第秋章 風月④

風間は自分が花江に嫌われていないと強い自信を持っている。

この会話は、風間の自信を確定づける出来事の一つだ。


「先輩、テスト勉強とかってどうしてます?」


「……普通に暗記してるだけです」


「暗記?暗記だけでどうにかなるの?」


「大抵の授業は暗記でいけますよ。コツを教えましょうか?ルーズリーフを用意して、答えを片方に書いて、もう片方に答えに繋がるような単語を記載しておくんです。そして、ルーズリーフを半分に折って、単語に対する答えをひたすら記憶する。これがわたしの勉強法です。風間くんはどうしてますか?」


勉強は花江のアイデンティティーの一つ。

しかし、上には上がいる。

口を大にして誇れるほどではないが、だが少なくとも頭の良い部類の人間と自負していた。


「もしかして…」


無言の風間をじっとりと見つめる。


「いえ!ちゃんと赤点は免れましたよ。この高校に受かってる時点で、まあまあっしょ!?ただ…まあ…そうですね。ギリギリでした」


風間はたははと笑いながら、困ったように髪をかく。


「やっぱり。文化部は他の部活と違って比較的疲れないし、楽な部活なんですから、もうちょっと点数を取らないといけませんよ」


「分かってるんですけどね。言い訳じゃないんすけど、中学時代はサッカー部だったんで、起きてる時間のほとんどはスポーツで…。だから、ちゃんと勉強したことがなくって…。勉強ってのを知ったのも、高校受験でした。それまではずーっと、試験日前に急だすタイプの人間で」


「で、そのまま進学してしまった、というところですか」


「情けない話ですけれど…否定はしません」


風間は肩をがっくりと落とす。

サッカー小僧だった風間は、好き好んで勉強をしてきた人間ではない。

だからと言って、目立った点数を取る人間でもないので、効率良く…また運良く、勉強した範囲がテストに出るという男だった。


「先輩は…」


「わたしの場合、勉強というのは暗記だと思っています。覚えることをさっさと覚えて、容量良くを覚えていくんです。その点でしたら、風間くんと似ているのかもしれません。そして、テストとは自分の記憶力との戦いだと思います」


「頭脳明晰の言うことは違いますね」


「国語の成績は良いようですが…」


「たまたま知っていた単語です。褒められるような言葉でもないっす」


の割に、ドヤ顔をする風間。


「きみは暗記力がいい方ですか?」


「飲み込みは早い方だと思いますよ。赤ちゃんみたいに知識をバンバン吸い込んでいくんで」


「まるでスポンジですね。なにも知らないから、逆に入りやすいってところですか」


「はい、そうです!」


「そんなこと得意満面に言わないでくださいよ」


そして、ここからが本題だ。

自分と花江の距離を縮めるための第一歩。

風間は不自然な態度にならないように、スマートにお願いをする。


「だから〜…今度、教えて下さい」


「唐突ですね。なるほど、先ほどの会話はそこに繋がるということですか」


「お願いしますよー」


「そんなの宵に教わればいいじゃないですか。彼女の方が頭が良いですし、お隣だから距離も近いじゃないですか」


月島は学年一位だ。

彼女の手にかかれば、おそらく風間は優秀になれる。

現に高校受験の際は大変お世話になった。

が、しかし。それでは意味がない、と風間は食い下がらない。


「姉ちゃん…頭は良いけど、なに言っているのか分かんないんですよ」


月島の教え方は実際うまい。

非のうちようがないくらい。

大先生には申し訳ないが、自分の欲望のために、是非ともここは引き下がってもらいたい。


「頭の良い人にありがちの説ですね」


あっさりと納得してくれた花江に、風間はほっと胸を撫で下ろす。


「教え方も早すぎてついていけないですし、分からないと『どこが分からないの?』って言われるんですけれど、結局、なにが分からないか分からないっていう…」


「頭の悪い人にありがちの説ですね。しかし、宵は教え方上手だったと思うのですが…」


「ち、違うんす。俺が頭が悪すぎて、姉ちゃんの言葉がうまぁく入ってこないっていうか…」


「もしかして、わたし…侮辱されてます?わたし程度だったら、とか思ってます?」


「思ってないっす!先輩は淡々と物事を言うので説明がうまそうな気がして、前から教えて欲しいと思ってたんですよ」


「褒められている気がしませんけれど…」


「美術部員だった時も、厳しかったけど教え方はうまかったので、どんどん上達できました」


「おー。わたしが褒められている」


良かった。

なんとか説明が通じた。

これで快諾してくれるだろう、と風間がほっとしていたところに…


「学年一位である鳥羽先輩は、難しいですか?」


新たな敵が舞い込んでくる。

なぜ自分の周りにはこうも頭の良い連中が多いんだ!と叫びそうになった。


「鳥羽先輩も頭が良いですよ。きみは写真部の後輩なんですから、部活終わりなりに彼に教えてもらっても良いんじゃないですか?わたしも過去に屈辱的ですが教わったことはあります。憎たらしいほどに天才ですよね、彼」


「否定はしません。〜〜〜…鳥羽先輩はめちゃくちゃ…分かりやすいです」


ここで変に否定することはできないと悟った風間は素直に認める。


「なるほど…彼は頭も良く、教え方も上手…。では鳥羽先輩に教えてもらえば良いのでは…?」


「違うんす!聞いてくださいって!なんで、俺が姉ちゃんでも鳥羽先輩でもなく、先輩にお願いしているか…!!だって、俺は…俺は先輩に教えてもらいたいんです!先輩じゃないと嫌なんです」


「理由が弱いですね」


「鳥羽先輩は教え方とかうまいですけれど、厳しいんですもん!運動部並みに厳しいんですよ」


「鳥羽先輩をディスってますか?」


「ディスっていません。ってかこれは絶対に言わないでくださいよ。内緒です。あとが恐ろしいんで…」


「どうしましょうか…一応、部長なので部員のあれこれは、報告する義務がありまして」


「先輩!意地悪しないでくださいよ」


今の風間は側から見たら駄々をこねる子供だった。

これが後輩純度100%の男の実力だ。


「ウソですよ」


だから、花江も心を許す。


「じゃあ、今度!絶対に教えて下さいね!」


返事はなかったが、花江は頭を縦に動かした。

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