第3話 今日はクリスマスイブ。

 背中が痛むが、ずっとベッドの上にいるわけにもいかない。

 お世話になっている以上、できることだけでも手伝いはするべきだった。


 旅の服を着ようとしたら、ベールによって洗濯されていた。

 今は暖炉の前で乾かされている。

 触ってみたら、まだ濡れていた。

 これを着て外に出たら、一瞬で服がかちこちに凍りそうだった。


 ベールを探す。


 チキが外に見えたので、窓から覗く。

 チキはスコップを持って、家の前の雪を端にどかしていた。


 ぱらぱらと、弱く雪が降っていた。

 ヒックとチキが歩いた雪山の豪雪と吹雪で雪が嫌いになったが、

 この雪は好きになれそうだった。街のイルミネーションとマッチしていて、美しい。


 長袖、長ズボン、どちらも一枚しか身に付けていない。

 こんな服装で外に出たら、症状が悪化しそうだったので、チキに声をかけられない。

 別に風邪を引いているわけではないので、悪化ではなく、

 新しく病気にかかってしまう、と言うべきか――。


 窓から眺めるだけに留める。

 チキは、体のどこにも異常はなさそうだった。


 ベールはヒックたちを拾ってから、一日も経っていないと言っていた。

 半日もしないでチキは目を覚まし、ほとんど健康状態に近かったという。


 なら、安心だ。

 寒さによって衰弱しているだけだったので、温めれば回復するのは当然か。


 いまも健康体でなければ、スコップを持って、いちどに大量の雪など運べないだろう。

 ヒックがやるべき、力仕事を、チキはおこなっていた。

 男として情けないが、こういう力仕事はチキに任せっきりだった。


 ヒックには力がない。

 人よりも誇れることと言えば……、考えることだけ。


 考えすぎて、ネガティブになってしまうのは、短所になってしまっているが。


 前髪が瞳を隠す。

 濃い青色が目の前を覆う。


 それでも視界は充分だった。

 ただの気休めだが、こうしていると、なんだか安心するのだ。


 本当はマスクでも被ったらそれが一番いいのだろうけど、逆に目立って仕方ない。

 周りがマスクを常に被っている仮面舞踏会みたいだったら、浮かなくて済むのだけど。


「あれ? 立ち上がって大丈夫なのですか?」

「へひっ!?」


 思わず、高く奇妙な声が出た。

 ベールは口元に手を当てて笑っている。


 恥ずかしい。死にたくなる。


「ヒックさんは可愛いです」


「……ほんとに、情けない限りだよ……」


 いえいえ、そんなことはないですよ? とフォローしてくれている。

 年下にフォローされているところが、もう情けない。


 窓を覗くヒックの真横から、ベールは現れた。

 ベールのうしろの部屋はお風呂場だ。

 お湯をもういちど、焚いているらしい。

 おじいさんが帰ってきたら、熱々のお風呂に入れてあげるためだろう。


 ヒックたちだけではなく、身内にも優しい子だった。


 良い子すぎる。


「外に出たいのですか?」


「ええっと、特に用事があるわけじゃないんだけど……、

 せっかくきたんだし、ちょっと街を見ていこうかなって」


 いつものくせだ。

 新しい街に訪れたら、全部を見て回る。


 見落としがないように。


 全てを見て回り、得られる縁があるかもしれないのだから。


 人見知りがなにを言っているんだ、という感じだが。


 プライベートと仕事では、覚悟が違うので、ヒックも積極的に話しかけたりする。


 ためらう場面も数多くあれど、そこは見逃してほしい。


 チキに言わせれば、

「ヒックにしては頑張っている」――らしい。


「そうですか。その方がいいですね。

 じゃあ、少し待っていてください。おじいさんの服があった気がします」


 そう言って、ベールは部屋の中に戻った。

 がさごそ、と音が聞こえてくる。

 収納スペースを奥まで漁ってまで、無理して出さなくてもいいけど。

 別に、明日でもいいのだ。


 自分の服が乾いてからでもいいのだ。


 ヒックの元に戻ってきたベールから、ちょっと大きめの防寒着をもらった。

 上下、揃っている。ちょっと、もこもこし過ぎているが、寒さ対策としては充分だった。

 色も濃い青色と、髪の毛と合っているので違和感はない。


 最後に腕を通して着用。

 部屋の中だとものすごく暑い。

 だが外に出たら、これが寒いに変わるのだろう。


 今更だが、外に出なくていいのでは? と思うが、

 ここまでしてくれてやっぱりやめます、とは言えなかった。


「似合っていますよ」

「あ、ありがとう」


 おじいさんのセンスが合うってどうなのだろう? 

 もしかしたらベールが選んだものかもしれないので、お礼を言うだけに留めておく。


 扉を開けて外に出る。

 寒い。けど、雪山の寒さを経験してしまうと、温く感じてしまう。

 もちろん、吐く息は白く、寒いけど。


「ヒック、どっかいくのか?」

「ちょっと、街を探索してくるよ。チキもいく?」

「んーん。ベールと遊んでる」


 フラれたことに少しショックだった。が、ベールと仲が深まっているのは良いことだ。

 旅をして、ひとつの街に滞在する時間が短い二人は、知り合いはいても、友達はいなかった。

 ヒックからすれば、仕事仲間はたくさんいるのだけど。


 チキはヒックのうしろをついてくるだけなので、

(チキも人見知りではないが、

 警戒心が強過ぎて攻撃的になってしまうために、友達は少ない)、

 仕事仲間でさえも多くはない。


 ヒックの助手なので、やはり仕事仲間と言えば、ヒックが中心となる。


 だから、こうして遊ぶような友達ができるのは、貴重なのだ。


 せっかくの友達との遊ぶ時間を、奪いたくはない。

 ヒックはチキに手を振り、街へと歩き出す。


 そんなヒックを追って、ベールが器用に杖を使って、駆け寄ってきた。

 薄着のままだった。まったく防寒されていない。痛いほど、寒いだろうに。


「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

「あまり、遅くならないでくださいね」


「う、うん。一周してくるだけだから、大丈夫だよ」


 すぐ帰ってくる気でいた。

 なので心配しなくてもいいのだが。


「なら、いいんです」


 ベールのうしろから、チキが呼んでいる。

 ベールが振り向き、はーい、と答えた。


「あまり時間はないですけど、楽しんできてくださいね」


 そう言って、チキの元に駆けていくベール。


 時間が、ない? 

 確かに長期滞在をする気はないけど、だからと言ってすぐに国から出る気もないのだが。

 言ってしまえば、時間はたくさんある。


 まあ、言葉の綾なのだろうと思って、ヒックは気にしなかった。


 今日は二十四日のクリスマスイブ。


 本番と言えば、明日のクリスマスなのだ。

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