第3話 ルッカ・ウィザリィ その1
「オネス、かぁ……」
汽車の客室で、ぼくは改めて手鏡で自分の顔を見返した。
どこからどう見ても主人公とは似つかない。
というか、我ながらこのやたら長すぎる前髪はいったいどういうヘアセットになっているのだろう?
しばらくして自分の顔を眺めるのも飽き、外の景色に目を向けた。
汽車と平行するように飛ぶ鳥が見えた。
いや、それはよく見ると鳥ではなく、光輝く妖精の群れだった。まるでぼくたちの門出を祝うかのように、虹色の軌跡を引いて宙を舞った。
「ホントに、ウィザアカの世界に来たんだ……」
せっかくこの憧れの世界に来れたのだから、楽しまない手はない。
心機一転。
なんとか気持ちを切り替え、ぼくは客室から通路に出た。
ほかの車両に移動する途中、何人もの同じ年頃の少年少女たちとすれ違った。
どの顔も見覚えがある。これからウィザアカに入学する生徒たちだ。
まだみんな私服姿だ。
ぼく自身も、やたらと仕立てのいいセーターを着ており、実にお坊ちゃんという感じの装いだった。
「やめてっ……手を離してよ!」
そのとき、通路の奥から小さな悲鳴が聞こえた。
「なにこいつぅ。こんな古臭いローブを持って、どこの山奥からやってきたの?」
「くすくす、田舎くさい赤毛ねぇ」
「この子、きっとローブひとつ買うお金もないのよ」
客車を繋ぐ連結部の扉付近で、三人の少女たちが誰かを取り囲んでいた。
その中心にいたのは、くすんだ赤い色のローブを大事にそうに抱え込んだ赤毛の少女だった。
「あれは……」
その少女の姿に、ぼくは目を見張った。
ルッカ・ウィザリィ。
このウィザアカのメインヒロインの一人であり、この汽車内で主人公のロイドと運命的な出会いを果たすことになっている。
ルッカはローブを引っ張られながらも、決して渡すまいと必死に抵抗していた。
「これは、わたしのお祖母ちゃんのまたお祖母ちゃんの代から受け継がれてきたローブなの! とっても……大事なものなんだから!」
「それが汚らしいって言ってるのよ……!」
ルッカの毅然とした態度が尺に障ったのか、取り囲む少女たちはさらに怒りを強めた。
魔術師にとって、家柄は非常に大きな意味を持つ。
ルッカに絡んでいる少女たちは、いずれも名門家系の出身だ。
だがそれがゆえにプライドが高く、どこの馬の骨かもわからないような平凡な出自の魔術師――まさにルッカのような人物を毛嫌いしているのだろう。
そうだ。ここは確か主人公が現れて、絡まれているルッカを助ける場面だ。
通路の前後を見渡す。だが、主人公の姿はどこにもない。
いったいなにをしているのか。
「っ……!」
ルッカが髪を引っ張られ、苦悶の声を上げる。
駄目だ。
これ以上、主人公の登場を待ってはいられなかった。
「や、やめなよ」
気づくと、ぼくはおっかなびっくりと彼女たちに話しかけていた。
「なによ!? って、貴方は……」
こちらを見るなり、彼女たちの剣幕がなりを潜めた。
「ぼくは……オネス・リバーボーン、だけど」
「!? あ、あの大富豪、リバーボーン家の……!」
「世界有数の大富豪の……ご、ご子息さま!?」
どうやら、彼女たちはぼく以上にオネスのことをよく知っているようだった。
こんな場面は、原作の物語にはない。本来は主人公であるロイドが、同じように少女たちに馬鹿にされながらも、同じ境遇のルッカをかばう場面だった。
「その、乱暴はよくないと思う。良かったら事情を……」
「い、いえ私たちはべつに……で、ではこれで失礼しますね!」
少女たちは慌ててルッカから手を離すと、気まずそうにその場から退散していった。
予想外の展開に拍子抜けしたが、ひとまずほっとした。
気付くと、ルッカが呆けたようにぼくを見つめていた。
黄金色に輝く赤毛。長いまつ毛に、愛らしく丸い瞳。
ルッカ・ウィザリィは目を引かれずにはいられない美しい少女だった。
物語を通じて憧れていただけに、こうして目の前で見つめられると、自然と頬が熱くなり、脈が速まってしまう。
「助けてくれて、ありがとう。……あなたは?」
「え……あ、ぼ、ぼくは……オネス。オネス・リバーボーン……だよ」
「オネス君……ね。わたしはルッカ・ウィザリィ。よろしくね!」
彼女は天真爛漫に微笑み、手を差し伸べた。
どきどきしながら握手を交わし、ぼくもスマートな笑顔で返そうとしたが、次の瞬間、愕然とした。
「? どうかしたの」
「い、いや、べつに……」
近くで並ぶと、ほんのわずかだが、彼女の方が背が高かった。
せめてもう少し背丈が欲しかったよ、オネス……。
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