第冬章 月鳥①
鵬
太陽を隠してしまうくらい大きな鳥
すぐれた者や雄飛のたとえにする
「賢、話がある」
雲は黒々しく、どんよりとしていた。
太陽の隙間を通さないほど、空が雲で覆いかぶさっているのだ。
雪が降る前ぶれだろう。外は一斉に静まる。
人が歩いているというのに、話し声も笑い声もなぜかとても虚しくなる。
この世に、一人取り残されたような…そんな冬休みのとある1日。
冬休みになると、文化部は休部になる。
暖房もない学校の中で作業をするのが大変になるというのが理由の一つ。
わざわざ石油をストーブに入れるために、教師を登校させるわけにもいかない。
それに活発に祭典があるわけでもない。
生徒と教師の利害が一致。
学校からの要望プラス部員からの要望で、冬の期間になると文化部は消える。
他の受験を控える3年生は夏が終わった時点でとっくに部活から退いている。
しかし、これと言って明確な活動目的を持ち合わせていない文化部は、自分が辞めると言うまで自由気ままに続けることができる。
幽霊部員も多いのだ。
先生も無理に辞めさせようとしてこない。
ゆる〜く真面目に、それが文化部の信条だ。
休止
こんなことをしていては、他の受験生に羨ましがられることだろう。
受験勉強に飽きて暇を持て余した鳥羽は、自室に篭りカメラのピントをどこかに合わせては別のものを写していた。
「うん、暇だ…」
机の上には赤本が一冊。
難しい図形を解き終わった後のようで、ノートはたくさんの文字で埋め尽くされていた。
鳥羽はカメラのピントを一つ一つ丁寧に合わせる。
部屋の隅、窓、外の風景、そして足音が近づく入口のドア。
「賢、話がある」
「なに?勉強ならちゃんとしているよ。今は休憩中」
厳格な声が聞こえてくる。
これは鳥羽の父。
どこかよそよそしく、家族らしい絆で結ばれていないようにも見える。
父はドアをノックして、部屋の中に入ってくる。
「お前の勉強に関しては、心配していない。お前のことだ。難なく志望する大学に受かるだろう」
「まあ、ね。でも、俺が受ける大学…父さんは知らないでしょ?」
「知らん。金は出すが、お前の人生はお前が決めるんだ。俺がとやかく言ってもしょうがあるまい」
「父さんには迷惑かけないようにするよ」
「迷惑をかけるのが子供の仕事だ。受かったら言いなさい」
「………そうするよ。海外とかでも文句は言わない?」
「机の上に赤本がある時点で国内だろ」
「カモフラージュかもよ。4月1日に発表する予定さ」
「嘘か真実か分からないジョークを言うな」
家族というのに、どこか他人知らずでお互いを干渉しない、そんな距離感だった。
「こんな話をしにきたのではない。本題を話そう」
「ああ、そんなことだろうと思ったよ」
鳥羽は姿勢を正し、父親にきちんと向き合う。
「この封筒をお前にやる。見てみろ」
「なに、これ?」
鳥羽は不審に思いながら、封筒を破く。
分厚い封筒の理由は、写真台紙のせいだったようだ。
茶色で仕上げられた上品な色合いをもつ高級そうな写真台紙。
この時点で、鳥羽は嫌な予感を薄々と感じていたが、父親の圧力に屈してしまう。
ゆっくりと中を開くと、案の定、どこかで見かけたことのある女性の写真が目に飛び込んできた。
鳥羽は息を吸い込み、聞こえないくらいの小さなため息を吐いた。
「お見合い写真だ」
「見れば分かる」
「昔からの付き合いがある先方からの願いで、私も断れなかった」
「断る気ありましたか?」
「なぜ敬語になった…。いや、断る気はなかった」
「だろうね。大学入試を控える我が子に酷い仕打ちをするもんだと思ったよ。…この子…俺の高校にいる人間じゃないか」
「さすがは生徒会長になった男だ。生徒全員の顔を把握しているということか」
「マンモス校じゃないんだ。大体の顔は把握できる。しかも、この子の場合、特別だ」
「!?…そ、そうか…。中々の好印象と受け止め…」
「なわけないだろ。この子は、俺のお気に入りの親友だ。それ以上の感情もそれ以下の感情も持ち合わせていない」
鳥羽は父親に有無を言わせない表情で、ビシリと言葉を吐き出した。
「すごんでいるところ、悪いが…この見合いは断れん」
「分かっているよ。『月島』のお嬢様のお願いとなれば、断ることなんて出来ない」
「お前のことだから、先に言っておくが…」
「戦略結婚させようとしてる?」
父親は頭を抱えながら、「ああ」と頷いた。
鳥羽はわざとらしく大きなため息をつく。
「最初から俺に拒否権を与えないね。いいよ、父さんの顔を立てることにするよ」
「先方にはそう伝えておく」
父親の威厳からか、息子に対し感謝の意を見せさず、鳥羽の父親はさっさと部屋から出て行ってしまう。
しかし、鳥羽自身もその姿を見送ることもなく、先ほどと同じようにまたカメラのレンズから何かを写すのだった。
特に意味もない、見飽きた外の風景。
今日の外は曇り空。
ひんやりと冷たく、窓は少々曇っていた。
鳥羽のカメラは、カシャリと音を立てた。
「俺は…見ている側の人間だ」
と、自分に言い聞かせながら、ひたすら寒々しい静かな空を撮る。
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