第4話 ルッカ・ウィザリィ その2

 ルッカの客室で、ぼくたちは向かい合わせに座った。


「オネス君、さっきからきょろきょろしてどうしたの?」


「え? い、いや、べつになんでも……」


「そう? なんか、目を逸らしてるような気がしたから……」


 それはもちろん、緊張しているからだ。

 なにせ、憧れのヒロインがいま目の前にいるのだ。


「そ、そうだ! なにか飲み物でも買おうか? お金なら沢山――」


「わたしは大丈夫だよ。お金勿体ないし。わたし、節約するのは慣れてるから」

「そ、そう……」


 ルッカはとても倹約家で、古い魔術道具を丁寧に手入れして使うことに喜びを感じるような古風な少女である。

 今、その膝の上で折り畳んでいるくすんだ赤い色のローブは、そんなルッカのトレードマークだ。


「わたしはね、お金がなくても人は幸せになれると思うの。むしろ、お金がなければ幸せになれないのならは、それはその人が心が貧しいんじゃないかって」


「……」


 オネスという存在を全否定する清らかなルッカの言葉に、ぼくの心が串刺しになる。

 勿論、彼女に悪意はない。原作そのままの通りのルッカだった。


「……」


「オネス君? どうかしたの」


「なな、なんでもないよ! あはは……た、たしかにその通りだよね? 金だけあるようなやつなんて、生きてる資格ないよね!?」


「そこまでは言ってないけど……。あ、そうだオネス君」


「な、なに?」


「オネス君って、もしかして有名人?」


「え?」


 ルッカの質問に、ぼくは目を瞬かせた。


「だって、さっきの子たち、あなたの名前を聞いて驚いてたから」


「ああ……まあ、そういうことになるのかな」


 リバーボーン家といえば、この世界では知らない者がいないほどの大富豪の貴族だ。

 ルッカが知ないのは、彼女が遠い小国からやってきたからだ。彼女の身の上(というか設定)は、わざわざ聞くまでもなく頭に入っている。


「もしかして、高名な魔術師の家系?」


「いや、全然そんなことないよ。ぼくに魔術の才能は……全然ないんだ」


 そう。オネスは金持ちであることだけが取り柄で、魔術の才能はからっきしない。

 才能と努力で成り上がっていく主人公を横目に悔しがる。

 残念ながら、それがオネスの役回りだ。


 ぼくが沈んだ気持ちでため息をついていると、ルッカが突然、ぼくの手を握った。

顔を近づけ、正面から見つめる。


 心臓が止まるかと思った。


「そんなの、まだわからないでしょう。魔術で大事なのは家柄でも才能でもなく、努力だと思う。せっかく同じ学園に入るんだもん。一緒に頑張ろう?」


 まるで天使そのものだった。

 ルッカの優しさに救われるような気持ちなると同時に、自分を呪った。


 残念ながら……ぼくは知っているんだ。


 オネスには才能がない。あるのはお金だけ。

 偉大な魔術師の血を引き、ルッカを守り通せる主人公のような力は、ぼくにはない。

 ぼくの諦念は、世界や物語を知っているだけに残酷なものだった。


「そうだ、オネス君。わたしたちの行く魔術学園って、最初にクラス分けがあるって聞いたけど、知ってる?」


「ああ、うん。そうだよ。どこに入るかは……行ってからわかるはずだよ」


「そっか。一緒になれたらいいね」


「え? 誰と」


「なに言ってるの? わたしと、オネス君が、でしょ」


 ルッカは当たり前のように口元を緩めた。


 この時間が永遠に続けばいいのに、とそのときのぼくはそんなことを思った。

 けれど、現実はそうはいかないことを知っていたはずなのに。

 


 ――直後、ぼくたちの客室をすさまじい衝撃が襲った。

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