第夏秋章 月花③

今日の空は快晴だった。青空には雲ひとつなく、手を伸ばしても届かないくらい広かった。

木々はぴかぴかと光っていて、木洩れ陽は風に流れて揺振れていた。

花江は昨日と同じ窓際に、昨日と同じように窓から首を出して立っていた。

窓から手を伸ばすと、風が少し冷たい。

そういえば、昨夜は雨が降っていたことを思い出す。それがまた心地よくて、花江は無臭の空気を肺に思いっきり吸い込んだ。

グラウンドはまだじめじめと濡れていて、ちらほらと水たまりが出来ていた。太陽の光に反射した水たまりに、花江は目を細めていた。


「何見ているの?」


「なんとなく…見たくなったので見ました」


「これじゃあ、サッカーもできないわね」


「なんのことですか?」


「秀ちゃんたちがサッカーをしていたのを見に来たんじゃないの?」


「そういえば、そんなこともありましたね」


花江は窓サッシに肘を置き、頬杖をする。


「サッカーを見るのが好きなだけです。日本代表だって応援しますよ」


「初めて知ったわ。未来ちゃん、この前の体育の授業の時に、ルールも知らずにオフサイドをしていた気がしたけれど…」


「すいません、ニワカです。オフサイドのルールが、難しすぎて理解ができないくらいニワカです。テレビでやっていたら、見る程度です。気まぐれに、上っ面だけかっさらって、自分が応援したから勝ったんだなんて思っている人間です」


月島は嘘をつかまいとする彼女の姿勢に感心する。と、同時に素直になれない彼女を愛おしく思った。月島はにこにこと笑いながら、花江の言葉に頷く。


「そうね。サッカーは面白いものね」


「宵も興味がおありですか」


「秀ちゃんが中学校の時にサッカーの応援によく行ったから、多少の知識はあるわよ」


「応援に…ですか」


「そうよ!秀ちゃん、すごく強いチームにいてね…中2くらいがピークかしら。地区大会で優勝もしたくらい強いフォワードだったのよ。特にパスワークがうまいって評判で…」


「それはすごいですね。そんなに強いのでしたら、うちのサッカー部に入れば良いのに」


「本人がやる気をなくしちゃったみたいなの。汗をかくのは、もう十分って言ってたわ。私もてっきりサッカー部に入って盛り上げてくれると思ってたんだけど、本人は文化部が良いって目をキラキラさせててね」


「文化部が…どこが良いんですかね?」


「鳥羽先輩の写真に憧れたみたいよ。感性は優れている子だから、鳥羽先輩の写真を見て、ピンときたみたい。この人になりたいって、憧れを口にしていたわ。あ、でも、最近は未来ちゃんの作品に興味津々で、以前描いた作品を見せてくれって私にねだるの」


「へえ…意外ですね。風間くんが自ら美術作品に触れようとするなんて」


「あのサッカー小僧とは思えないほどのインドア派になっちゃったのよ。前は女の子たちに囲まれて、楽しそうにサッカーをしていたのにね!」


言った後だったが、月島は「あ」と口をつぐむ。風間に協力してあげると約束したのにも関わらず、早速、彼の印象を上げることに失敗してしまった。


「言い方が悪かったわ!違うのよ。サッカー好きの女の子が私たちの中学校には多くて、それで…」


「構いませんよ。言い方が良かろうと悪かろうと、彼のチャラさは変わりません。きっと中学時代でもたくさんの女子にちやほやされて、はべらかせていたのでしょう…」


「えっと…」


『ごめんね、秀ちゃん』と思いながら、月島はこれ以上の発言を慎んだ。

もっとフォローをしてあげても良いのだが、今の花江に何を言っても無意味だ。

しかも、今日の花江は不機嫌のようだ。

風間の名前を聞いた途端、ひどく顔を苦くさせた。


「なんだかご機嫌斜めね。どうしたの?」


「自分でもよく分かりません。ただ…風間くんの話は…聞きたくありません」


と、花江は顔を伏せるのだった。

月島は首を傾げて、何があったのか聞こうか迷う。

きっと彼女の性格上、聞いても話してはくれないだろう。


花江の場合、話したくなったら話す。

それまでの間、何度追求しても話してはくれない。

逆に殻に閉じこもって、話さなくなってしまう。

だから、この場合、月島は待つのだ。


『鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス』


花江が話しかけたくなるまで、月島は気長に待つのだった。

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