第4話 街めぐりと違和感。

 街を探索。


 赤いレンガ造りの家しかなかった。

 形は丸く、ドームのような建物。

 楕円形の上に小さな楕円形が乗っかっている。

 雪国だからすぐに雪だるまを連想させた。

 雪が積もっているので、尚更そう見える。


 煙突から煙が出ていた。

 その建物は窓を全開にしている。


 よく見れば、民家ではなくお店だったらしい。

 とは言え、一瞬で気づけないのも無理はないだろう。

 周りと同じ民家で、お店をやっているのだ。

 外に立てている看板は、雪で隠れてしまっている。


 どういうお店なのか分からない。


 お肉を焼いているらしい。

 材料の入った重そうな箱をひとりで持ち上げている奥様がいた。

 人通りが多いので、買っていく人はたくさんいる。

 クリスマスイブのこの日は、売れ時なのだろう。


 お店の前を通った時の熱気が暖かい。

 通り過ぎると、今度は屋台を見つけた。立ち止まって中を覗くと、焼き芋だった。


「お、坊主、食べていくかい?」


 帽子を被ったガサツそうなおじさんが、値段を指差しながら言う。

 子供扱いをしながらも、お金はきちんと取るらしい。当たり前だが。


「あ、う、いや……、これから友人とパーティなので、間食はちょっと」

「男がなにを言ってんだ。よく食べて寝ないと成長しねえぞ? サンタだってきやしねえ」


 サンタって。ヒックはもう信じていない年齢だ。

 チキは、なんだかんだと信じていそうだな、と思う。


「よし、坊主。ちょっとおまけしてやる」


 最後だけ小声で言う。自分だけ特別だぞ、というのを演出したいらしい。


 そう言われても、買わないものは買わないと決めている。


 ごめんなさい、と断ると、


「仕方ねえ、もうちっとおまけしてやるよ。この値段でどうだ!?」


 金額を見せてくる。

 だから、いくら安くしても、(タダではない限り)買わない。


 手を左右に振り続けていると、おじさんが肩を落とす。

 そこまで露骨に嫌がらなくてもいいじゃないか。一応、お客なのだけれど。


「……あんた、この街の子供か?」

「い、いえ、今日、きたばかりの旅人です」


 きたというか、連れてこられた。


 そこまで、プライベートを他人のおじさんに言うつもりはない。


「ちっ。なら、そういう反応でもおかしくねえか」

「?」

「小僧、今日でこの街を出るつもりか?」


 首を左右に振る。

 予定はまだ決まっていないが、今のところ、出る予定はない。


「なら、人の厚意をあまり粗末にしないことだな。

 良い子にしてねえと、サンタさんがこなくなっちまうぜ」


 だから、サンタなんて信じていないのだが。


 それきり、おじさんは商品を勧めてくることはなかった。

 お金を出さない客は、客ではないと思っているのだろう。

 一気に冷たい。雪国だから?


 去り際、おじさんが最後に声をかけてくれた。


「良い旅を」


 その一言で、あっさりとヒックはおじさんが良い人だと思ってしまった。

 飴と鞭にまんまと支配されている。


 詐欺にすぐに引っ掛かりそうだ。

 損得をすぐに考えるヒックは、例外かもしれないが。


 先に進むと広場があった。


 寒い中、子供たちが元気に遊んでいる。

 雪合戦、雪だるま。坂道を使い、ソリで滑ったり。


 信じられない光景が見える。

 なんと、防寒をまったくしていない半袖の少年もいた。

 顔を赤くしながら走り回っている。風邪を引かなければいいけれど。


 ひとりの少女が不安そうにきょろきょろと周りを見回していた。

 誰かを探しているのだろうか。

 すると、少女に近づいていく、もうひとりの少女がいた。


 声をかけて、手を引っ張って、集団の輪の中に混ざっていく。

 先導しているような形だった。


 雪合戦中、よく転ぶ少年がいた。

 雪が積もっているので痛みはなく、安心だが。

 さっきから見ていると、何度も転んでいるのを確認している。

 積もった雪の上を歩くのは、そこまで難しいものだろうか。


 雪合戦をしているのにまったく雪を投げない少年がいた。

 投げたとしてもひょろひょろと頼りない。

 放物線を描けず、ほぼ真下に投げているように見えるが。


 友達が、彼が集めた雪を弾として、相手チームに投げつけている。

 ストップ、タンマ! と相手チームが言っていても、お構いなしだった。

 遠慮がなさ過ぎる。


 ソリに乗って滑ってきた少女がもういちど滑ろうと坂の上まで登ろうとする。

 片手にソリを持ち、片手に杖を持ち。

 さくっさくっと雪を突き刺しながら登っていく。


 長い時間をかけて、やっと登り切った少女は、上で待っていた少女と一緒に滑っていた。


 和気あいあいとした幸せな光景。


 ……に見えるのに、なんだか不自然だった。


「元気なわりに、体が追いついていないような……」

「気になるかね?」


 すると、いつの間にか隣に大男がいた。


 白く長い髭。頭には布製の帽子。茶色い防寒着。

 ヒックと似たようなデザインだ。

 大男の片手には買いもの袋。

 ぱんぱんに膨らんでおり、様々な食材が入っていることが分かった。


 大男は空いている片手で、ヒックの遠い方の肩に手を置く。

 びくりと震えるヒックは恐怖を感じたが、それは早計で、勘違いだった。


 大男のおじいさんは年相応の声で言う。


「元気に二足で歩いていて安心したよ、少年。ベールに世話してもらったかい?」


 ベールを、知っている……? ……あ。


「ベールの、おじいさん……?」


 うむ、と頷くおじいさん。

 ヒックは驚いて、ありがとうございます! とお礼を言った。


 いきなり過ぎた、と言ってから後悔した。

 しかしおじいさんは気にした様子もなく、とりあえず、とうしろを指差す。


「椅子にでも座らんか?」


 立ち話もなんなので。そんな意図が見えた。


 見え見えだったというか、そうとしか考えられないが。


 こくんと頷き、ヒックとおじいさんは、雪を踏みしめ椅子に座る。



「そうか、ヒックくんと言うのか」


 自己紹介をし、あらためてお礼を言った。

 おじいさんが助けてくれなければ、今頃、ヒックとチキは――、

 この世に存在していないかもしれないのだ。


「気にせんでいい。たまたま、山の近くを通ったら君たちを見つけただけだ。

 倒れている人を見つけて、見て見ぬ振りはできんよ」


 君だって、どんな手を使ってでも助けただろう? と聞かれると、

 その通りとしか答えられない。

 ヒックの場合は、助けるのにも時間がかかってしまい、

 それが生死を決めることもあるのだが。


 おじいさんのその体格と力で素早く助けてくれたからこそ、

 ヒックとチキはこうして生きていられる。

 どれだけ迷惑だろうと、感謝は何度しても、足りないくらいだった。


「君の気持ちも、まあ分かるがね。

 なら、ベールと仲良くしてくれたらいい。

 あの子の足の状態だと、あまり外では遊べんから、いつもひとりなものでな。

 話し相手になってくれるだけでも、充分なものだ」


 ベールと仲良くするのは当たり前だ。

 だから、これでお礼をし切れたとは考えられないのだが。

 しかし過剰なお礼も迷惑になってしまうので、いまのところはそれで手を打つ。

 しばらくしない間に、別のお礼の方法を見つけなくてはいけない。


 おじいさんの言葉に、はい、もちろん! と頷く。


 のんびりと椅子に座っているが、おじいさんは、それからなかなか、話し始めなかった。

 人見知りをするヒックからすれば、どうやって話題を振ればいいのか分からない。

 ここまで年が離れていると、盛り上がる話題もないだろうし。


 年が近いからと言って、話が合うヒックでもないのだが。


「…………」


 横目でおじいさんの横顔を見つめる。


「言いたいことがあるのだろう? 言ってごらん。

 言いたくないことは、わしもきちんと断るよ」


 こっそり覗いているつもりだったが、ばれている。

 ぎくりとしてしまったので、図星だったとばれているだろう。

 ここから、なんでもないです、とは言えない。


 言えるかもしれないが、ヒックは言えなかった。


「……聞きにくいことなんですけど――、


 ベールの足は、どうしたんですか?」

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