第冬章 月鳥⑤

後日。

冬休みが終わり、新学期が始まる。

宿題は終わらせてきたが、やはり休みは恋しいもので、まだ家でゴロゴロとしていたい気もした。

が、ボーッとすると、あの日のことを思い出してしまい、月島は深いため息をついた。


「もう少し…良いやり方があったのかしら…」


月島にとって学校は救いだった。

学校には授業もある。部活もある。そして、親友もいる。

この3つがあれば、月島はあの日のことを深く考えずとも生きると思っていた。

だが、現実はそううまくはいかない。

授業中もふと考えてしまうことはあるし、休み時間になれば尚更だった。


「どうしました?宵…」


お昼休み…。

月島の家は自分に見合う小さなお弁当と、中には月島の体のために丹精込めて作られたおかずがぎっしり詰まっていた。

楽しいお弁当は月島家を思い出させる。

姓に苦しめられることは、生まれて初めてだった。

親友のため息を聞きつけた花江は、月島の顔を覗き込む。

顔には出ていないが、心配はしているのだろう。


「未来ちゃん。私は未来ちゃんのことが大好きで、無くしたくない大事な親友なわけなの」


「あ、はい…。ありがとうございます。わたしも宵のことは大切な親友だと思っています」


「ふふ…未来ちゃん、これからもよろしくね」


「も、もちろんです。………」


「心配してる?」


「えっと…その…はい。いつもの宵らしくない、なと思いまして」


「私らしく、ないのね…。そうよねー。あーあ…」


「………」


「いいの。…これ以上は何も言えないから」


「?」


「未来ちゃんが鈍くって助かったわって話よ」


「は、はあ…」


突然の月島のデレ。


「私ね、どうやら振られたみたいなの」


重い鳩尾をスッキリさせよう。

月島は思い切ってあの日を遡る。


「宵を振る男がこの世にいるんですか?」


「ええ。いるのよ。この世界は広いから、私と合わない人間も合う人間もいるの。どうなるか分からないのが人生だから、意外と面白いのよ」


「本当に思ってます?」


「…思ってないわ…強がっているだけ」


「ですよね」


花江はお弁当の中に入っていた人参をつつく。

あまり好きではないようだ。


「ちなみに…宵はなんでその男性のことが好きなのですか?」


「未来ちゃんが興味を持ってくれるなんて」


「わたしだって、気になりますよ」


「秀ちゃんには興味ないくせに」


「今は…その話をしていません。宵の話を聞いているんです」


月島は笑いながら、水筒のお茶をコクリと飲んだ。


「…どこにでもある平凡なお話よ。最初は興味。あの目立つお方は、どんな方なのかしら?と思っただけ。けど、その人のことを知れば知るほど、心から素敵だと思っただけなの。何をやっても上位であり、常に憧れの的。大人のように頼れる、信頼のおけるお方」


「憧れ…」


「そう、全て持っているその方が羨ましくって…同時に、心から憧れたの。憧れからの恋慕。よくある話よね」


風間も同じ理由だったか、と思い出し、口に出して初めて自分の「普通」に気づく。


「それが、普通なんですか?」


何気ない花江の問いに月島は気づかされる。


「すいません、わたし…あまり普通が分からなくって…。宵の話はとても興味深いですし、平凡ではないと思いました。そんな普通が世の中にはたくさん転がっているのですね…。そうなるとわたしは何も知りませんでした。とても勉強になります。宵は…とても経験豊富で…羨ましいです」


「主人公…」


「え?」


「ううん、なんでもない」


心から溢れる愛らしさに月島は花江のことが一層好きになる。


「未来ちゃん…私は私が欲しいものを持っている人が羨ましい」


「人それぞれ欲しいものがありますけれど…それぞれが平等に役割を持っていますね。だから、人は人を羨みます」


「私は未来ちゃんが羨ましいわ」


「むっ…わたしは、宵に嫉妬しますよ」


「ふふ…人それぞれなのね。望むもの、望まないもの、全ての人は平等に持っている。そういうところに、人は人に対して魅力を感じるのね」


月島は今日の滑りやすい里芋の煮物を器用に箸で掴み、口に持っていく。

優しさが口いっぱいに広がり、月島は自分への愛情を再確認する。


「未来ちゃんは、私の欲しい魅力を持っているわ」


「どの辺ですか?」


「未来ちゃんの鈍感なところが、憎たらしいわね」


「宵の本音が出ましたね」


「あら?そうだったかしら。私って結構強情なのよ」


「気づいてましたよ。そういうところが、好きです」


月島と比べ箸使いが上手ではない花江は、うずらの卵をすくうのに苦戦しているようだった。


「本当に…贅沢ね」


「以前、鳥羽先輩にも言われました」


「そう……私も、鳥羽先輩に似ているところがあるのね」


「どういう意味なのでしょうか?」


月島は花江が苦手としている人参をヒョイっと箸でつまみ上げ、彼女の口に無理やり運ぶ。

拒否をすることは許されず、花江は渋々口を開け、人参を頬張った。


「それは自分で考えなさい」


「うー…」


花江が涙目になっているのが楽しいのか、月島はニコニコと笑っていた。


「そうね…折角、手に入れた接点ですもの。私は足掻いてみせますわ。可能性が続く限り…追い続ける価値はありますよね、鳥羽先輩」

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