第秋章 風月⑤


「っていう約束を作ったくらいだもん。普通、嫌っている人と勉強会なんてしてくれないし!」


「あら…それは良かったわね。ただ…その勉強会、私も誘われているわよ?」


「え!?嘘!!??なんで?!結局!?」


「風間くんと二人で勉強会は骨が折れそうなので、一緒にどうですか?って言われたの。もちろん、お邪魔するけれど」


「えー、二人っきりじゃないのー?!そこは俺に譲ってよ!」


「だって…秀ちゃんだけだと…その」


「ん?なに?」


おっと、これは言ってはいけない約束だったと、月島は口を隠す。

「緊張するから…」とポツリと口にした花江の言葉を忘れてはいない。

そして、その後、彼女は慌てて、「こんなこと、風間くんに絶対に言わないでくださいね。先輩が後輩にたじろぐなんてあってはならないことなので」と念を押された。


「なに?なんて言ったの?」


「ふふ…ううん。なんでもないの。思い出し笑いよ」


「俺が傷つくこと?喜ぶこと?」


「食い下がるじゃない…プライバシーに関わることなので、お断りするわ」


「未来先輩のプライバシーはそのうち俺のプライバシーに関わることなんで、ぜひお聞かせ願いたい!!」


「あらあら…」


粘り強い風間を引き剥がそうと、月島は思わぬ話を始める。


「秀ちゃんのことね…。そういえばこんなこともあったなって思って…」


これは数日前の出来事だ。

月島と花江が昼休みにトイレに向かう廊下の途中。

窓の外から元気な掛け声が聞こえてきて、月島がちらりと校庭を見た後に始めた会話だ。


「最近、秀ちゃんとどう?この前、教室の前を通った時、声をかけてもらってたし。距離も近くなってきたわね!」


「そうですね」


「『そうですね』で終わり…なの?喜ぶとか…は」


「「風間くーん!!」」


複数名の女子の歓声が聞こえる。

花江は彼の名前にピクリと反応し、一瞬、窓の外に視線をむける。

校庭では風間が何人かの同級生たちとサッカーをしるようだった。

何人もの彼のファンが集まり、彼がパスを受け取る瞬間に「きゃー」と黄色い声があがる。

花江は月島の自分への視線が気になり、すぐに逆の方向へ視線をそらす。


「なんですか?」


「なにも…。嬉しくないのかな?って思っただけよ。あんなにたくさんの女の子から未来ちゃんだけ特別扱いみたいになってるから」


「あるわけないじゃないですか。特別扱いなら宵のことです。彼にとってわたしは、道路の脇に咲いてる名前の知らない花と一緒です。見かけたら、「あ、なんだっけ。この花?」って呟くのと同等ですよ」


その後、花江は「それに…」と付け足す。


「わたしとあの女の子たちを一緒にしないでください。わたしは彼に対してあんな風に熱中するような感情は抱いていません。強いていうなら、彼は…犬、ですよ」


「意外と辛辣な言葉を言うじゃない…。犬って…ま、まあ…懐いているってことかしら?」


「良くないですよ。犬だったら可愛くて嬉しいのですが…あんな大男に嬉しいなんて感情出てくるわけがないです。元気よく尻尾振ってわたしの周りを走り回ってますよ。今では結構馴染んできてますが、良く美術室に来てはお片付けを手伝ってくれてます」


「それだけの理由のために、わざわざ美術部に入り浸ったりするかしら?」


「好きなんじゃないですか?お片付け、が」


と言った後、花江は会話の方向を180度変え、滅多に動くことのない舌を元気に活動させる。


「それよか、わたしの絵がようやく治ったみたいです。ほら、あの夏まつりで破れちゃった…わたしはどうでも良かったんですけどね、鳥羽先輩が修復してみせるって躍起になっちゃって。無事、来週届くみたいです。あんなでかい絵をどこに置いたらいいんですかね?あの人、迷惑って言葉の意味、知ってると思いますか?」


あっさり塩味。


月島は会話の方向を変えようと、必死に思い出した記憶をそのまま伝えた。

こうすれば、風間はショックでしばらく立ち直れないし、面倒な問答に対処できる。


「っていうことがあったのよ?」


月島の言葉を聞いた後、案の定、予想通り、風間はショックを受けたような顔をしていた。


「うそ!?俺は意識の『い』の字も始まってないの?」


「残念ながら…。昔飼ってた犬によく似ているって笑いながら話していたわよ」


「ってか、俺への感想短すぎ!後半の方が長くない?」


「絵が戻ってくるんですって」


「それは、俺がもらう!!絶対もらう!はいつくばってももらう!」


「話しておくわ」


「ぜひ!!」


まあ、当事者はそこまで風間のことを嫌ってはいないのだろう。

月島はふふふと笑いながら、校舎に入っていく。

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