来ならばいるべき存在だ。

 異常な事態が起こらない限りは。


「一昨年の二十五日、二人は突然、消えたのだ。ベールを残して。

 失踪、したのだよ。彼らが二人でベールを置いて、どこかにいくとは思えん。

 日付けからして、黒いサンタクロースになにかされた、と見るべきだろう」


 連れさられた?

 黒い、サンタクロースに。


「あ、あの……ベールの両親は、なにか、悪いことでもしていたのですか?」


 これも聞きにくいことだったが、おじいさんは教えてくれた。


「していた。詐欺めいたことをのう。わしも後から知ったことなのだがな」


 それでわしが悪くないとは、言えんよ、と歯を食いしばる。

 黒いサンタクロースは子供だけではない。


 大人の元にもやってくる。

 そこは、全世界とはまったく違う要素だった。


「詐欺めいたことをしていた、とは、ベールには言えんから、隠していた。

 しかし、そんな両親を、ベールはずっと探していたのだよ。あの子に、悪気はない」


 だが、その行動は悪人を助けようとしていることと、あまり変わらない。

 無意識に、悪人の味方をしてしまっているのだ。


 黒いサンタクロースが、それを善行とは判断しないだろう。


 だからこそ、ベールは片足の機能を失った。

 両足にしなかったのは、無意識への配慮なのだろうか。

 それが分かっているなら、見逃してやれと思うのだが。


「わしは、今年だけは、両親を探すのをやめて善行を積むんだ、とあの子に言い聞かせた。

 これ以上、続けていれば、今度はもう片方の足の機能も失ってしまうかもしれないからね」


 善行を積む。


 良いことをすれば赤いサンタクロースがきて、その人にとっての幸せをくれる。


 悪いことを少しでもすれば、黒いサンタクロースがきて、その人のなにかを奪っていく。


 街全体を支配する脅迫だった。

 強制的に、善人を作り上げるシステムができあがっている。


 悪いことをした者は奪われ、弾かれ、やがていなくなっていく。


 残ったのは善人しかいないのだから、善人だけの街となる。



 雪の国……冬国とうごく


 寒国かんごくとも、言えるかもしれない。

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