第秋章 風月⑥

「未来ちゃん、おはよう」


「おはようございます、宵」


チャイムが鳴るギリギリの時刻。

花江は少し息を切らせながら、自席につく。

と、同時に担任が入ってきて朝のホームルームが始まった。


「今日もセーフだったわね」


席替えもしても二人の距離は離れず、月島と花江は前後になる。

教室の左後ろの方。

ドアの近くだった。


「すいません。ちょっと夜遅くまで小説を読みすぎてしまいました」


「なるほど…だから寝癖が…」


「本当ですか…?」


月島は花江の髪をするりと触った。

ここに風間がいたら大きな声で「ずるい!俺も触りたい!」と喚くことだろう。


「秀ちゃんは知らないみたいなの。私たちが朝は一緒に登校しないこと。今日もいつ未来ちゃんが来るんだろうって、話半分でチラチラと気にしてたわよ」


「気のせいじゃないですか。彼にそんな感情、ないでしょう」


「親を探す子犬のようだったわ」


「じゃあ、今度はステイを教えてあげてください」


「ふふ、考えておくわ」


そんなことを小声で話している間にホームルームは終わってしまう。

学年の中で優秀な二人だが、真面目ではない方だ。


「勉強会はいつにするの?」


「まあ…そのうち…期末テストの前くらいでいいと思ってます」


「あら、意外と楽観的なのね。秀ちゃんの頭の容量を考えたら、もう少し前から始めた方がいいと思うわよ」


「わたしは彼の頭の良さを知りませんので。そこまでお粗末だとは思ってなかったです」


「言い方…」


「第一、勉強と言うのは常日頃から身につけるものじゃないんですか?今日、学校で習ったことの予習とか、時間があれば復習とか…」


「1日1日を精一杯生きている人たちもいるから、未来ちゃんみたいな考えを持つ子の方が少なくてよ。それに…折角の学生生活を勉強一色で終わらせちゃうのも…悲しいとは思わない?秀ちゃんは後者よ。彼は勉強より友人を取るの」


「………親しい友人が何人もいて羨ましい限りです」


花江は少しぶすっとさせる。

嫉妬という醜い感情を表に出すのは珍しい、と月島は思った。


「そういえば…宵の部活では何か出すのですか?」


「文化祭の話?」


「ええ、そうです」


「流れは去年と一緒よ。曲のレパートリーを増やしつつ、特別ゲスト(先生)に交渉しつつ、コンクールで演奏した曲の仕上がりをより良くしている最中よ」


「なるほど…。吹奏楽部はやはり武器があっていいですね…」


「文化部は何か出し物をするの?」


「ええ…一応…。クラスの出し物に出たいところでしたが、文化部の出し物の整理整頓でわたしはそっちに行かないといけなくて…。入場数だって毎回少ないってのに、適当にやらせてもらえないんです」


「未来ちゃんは何を出す予定なの?」


「この前直してもらった例の絵画と…春に描いた絵を何枚か…ですね。わたしの方は楽なので、すぐに終わりました。だから、写真部の方に駆り出されているんです…」


「あらら…」


「冬の大掃除と文化祭をごっちゃにしているんです。あの男…。一人じゃ全部無理だからって、関係のないわたしまで巻き込んで」


意味もなくバシャバシャと撮った写真が大量にあるのだろう。

風間はともかく鳥羽ならば常にフォルダーの中身をきれいにしている…と思いきや、実際はそのままになっているらしく、本人曰く「それも作品になるかもしれない」とのこと。

捨てられない人間にありがちなセリフを並べてくるらしい。

愚痴の最後に、花江は一枚の写真を月島に渡す。


「この写真はいりませんよね?って言っても、なかなか頷いてくれなくって」


「それで…これは…」


「思わず持ってきてしまいました。わたしの人生の唯一の汚点。忘れたくても忘れられない一枚です。どうせ本人は覚えていないので、こっそり持ってきてしまいました。できれば燃やして埋葬したいです」


「私にとってはきっかけの一枚」


「え?」


「ううん。なんでもないわ。そんなことより、今日の小テストについてなんだけど…」


月島の手から離れた一枚の写真には、黄色に染まる銀杏の木の下で、カメラの先を見つめる花江の姿があった。

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