第秋章 風月②
風間と月島の朝の登校劇はまだ続く。
商店街を突き進めば、『映画の秋』、『食欲の秋』と売り文句が列を連ねる。
それらの看板を横目に、風間は軽くため息をついた。
「折角の絵画の秋になってきたって言うのに、ひどいもんだよね」
「最近は秋っていうほど、秋らしくもない気がするけれど」
「あー、それ、すごい分かる。ほとんど夏みたいな時、多いよね」
「天気が良いことが救いね。乾いた季節になってきたから、不快感も少ないし」
「ベタベタしたのがなくなっただけ、まし…だよね」
風間は自身の筋肉の抜けた腕をするりと触る。
「風間くん!珍しいね、こんなところで!」
「え、あー、うん」
「通り道だったりしちゃった?って…あ、ご、ごめん!も、もしかして…朝の登校デート中…?」
と、横道から姿を現したのは、風間と同じクラスの女子・A。
花江以外眼中にないが、クラスの中では美人の部類に入るらしい。
他の男子たちがよく騒いでいた。
「ウンウン、そうそう…デート中〜」
「そうだったんだ!彼女いたんだ!!知らなかったー…へー…」
どれどれ、どんなやつなのか、と女子は風間の隣に立つ月島を見る。
「はー…」
こういうのは面倒くさいと、月島に目線を配ると、彼女は分かったように華麗な外用の笑顔を作り出す。
完璧なスマイル。
そして何より美しい。
クレオパトラも楊貴妃も小野小町だって黙っていない。
世界三大美女に名を連ねてもいいだろう。
気品と高潔を兼ね揃え、誰にも臆することのない堂々たる風貌。
圧倒的美女。
それが月島宵。
ちょっとクラスで可愛いと言われる程度の女子が勝てるような相手ではない。
「…っ…!ごめんねー、じゃ、また!!」
月島の完封だった。
勝てる自信があったのだろうか。
女子・Aは月島の顔を見るなり、全てを察した。
勝てないと判断した女子・Aの変わり身は早い。
ヘコヘコと上っ面だけの笑顔を作って、さっさと風間たちの前から姿を消した。
「どいつもこいつも自己中心的だ」
結局、学校で顔を合わせることになるだろうに。
逃げるくらいなら、最初から話かけなければいい。
「あの看板もそう。秋をなんだと思ってんだか…自分の利益に人を巻き込むなっつーの。映画は秋だけじゃなくて、年中見れるし、食欲だって秋以外にもあるっつーの。…あの女子だって…先輩だって…全員、自己中すぎ…はー…」
「だって、物語の主人公は自分ですもの。自分中心に考えなければ、自分が自分でなくなってしまうわ。秀ちゃんだって、さっき女の子に対して、一緒に登校したくない、話したくない…と、自己中心的な考えをしたわ」
「う…で、でもさ、逆になんで俺なの?って思う。男なら他にもたくさんいるじゃん」
「秀ちゃんがイケメンだからでしょ。頭はそこそこでも、顔が良ければ自分のステータスはかなり上がるわよ。女子の中で」
「はー、つまんねー理由」
「でも、私というスパイスが入って、面白くなるんじゃないかしら」
月島は口元の笑顔を手で隠し、上品に「ふふふ」と笑った。
「簡単に結果が手に入ってしまってはつまらないわ。なにか障害がなければ、人は必死にならないもの。その障害が高ければ高いほど、人は燃えるのよ」
自らが高い障害と思っての言葉だ。
だが、それを悟ってもいいだろう。
それだけの素質はある。
「姉ちゃんも鳥羽先輩みたいなこと言ってるし…」
「鳥羽先輩がどう言った人か、あまり会話したことないから分からないけれど…私だったら、届かない目標のためにどんな試練も立ち向かうわ」
「姉ちゃんにそんな高い目標あるの?」
月島の横顔はとても美しく、輝いていた。
通り過ぎる男性が、一瞬、視線を向けるくらい魅力的だ。
更に頭も良く、眉目秀麗という言葉が彼女にはぴったりだ。
そんな彼女の人生に困難などあるのだろうか、と風間はふと疑問に思う。
「もちろん。あるわよ」
当たり前のように月島は言う。
「嘘だ」
「嘘じゃないわよ」
確かに彼女の瞳は嘘偽りない。
真っ直ぐ風間を見つめていた。
「私だって、届かないものがあるわ」
「それって物?人?」
「人」
「俺みたいだね」
「秀ちゃんみたいよ。だって、好きなのに届かないのですから」
「姉ちゃんに振り向かない男なんているの?」
「いるわよ。でも、彼は違う人なの。生まれも育ちも、私より高貴で…話もころころと変わる。脳の回転が良いのかしら?」
「姉ちゃんに負けるほどのお金持ちってどんだけだよ。それに、姉ちゃんだって頭良いし、お嬢様じゃん」
月島は風間の言葉に「あら、ありがとう」と礼の言葉を伝える。
「根本的に違うのよ。私は親がお金持ちなだけ…一方の私は親がいなければ、裕福な暮らしはできない。彼は…自分の力で堅実に生きた結果、豊かになった。だから、あのお方の方が私なんかよりずっとお金持ち、よ」
随分と詳しい。
本当に好きな人がいるのか、と風間は驚いた。
幼馴染みとして月島のことを見てきたが、彼女の口から浮いた言葉の一つや二つ、聞いたことはなかった。
そこまで彼女を惚れさせる人物とは誰のことだろうか、とより一層彼女の話に興味が出てきた。
「私は彼の話についてはいけないわ。私のような頭の堅い人間の発言なんて、相手にされない」
「じゃあ、掴んで離さなければいいじゃん」
「あら、そんな品のないこと、できないわ」
「できるよ。そいつの眼中に入っちゃえば、絶対に姉ちゃんの魅力は通じる。だから、一瞬でも接点を持っちゃえば、離さなければいい」
「私は見ているだけで十分なのだけれど」
「もったいないよ。姉ちゃんにも、その人にとっても。だって、俺は諦めるの嫌いだもん。好きな人なら、尚更!自分で掴みたくなる。どんな手を使ってでも…無我夢中で、その子の元に行くよ」
「俺だったらね」と最後に付け足す。
「未来先輩のことが諦められないから、俺は未来先輩の元に戻る予定。でも、それだけで接点をなくしたくない。だから、俺なりに美術室に行って、片付け手伝ったり、一緒に帰ろうとしたり…できるだけ多くの接点を作ろうとしてるわけ」
風間は自己主張の激しい自論を話す。
「姉ちゃんも必死になってみればいいじゃん。試しにさ。可能性が0じゃないなら、挑戦するべきだと思う。届かないからって簡単に諦めちゃうのはもったいないよ。結果が良ければ、万々歳。悪ければ人生の大きな糧になったってポジティブに考えてさ。相手が100%姉ちゃんのことが嫌いじゃなかったら、食らいついても悪いことじゃないと思う。俺的にはね。好きになったのなら、目標のために走ったら?さっき、姉ちゃんがそう言ってたじゃん」
「私って、矛盾しているわね。自分で言っておいて、秀ちゃんに諭されちゃうなんて。子供だと思っていた秀ちゃんも、こんなに大きくなって…いつから、大人になったのかしら…」
「茶化さないでよ!俺は真剣」
「わかっているわ。じゃあ、秀ちゃんみたいに…私も足掻いてみようかしら。手始めに、色々なツテを使ってみましょうかね?」
「周りから攻めていくつもり…?逃げられないじゃん…」
「ふふ…なんてね。冗談よ」
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