第冬章 月鳥④
月島の本音はまだ続く。
「それが本来の人間ですから。あなたは神様でもなんでもない、一人の人間ですから…自分に一番優しく、ぬるま湯に浸かる日々にお別れをお告げください」
「俺は普通だよ」
「あなたは普通だけど、普通じゃない…なんて思っているのでしょう?」
「………いや、俺は…」
相手のペースに飲み込まれそうになる。
月島に反論しようと、脳がフル回転を始める…だが、同時に冷静さを取り戻す。
鳥羽はクールダウンしようと、ふっと小さく息を吐き出した。
「月島のお嬢様が、ここまで食ってかかるとは思わなかった。意外と暴飲暴食気味だな」
「あら、意外ですね。会話の終着点が見つからず、逃げる方だとは思いませんでした」
「俺はそう言う人間だ。呆れるなら呆れて、嫌うなら嫌ってくれ」
どうぞ、お好きに、と鳥羽は降参のポーズをする。
「…見苦しい私はお嫌いですか?」
効果はあったらしい。
これ以上踏み込めないと判断した月島は、ぐっと想いを飲み込んだ。
「人間味があっていいんじゃないか。否定はしないよ。俺は受け入れる」
「どこまでいっても、あなたは第三者でいようとするのですね」
「ああ、俺は主人公になるのが嫌いでね。人生の主役は自分でないことくらい重々承知している」
「あなたは…元・生徒会長で校内テストも常に一位。主人公になりえる要素は兼ねそろえていると思いますが」
「それらは僕の得意分野の延長線だ。おまけだと思ってくれていい」
「まるで食玩ですね」
メインであるお菓子はおもちゃのおまけ。
ラムネは一瞬で口の中で溶ける。
「面白いことを言うね。主人公というのは、面白みのあるやつに与えられる称号だ。例えば、ほら、君の親友の花江…とか」
「未来ちゃん…。理由は?」
「俺より長いこと一緒に過ごしているっていうのに、なにも知らないんだな。あれは見ているだけで面白いだろう。言葉使い、目線、表に出ない感情、存在感。全てにおいて作品になりえる。俺はそれを撮りたいんだ」
「………」
「名画の数々に目を通してきたというのに、意外と見る目がないんだな。まあ、だから…ふふ、俺なんかの相手をしようとしているのかもな」
「………それは、あなたが…未来ちゃんに対して、特別な感情を持ち合わせているから、じゃないですか?色眼鏡で見ても正しい情報は得られませんよ」
「ははっ。お前も風間も、俺のことをすぐ勘繰ってくる。俺も花江もお互いを意識したことなんてないよ」
「どうですかね?」
「嫉妬したか?」
「ええ、とても。先輩に認められるほどの何かを持っている未来ちゃんが羨ましいわ」
「友情崩壊か?」
「この程度で崩壊する友情なんて、悲しいだけです」
「懐が広いんだな」
「ええ、魅力の一つです。どうですか?私は未来ちゃんのような主人公の要素がありましたか?」
「ははっ。どうだか?」
「…やはりあなたは第三者でいようとするには惜しい存在ですわね」
冷たい風が横を通り過ぎる。
赤い口紅の間からもれる、白い吐息。
そろそろ外で話すのも辛くなる頃合いだ。
「引きずりおろす価値がありそうですこと」
橋から離れようとした鳥羽は、月島と同じ目線に立ち、
「やってみろよ、宵」
と宣誓布告をした。
「ふふ…ようやく私を認識してくださったのですね?嬉しいですわ」
会話を終えていい頃合いだ。
天気の流れも悪い。
「………じゃあ、俺はそろそろ行くよ。この見合いにも、会話にもメリットを感じない。時間の無駄だ」
「これから、どうします?」
「先輩命令が使えるのであれば、破断させてくれ」
「この場だけ、月島の名を利用いたします。お断りです」
あれほど『月島』の名を嫌っていたが、彼女はコロリと掌を返す。
「俺を浪人生にでもする気か?ピリピリしている時期に面倒事はやめてくれ。心底嫌気がする」
「失礼しました…親が申し出てきたもので…私も断りきれず」
「の割に、楽しそうな顔をしているじゃないか?しおらしくするのは演技か?」
「好意を寄せている殿方と、長話ができたのですから、心が弾みますわ」
「それは良かったな。…花江の存在に感謝しろ。会釈くらいはする…が、金輪際、俺に連絡をしてくれるなよ」
「…あら…」
それだけ言うと、鳥羽は月島を外に残し、見合いの場から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます