第冬章 月鳥⑥

長いようで短かった冬休みも終わった。

寒さはより一層際立ち、風が一つ吹くたびに目をつぶる毎日だ。

ああ、そうだ、風。

花江はふと彼のことを思い出した。

あの風は窓ガラスをカタカタと優しく揺らすようなもんじゃない。

例えるなら台風。

おこがましいかもしれないが、自分を台風の中心とするなら、彼は花江の周りを自分勝手に飛び回る風だ。

好き勝手荒らしに荒らして、心をかき乱して…


「冬休み…会えませんでした…」


放課後…久々に再開した文化部。他の部員たちが何をやっているか知らないし、活動していることさえも興味がない…が、文化部の中でも割と真面目な方の花江は、こうして絵画活動に勤しんでいた。

暖房器具はストーブ一つ。部屋が温まるまでもう少し時間がかかりそうだ。

悴む手に息を吹き込む。いつものように筆が握れない。

冬休み前と後での気温がここまで違うとは…花江は諦めて帰ろうかと思い始めていたところだった。


「花江、ビッグニュースだ」


ガラリと開いた扉に花江の心臓は脈を強く打った。


「ノックをお願いします」


「驚かせてすまなかったな」


お得意のポーカーフェイスのおかげで上手く平常心を装えているつもりだったが、鳥羽にはお見通しのようだった。


「あけましておめでとう」


「…明けましておめでとうございます。残念ながらあと2ヶ月もしたら先輩はいなくなるのでしょうが…形式上言わせてください。今年もよろしくお願いします」


「卒業後も会うことはないと、言いたいんだな?」


「会いたいんですか?」


「会えるものなら」


「お腹いっぱいなので遠慮します」


「空腹時に声をかけてくれ」


「おそらく一生ないか…と」


鳥羽は「そうか。残念だ。非常に残念だ」と何度も言いながら、首をふった。


「じゃあ、この話はなしにしようかな」


「ああ、ビッグニュースですか?どうせ先輩の受かる大学がA判定でした。というか、Aを飛び越えてSでした、とか言わないですよね?」


「ソーシャルゲームみたいな階級にするな。俺は存在自体がSSRだからな。何においても一番であることに変わりはない」


「その自信が怖いんですけど」


「先輩、そろそろいいっすか?廊下で待つの寒いんですけどー」扉の向こう側だったか。聞き覚えのある声に花江は心を躍らせる。


声の主はもちろん、冬休み中に会おうか会わないか、悩みに悩み、結局行動を起こさなかった相手。


「風間くん…」


「先輩の声が聞こえたっす!!入ります!もう入ります!」


「いや、待て。ここはサプライズだ」


「サプライズ…?」


鳥羽の制止も虚しく、風間は勢いよくドアを開ける。


「あー!あったかいー!!」


「あったかいか?」


「先輩の温もりを感じます」


声には出さなかったが、2人とも心の中で風間に「「こわっ…」」という感想を抱いた。


「で、本題は何でしょうか?寒いので今日は店じまいをしようと思いまして」


「そうだな。祭典もないなら暗くなる前に帰った方がいい」


「一緒に帰れるっすね!」


「話の腰を折らないでください」


「でも大事な約束っすよ?」


「君はわたしが何を言おうとも勝手についてくるでしょうに…」


「そうでした!冬休みボケっすね!」


「………もういいか?」


またも話がずれそうな予感を察知し、鳥羽が間に入る。


「すみませんでした」謝る花江の横で、まんべんの笑みを浮かべる鳥羽がやけにうるさかった。


「ちょうどいい機会だから、話そうと思ったんだ。俺ももう生徒会長でもないし、部長も引退する時期だ」


「本当に卒業するんですね」


「残念ながら留年をすることはなかったよ。そして次期部長に風間を推薦することにした」


「え…」


「勤勉に取り組むお前でも良かったんだがな…。如何せんお前は広告塔になるに存在感がなさすぎる。文化部が消滅しかねるから、少しでも目立つ風間を部長にする」


「大丈夫なのですか?彼はその…」


「来年はお飾り部長として、こいつを立たせる。名前だけだ。中身はお前がやればいい。そして、残りの一年こいつをサポートしてやれ。そうすれば、次の年は間違いなく独りで全部こなせるだろう」


「はあ………そういうことでしたら…」


プライドの薄い花江にとって、どの地位の人間が上に立とうがどうでも良かった。

自分の部活動に支障が出ないのなら、面倒事は全て彼に押し付けても問題ないだろう。

なにせ部長なのだから。


「残り少ない俺の在籍時間を引き継ぎに使わせてもらう。…と同時に」


鳥羽が風間に視線を移すと、「言っていいんですか?」と嬉しそうに答える風間がいた。


「…俺!美術部に戻るっす!!」


少しだけ間をあけた後に鳥羽は元気よく宣言をした。


「引退する人間が口出ししてもしょうがないからな。風間の『部長権限』を使わせてやることにした。ただ俺からの引き継ぎもあるから、全ての部活動の席を美術部に移すわけじゃない」


「けど、俺は写真部から美術部に移ったっす。鳥羽先輩には申し訳ないんですけど…」


「なあに、構わないさ。写真部の中身はほとんどが俺の私物だ。俺が卒業すれば、あの部室はもぬけの殻と化すだろう。良い機会だ。文化部内の写真部は廃部にしよう…」


「と言うことになったっす!どうですか?先輩!!感想とかないっすか?特にやったーとか嬉しいとか!!」


「………へぇ………」


「え!?そ、それだけ!!??」


表情筋のよく動く風間が羨ましい。

七面相しながら、花江の反応に驚嘆していた。

その隣で笑いを堪える鳥羽の姿が見える。

きっと彼はわかっているのだ。

花江が言葉を失うほど、驚いていることに………。

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