第冬章 月鳥③

寒空の下、両家の親に「それでは後は若者たちで…」などと言うテンプレを残されて、置いてかれた。

おいおい、外に出るのは寒いだろう。

クレームを入れたい気分だった。

しかし、月島のお嬢様は満更でもない顔。

男の自分が根をあげるわけには行かないと、鳥羽は重い腰を椅子から離した。


とある立派なホテルの敷地にある…池の見える和風の庭。

もちろん、貸し切りだ。

鳥羽はスーツ姿で慣れないネクタイまで締めてきた。

一方の月島は夏に見た浴衣とは比べものにならないほどの豪華な着物姿で到着。

彼女は朗らかな笑みを絶やすことなく、鳥羽の三歩後ろをついていく。

大和撫子とは彼女のためにある言葉だろう。

池の真ん中には橋がかけられていた。

その橋の真ん中に止まると、鳥羽は


「悪かったね。戦略結婚という場に君を呼んでしまって」


と、月島が話を進める前に、話の主導権を握る。

無意味な会話とはおさらばだ。


「俺はてっきりうちの親が頭を下げたのかと思っていたが、会話をしていく内に段々と違和感を覚えて…問い詰めた結果、このお見合いは月島家からの提案だったみたいだね。子供の年齢が近しいから、両家とも騒ぎ立てたってところが始まりかな?一応、建前上は俺の家からの申込ってことだから、できればそっちから断ってくれると助かる」


最後まで、自分に気持ちがないことを示しながら、相手に非のないように気を使う。

月島さえ断れば、この見合いは終わる。

そして、おままごとのような戦略結婚を華麗に拒否することができる。


「立派な舞台をセッティングしてくれたから…そうだな、小一時間くらい話してお開きとするか。その後、僕の態度が気に食わなかったなり、会話が面白くないなりのつまらない理由で断れば良い。君はなにも悪くない…じゃあ、そう言うことで、室内に戻って暇を潰そうじゃないか」


鳥羽は背後に座る月島を見ぬまま、歩き始めようとする。

さて帰ったら何をしようか。

昨日解き切らなかった6問目に着手しようか、と鳥羽は上の空だ。


「いいえ」


月島は一呼吸置いた後、にっこりと笑いながら、鳥羽の提案を否定した。


「ん?」


聞き間違えたのか。

鳥羽は再度月島に「正気か?」と聞く。

しかし、彼女は「正気です」とゆっくりと頷いた。


「外が好きなのか?驚いた。外は寒いぞ?」


首元に狂気の冬風が突き刺さる。


「そう言うことではありません………。このお見合いは、これからも続けさせていただきます、という話です」


「驚いた。月島のお嬢様がまさか俺みたいな人間を受け入れるとは…」


「月島のお嬢様だからこそ、ですよ。あなた程度の人間を断るなんて、月島の名前が汚れますわ」


「おっと、口先も恐ろしいね。お嬢様っていうのは皆んな裏の顔をお持ちなのかな?」


「それは知る由もありません…が、私はこの戦略に乗るつもりです」


「泥船に乗るなんて呆れた。…俺はお断りだね。俺は観ている側の人間になりたい」


「世間がそれを拒みますわ。あなたは傍観者ではいられません。私が引きずり下ろしてあげますわ」


女というのはおそろしいものだ、と感じながらも鳥羽はポーカーフェイスを気取る。


「君は…どこからどう見ても、月島家の長女だよ。自信を持ちな。俺以外にも男は腐る程いる。目の前の餌に飛びつくほど低い知能を持っているわけでもないだろう。俺のような下級な人間と結婚し、姓が『月島』から『鳥羽』に変わる。月島家にとって、歴史に残る悪手だ。やめておいた方がいい。これは忠告だ」


「存じておりますわ。自分があなたのお家より高貴だということは…」


「これは親同士の遊びだ。君はそんなゲームに乗る必要はないよ」


「もちろん、それもわかっております」


「じゃあ、この見合いは破綻だ。俺の家なんかよりももっと富豪な人間と結婚し、安定した家庭を築いた方が、君の家にはお似合いだよ。月島家には、月島家らしい、それ相応の相手と見合いをすべきだ。俺では荷が重すぎる」


「さっきから…『月島家』『月島家』と…一体、あなたはどなたとお話ししているのですか?」


ピリッとした雰囲気を醸し出しながら、鳥羽を睨むように見つめる。鳥羽は彼女の豹変に驚き、ぴたっと息を止める。


「私は、月島家の人間でありながらも…『月島 宵』という一人の人間です」


鶴の一声のように凛と響く声だった。

どこまでも透き通っていて、鈴の音のようにはっきりとした輪郭をしていた。


「あなたは月島家を思っての発言をしていると思いますが…私という立場を見てお話しをなさっておりませんね?」


「……君を見て俺がどう思えばいい?」


「魅力を感じて欲しいですね」


「君のことは嫌ってはいないよ。俺のお気に入りの親友だ」


「未来ちゃんは『お気に入り』。では、私は?嫌っていないのでしたら、それ以上の感情はおありでしょう?」


「残念ながら…俺は人に魅力は感じても、それ以上の感情は抱かない。それが俺の距離感だ。…っと、少し熱くなったね。こんなことを話すために、受験生を呼び止めたのか?大分、自己中心的でドSなことをするじゃないか。俺も忙しい身だ、そろそろ…」


「あなたは、怖いのですね?」


花江と話す時や、他の友人と話す時は、ここまで踏み込んでくる人間はいない。

月島のように自ら望んで鳥羽のテリトリーに侵入してくるのは初めての経験だった。

悪意は感じないが、月島は前のめりに鳥羽の心を乱していった。


「一人に対して執着することを恐れていらっしゃる。その人に愛想をつかされること、その人に嫌われること、その人に無関心にされること…。『お気に入り』と言っておきながら、側に置いておきたいと思っている存在。でも、その子は自分に特別な感情を抱いていない…そして、これからも…。あなたは、拒絶されることを恐れている。だから、初めから興味を抱かないようにして、距離をとっていらっしゃる。そうすれば、自分も相手も傷つくことはありません」


言いたいことを一気にぶちまけた月島は、すっきりした表情をしたまま最後の言葉を鳥羽に投げかける。

それは、核心であり、真実であった。


「それが、あなたにとって居心地の良い居場所だから」


雪雲が空を覆うほど広がっているというのに、月島の瞳はどこまでも晴れ渡っていた。


「自分は違うなんて考えないで欲しいですわ。あなたも巻き込まれで欲しいの。偉いとか、貧乏とか、良い人だとか悪い人だとか、全部、全部。人間の本性と関係に悩まされて、小さいことに気にしたり、苦しくなったりして欲しいのです」


まさか月島宵という人間の裏に、こんな感情が隠されているとは思わなかった。

第三者として、月島を、風間を…そして、花江を見てきていたつもりだが、実際は何も見ておらず、触り程度のことしか知らなかったのかもしれない。

人間は恐ろしい、と同時に、鳥羽は人間に深く関心をした。

まるで他人事のように…。

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