第2話

 後日談というか、その後の顛末。

 行商人と少女——ニーナは、その後、予定通り、夕刻までに戦場を後にした。彼の突然の決断に理由があったのかはわからない。行商人の感が働いたのか、はたまた女児愛好家の蔓延るに愛想でも尽きたのだろうか、彼の思うところは彼以外の誰にもわからないコトではあるけれど、しかし、結果論として、行商人とニーナは、その何の因果があるのかは定かでない決断のお陰で命拾いしたのだった。


 と、言うのも。

 と、言うのも何も。


 その翌日、正確には明朝、戦争は終結したのだった。それもという結果で、である——彼らが店を構えていたも等しく例に漏れず。


 何とも摩訶不思議な話である。複雑怪奇な、と言ってもも良い。確かに行商人は言っていた、現在の戦況は拮抗状態にあると。この言葉に何ら間違いはなく、嘘偽りもなかったというのもまた確かだった。行商人がいた自陣営(特に肩入れがあったワケではないが、ここでは自陣と呼ぶことにしよう)とそれと敵対する勢力、つまり敵陣営は、互いに互いを睨み合い、互いに互いを牽制し合い、互いに互いを恐れ合い、その結果として、拮抗状態を保つことになった——なってしまった。


 がしかしながら、その翌朝には戦争は終結した。

 それも両陣営ともに壊滅という結果で。


 ではどうして?

 どうして戦争は終結したのか?


 その理由は、それはもう単純明快で、尚且つ、それまたもう至極納得なモノだった——拍子抜けするまでに。


 他国の介入があったのだ。

 二国間での戦争が、不幸にも周辺諸国に飛び火したのではない——痺れを切らした周辺諸国が意図的に戦争に介入したのである。拮抗状態の続く戦況を芳しく思わなかった周辺諸国が、を首にぶら下げて、として突然として名乗りを上げ、戦争に参戦したということだ。けれど、拮抗状態に慣れてしまい気の緩んだ両陣営は、予期もせぬ第三勢力の出現に驚愕した。結局そのまま、応戦することは叶わず、ズルズルと後退し、あえなく沈黙したのだった。一晩で壊滅させられたのだった。

 けれどもまあ、楽観的に考えてれば『これにて戦争は終結、めでたしめでたし』となり、『happy end』としてこの歴史的偉業を後世に語り継がれていったのかもしれないが、それがそうでもなったのである。それどころか『これにて戦争は終結、次の敵は前方にあり』となり『bad end』では飽き足らず『bad future』というおまけ付きの結果となってしまったのである。何故ならそこに——何万もの死体が散らばる戦場の上に、また別の関係のない新たな戦場を作りあげたのだ。その行為はまるで——炭化した薪を排除し、その焦土の上にまた新たな薪を積み上げ、また燃やす——キャンプファイヤーと同じだった。継ぎ接ぎの動機と、魔法みたいに無尽蔵な薪のストックがある限り、半永久的に終わりの見えないキャンプファイヤーと——何ら変わりはなかった。


 戦争では金が動く。

 これは全世界共通の認識である。

 今や戦争は、国境をも越え、人種の壁をも越え、思想の隔たりをも越え、宗教の垣根をも超える。世界中の誰しもが、嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、大嫌いなモノ、それが戦争。世界中の誰しもが、この世から消えて欲しいと心の奥底から、切に、切に、切に、切に、切に願うモノ、それが戦争。この世で最も憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて堪らないモノ、それが戦争。大嫌いで、消えて欲しくて、憎いモノ、それが戦争。

 でも少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 頼りになるのが戦争だった。

 雇用を生み出すために戦争をして、武器を売りつけるために戦争をして、薬を売りつけるために戦争をして、金を動かすために戦争をする。「憎くて、忌々しい隣国は、財源も資源も豊富だそうだ」ならばお隣と戦争をしよう。「憎くて、忌々しい隣国が、我が国を侵略しようとしているそうだ」ならばお隣と戦争をしよう。それはまるで、国家という強大なエゴが暴走している、と言う他なかった。結局は、金、金、金、金のために戦争をしているようなのモノだった。


「ですから周辺諸国は、一銭の金にもならない停滞しきった戦線を一掃し、金の雨が降り注ぐ土地を自らの手で作り出したのです。ははっ、本当に、本当に、滑稽極まりのない笑い話ですよね。彼らは神にでもなったつもりなのでしょうか? 『愚の骨頂、此処に極まれり』とでもいうのでしょうかね? ははっ、ははっ…………は? どうしましたか、ニーアちゃん。何か嫌いな食べ物でもありましたか?」


 行車の横に建てられた大きなテント。その中で行商人とニーナは朝食を取っていた。

 行商人は広げていた新聞を閉じ、対面に座るニーナの顔を覗き込んだ。硬そうなパンをちぎり、咀嚼し、水で流し込んでいるニーナはまさしく仏頂面だった。


「ボス。パンは固い、硬水は口に合わない、話は堅苦しくてつまらないです。固い硬い堅い、ですよ。朝から色んな意味で疲れてしまいました」


「これは失礼しました。ニーナちゃんくらいの年頃の女の子には難しいお話でしたね。すいません、そこまで気が回りませんでした」


「ニーナをそこら辺のガキンチョと一緒くたに語るのはやめてください! そこらのガキンチョとは、潜り抜けてきた修羅場の数が違うんですっ! ボスの話はとは言いましたが、!」


「そうですか、そうですか——わかりました。では、ニーナちゃんを一人のレディーとして、これからは扱はさせていただきましょう——」


 ニーナは仏頂面からパッと笑顔になった。

 彼女もまた年相応しく、自分を大人として扱ってもらいたいと、そう思うお年頃の少女なのである。


「——ではレディー、そのお皿に残っている野菜をどうするおつもりで? まさか、大人にもなってなんて言いませんよね、レディー?」


 笑顔が一瞬で絶望のそれに変わった。


「し、失礼ですね、ボス。今まさに食べようとしていたところじゃないですか……あっ、そう言えば、ボスは今朝は何も食べていないようですがいかがですか?」


 そう言って、野菜だけが乗せられた皿を、行商人の前に差し出した。押し付けた。


「そんな結構ですよ。レディーのお食事を分けていただくなんて滅相もない。どうぞ、私のことはお気になさらずにお召し上がりください」


 そう言って、野菜だけが乗せられた皿を、ニーナの前に差し出した。押し返した。


 渋々といった感じで受け取ったニーナは、恨めしそうに行商人を睨みつけるが、行商人は優しげな、けれど有無を言わさぬ笑顔でそれを制した。諦めたようにニーナは「い、いただきます……」と呟くと、目を背けながら積まれた野菜の一つにフォークを突き刺した。


 それから若干の間があって、ようやくついに決心がついたのだろうか、野菜を口元に運んだ。


 と思ったら。

 バンっと机に額を叩きつけるニーナの姿があった。


「ごめんなさい。許してください。これからは、大人扱いしろ、だなんて大それたコトを言いませんから、どうかどうか許してください」


「別に怒っている訳ではないのですが……受けた謝罪を無碍には出来ませんから、許すには許しましょう」


「じゃ、じゃあ!」


「しかし好き嫌いはいけません。さあさあ、野菜たちが泣いていますよ」


 ニーナは「そんな子供騙しな手は通用しません」と行商人に聞こえない声でボソリと呟いた。


「ボス、わたし、お野菜食べられないよ。代わりに食べてくださいよ。可愛い可愛い、ニーナちゃんのお願いですから。叶えてくれても良いじゃないですか。食べれんない、食べれない、食べれない〜」


 ニーナは知っていた——


「いやはや、そうは言われましてもですね……私が食べてしまえば、ニーナちゃんの好き嫌いが治ることには繋がりませんから——」


「だったら、一緒に食べてください。わたしは1/4食べますから、ボスは3/4食べてくださいよ。これで、おあいこ様ですよ、ボス。」


「おあいこ様と言うのなら、お互いに半分ずつの時に言うんじゃないんですか?」


「じゃあ、ボスとわたしで半分半分で決まりですね!」


「わかりました。どうにも上手く乗せられている気がしなくもないですが、今回はそれで手を打つことにしましょう」


「やった!!」


「ただし、次はありませんからね」


「了解しましたですっ、ボス。では、わたしはボスの分を取り分けるお皿を取ってきますね!」


 ——ニーナは知っていた。

 行商人はニーナにとても甘いということを。


「大人騙しは子供の専売特許なのです」


 皿とフォークを準備しながらニーナは呟いた。


 


 


 

 

 

 

















 

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行商人は、今日も戦場へと赴く 名沼菫 @nanunu7969

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