第秋章 風月⑨

銀杏の葉が落ち始める季節。

これからより一層木々は葉を落としていくのだろう。

冬への下準備だ。

全ての授業を終えた花江と月島は帰りの仕度をしていた。

すると、忘れかけていた例の写真がするりと教室の床に滑り落ちる。


「………お焚き上げって近くでやってるところありましたっけ?」


「そうね…」


外でくるくると回る銀杏の葉と写真を見つめながら、花江は深いため息をつく。

歴史に残りたくもないくだらない歴史だ。

自分を気にかけてくれている鳥羽が、一瞬でも自分に興味を持ってくれていたのではないか。

『お気に入り』と呼ばれ、いつしか恋人になるのか、と期待をしていた時だ。

あれから花江は人の好意を安易に信用しなくなった。


「記念だからとっておくってことは…」


「しません」


あの日は珍しく取り乱し、月島に泣きついたほどだ。

ぼーっとすると、涙が溢れてきて止まらなかった。

なんとか平然を装うとも、目頭が急に熱くなる。

自惚れ、羞恥心、喪失感、失望感…ありとあらゆる感情の波が一度に訪れた。


「宵、これはわたしにとっての黒歴史です。さっさと処分しましょう。けど、自分が写っているので、自分で捨てるのは気が引けます。なので位の高い方に抹消してもらいましょう。できればデータごと」


「侵入経路を確保しないとね…」


「そのためのスパイですよ。Mr. 風間がいるじゃないですか」


「秀ちゃんはいつの間にスパイに…」


「呼んだ?!」


どこからともなく現れる風間に二人は肩をびくりとさせる。


「ワンちゃんは呼べば必ず来るんですね。グッボーイ」


「俺は犬じゃないの!たまたま廊下を通ったら先輩の声と俺の名前が聞こえたから顔を出しただけ」


「秀ちゃん、ここは2年の廊下よ。1年生が何も考えずに歩いたら目をつけられちゃうわ」


「え!?この高校にそういうルールあんの?!」


「きみは何ヶ月この学校に通ってるんですか…空気で読みましょうよ」


「でもここからの方が準備室近いからー。許してー。見過ごしてー」


「許します。見過ごします。その代わりわたしの言う事を聞いてください」


「俺、先輩の言葉なら脅迫なしでもなんでも聞きますよ!」


「今から一瞬だけ見せる写真をよーく覚えてくださいね」


「はい!」


わずか0.5秒。

花江は素早い動作で写真をひっくり返し、風間に見せる。そして、すぐにノートとノートの間に戻した。


「早すぎてわかんないですよ!一瞬すぎて未来先輩と銀杏の木しか確認できなかったです!」


「さすが元・運動部。動体視力が半端ない…」


「それだけ見えれば十分ね。秀ちゃん、その写真を鳥羽先輩のフォルダーから探してきて抹消して欲しいの。それが未来ちゃんのお願いよ」


「あー…まあ、わかった。それなら全然良いけど…」


「意外な反応ね。いつもの秀ちゃんなら未来ちゃんの写真を全てコピーしてお気に入りフォルダーに入れてるはずなのに」


「なんで知ってるの?!こわっ!!」


「秀ちゃんの思考・行動なんて手にとるようにわかるわ」


「すいません、わたしは知らない事実だったので、訴えていいですか?」


「先輩、やめてください!半分未遂なものもあるんで!!」


「そのフォルダーも消してくださいね」


「そんなーーー!!」


突然の月島からの暴露に慌てふためく風間。花江はそんな風間の行動に背筋を凍らせる。

頃合いを見て月島は「こほん」と咳払いをし、先程の質問に戻す。


「それで…理由は何かしら?」


「未来先輩のことなら何でも言うこと聞くんですけど、うーん…なんていうか、あれは未来先輩じゃないですよ」


「…?…日本語喋ってます?」


「だって、あの写真の未来先輩…ロボットみたいに感情がないんですもの。違和感なほどに風景すぎます。先輩は風景の中に溶け込むことで味が出ますけど、やっぱり先輩の個性というスパイスが混じることで作品になるんですよ」


「被写体に感情を求めるとは…鳥羽先輩と真逆な事を言うんですね…」


「要は俺が何を言いたいかって言うと、今の先輩が好きなんです。見えにくいけど、ちゃーんと喜怒哀楽のある先輩。

気づいてますか?鳥羽先輩が写す未来先輩の絶頂期は去年の夏なんですよ。それ以降は何を撮ってもパッとしない。全部無理してる感じなんです。

…でも鳥羽先輩が撮る写真は絶対に賞を獲ってくるんで、俺と審査員の基準は一緒ではないみたいなんだよね。だからあんま参考にならないかも」


「秀ちゃん、すごいわね。洞察力が凄まじいわ」


月島は風間の言葉を高く評価した。

あの写真以降、無表情で無感情の花江の顔から一層笑顔が消えた。

月島と一緒にいてもどこか上の空状態。話しかけても愛想の良い返事はなかった。

ほんのりとした人間味が消え失せた。

少しずつ、少しずつ…戻るには時間が必要だった。

冬の間は体調と感情を整えた。月島とも会話のキャッチボールが生まれた。泣かなくなった。

春になると鳥羽と普通に会話することが可能になる。0に戻った。

そして訪れる花風。

花江は風間と出会った。


「すごかないよ、姉ちゃん。だって、未来先輩を無理して作らなくても、先輩は未来先輩なんです。俺はそんな先輩を撮っていきたいです」


花江の真ん中を風が吹き抜けた気がした。

おかしな感情に花江はポカンとなり、不整脈のように鳴った心臓に触れる。


「…風間くんは…すごいですね…」


「褒められました?俺?!え、それとも逆の意味!!??貶されてる?」


と思ったが気のせいだったらしい。


「………どっちもです………」


「えー!!じゃあ、割合を教えてよー。9:1?6:4??」


「じゃあ、9.5:0.5で」


「どっちが!?どっちが!!」


「食い気味すぎです…。10:0にしますよ」


「その言い方だと、褒めが0.5じゃん!!」


「本当に残念な子ね。秀ちゃんは…」


やんややんやと終わらない口論に月島はため息をつく。


「さあ、秀ちゃん。依頼はしたからね。さあ、ミッションスタート!頑張ってきてね」


月島は時計をチラリと確認する。

そろそろ部活に行かないといけない時間だ。

次期・部長候補として練習に遅れるわけには行かない。

騒ぐ風間の背中を押して、「がんばれ」とエールを送りながら見送った。



後日・・・

写真は無事データを抹消できた旨の連絡が風間からあったとさ。

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