第秋章 風月⑦
ちょうど同じくらいの時期だったか。
花江と月島は1年。鳥羽が2年。風間が入学に向け、必死に勉強している時・・・
「先輩、今年の文化祭に出す絵画について相談があるのですけど」
「お前の絵に対して相談も何もあったものか。何を出しても同じだろ。ああ、けど、夏まつりに出した絵は良かったよ。あれは見事なものだ。次は200号なんかで描くのも魅力的で楽しいと思うぞ」
「…確かにわたしは先輩と違って数えるほどの絵しか描いてませんけど…出し物でもっと多く必要だと言うなら、何枚か描きます」
「急いで描いた絵なんかに魅力を感じるわけあるか。ましてや…」
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
花江はカチカチとパソコンをいじる鳥羽の横で置物のようにじっとしていた。
真剣な表情でモニターに映る写真を見つめる鳥羽。
何枚も何枚も同じ絵を見つめながら、頭を悩ませているようだった。
花江にはその違いが分からない。
「暇か?」
「暇ですね」
「学校にいるのにな」
「は?」
「昔の貴族たちは時間を持て余していたらしいぞ。その時間で何をするか…?彼らは余暇で学問に勤しんだそうだ」
「ブルジョアの悩みですか」
「スコレー…スクール…日本では学校と呼ばれるようになった」
「一部の人間はブチギレそうですね。ブルジョアたちのお遊びのせいで、学校なんてものに行かないといけなくなったなんて…」
「制度を作ったのは政府だ。良いものと思ったんだろう。俺は学校賛成派だ。何をするにしても勉強ができなきゃ幅が広げられない。価値観も、夢も、未来も…。知っていれば比較できるし、知らなければ選択肢がなくなる」
「最低限の教養と常識は大事ですよね。それは賛同します。ですが…わたしは常々、学校で習ったことが世に出た際に使えるのか疑問に思っていますよ。いや、わたしだけじゃなく、世界の子供たちの半分以上は同じ考えのはず…。難しい数学も、国語も、自分がサラリーマンになった時、いつ使えるのでしょうか?」
「使えるものなんてないに等しい。だが言っただろ?学校は選択肢を広げるためだ」
「興味があるものだけ知りたいんですけど」
「そう思うならこの高校じゃなく高専に行け。専門的に学びたいのだろう?」
「程度が高くて…」
「そういうことだ。知能が低ければ選ぶ権利も与えられない」
一理あるかもしれない、と花江は思った。
いつか役立つか分からない勉学も続ければ自分の夢につながる可能性だってある。
可能性があるならば可能性を十分に広げていく。
視野を広く持つことで、見える事実もあるかもしれない。
ブルジョアに巻き込まれた被害者だと思っていたが、彼らは意外にも未来の子供たちに夢を持つ権利を与えてくれたのかもしれない。
「俺たちは大人になったように見えてもまだまだ子供だ。いつか後ろを振り向いた時、大人だと思っていた自分がガキに思える。その時、後悔するんだよ。なんであの時必死に勉強してこなかったんだろう…とな。勉強していれば、あの有名企業に入れたかもしれない、なんてな」
「そうですね…」
「さて、ここでもう一度、お前に問おう。暇か?」
「………暇じゃないです…」
「俺らガキには暇なんて一個もないのかもな」
鳥羽はすっくと立ち上がる。
「気分転換に外でも行こうか。秋っぽい写真でも撮ろうじゃないか」
「わたしも…ですか?」
「当たり前だ。被写体は必要だろう」
「出演料いただきたいですね」
「飲み物ぐらい奢るさ」
「安い…」
鳥羽は写真部の部屋のドアをガラガラと横に開ける。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋にいたせいで、眩しい夕日が目に染みる。
「高校生の出費に期待するな。たかが知れてる」
「お小遣いもらってるんですか?」
「俺の家は裕福だが、気難しい部分が多い。制限が課せられている」
「パケホじゃないんですね。じゃあ、収入はどちらから?」
「交渉だ。メリット・デメリットを提示して、親が必要と判断したらもらえる仕組みになっている」
「堅実的…」
鳥羽が向かうのは黄金に輝く銀杏の木だ。
花江たちの通う高校のすぐ裏にある公園にちょうどいいスポットがある。
土日の野外撮影で使用したばかりだった。おそらく良い写真が見当たらなかったのだろう。
撮り直し、だ。
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