第夏秋章 月花①
夜の女王
1年に一度しか咲かない。新月・満月の時しか咲かない。
あでやかな美人。大きい白い花を咲かせ、よい香りをあたり一面に漂わせる。華やかで、女性らしい雰囲気。はかない美。はかない恋。秘めた情熱。強い意志。
山からの風がそのまま降りてきたように、少し肌寒い風が窓から入ってくる季節になった。青空はカラッと晴れているのに、夏休みの青さより薄い気がした。
薄い雲が空を囲い、太陽はほんのりと地面を照らし、やんわりとした影が建物から生えていた。
「あの子よ、あの子」
「え、どれどれ?」
「校庭でサッカーしてる子。かっこよくない?」
「あ、あの子…一年の風間くんでしょ。イケメンで有名な子じゃん。スポーツ万能なのに、なぜか文化部に入ったっていう。後輩たちが部活サボって見に行ってるくらい人気よ」
「マジで!?競争率高いの?」
「うーん…聞いたところによると、カノジョがいるらしいよ。年上のおしとやかなお姉さんだって噂だけれど…」
「私たちみたいながさつな女は無理ってこと?」
「ないない。限りなく0に近いくらい可能性ないよ」
「でも、年上が趣味ってことは、ワンないかな?」
「あんた、鏡を見てから言いなさいよ」
という会話が耳に入り、花江は密かに『やっぱりカノジョいるんだ…』ぐらいの感覚で、同級生の横を素通りしていた。
「早く片付けろよー!」
「ウィース!!」
丁度、昼休みが終了する呼び鈴が鳴り始め、喧騒としていた校庭で遊んでいる男子たちは、ボールを片付け始めていた。
その中にはもちろん風間の姿もあった。
「風間、お前、あとはしくよろ〜!」
「え、なんで俺!?」
花江は柄にもなく、廊下の窓から首を出す。
めいいっぱい息を吸い込むと、洗濯物の匂いが気持ち良く鼻をくすぐった。
風も穏やかに木々を揺らし、なぜか笑っているようにも見えた。コンクリートに映る影も淡く、夏の終わりを物語っていた。
校庭には、半袖姿の男子やまだ肌寒いのか長袖の男子もいた。
夏と秋の間。
人それぞれの格好が目立つ季節だった。
そんな中、花江は先ほど話題の中心になっていた風間を目にする。
「変なところにボール飛ばさんでよ!!もー!!」
今まで意識して見たこともなかったが、確かに他の男子と比べて顔は整っている。
爽やかなイメージを持つ彼の首から流れる汗さえも、なぜかきらめいて見えた。花江は目の錯覚にあったのかと思い、目をごしごしとこする。
「あ、先輩!」
視力が良いのか、風間は校舎付近で立ち止まり、目ざとく花江のことを見つけてくる。
にこにこと笑いながら、手を振る姿はまさに犬のように見えた。
しかし、彼の周辺からはなぜかキラキラと輝くオーラが溢れ出していて、花江は思わず「目の錯覚ではない…?」と驚いてしまった。
「やーん!先輩だって!」
「やっほー!!風間くーん」
「あ、あんた!抜け駆けずるいし!!ねー、今度、一緒に遊ばなーい?」
「考えとくー」
花江の隣で見ていた同級生の女子たちは、風間に対して手を振り返す。横目でそれを確認した花江は『さすがにこの距離で見えていたら、目が良すぎますよね』と思い、窓から離れて歩を進め始める。
「本当に女子にサービス旺盛なんですから」
いつも女子の姿を見たら、ああやってアピールしているのだろう。さすがモテる男は違う…と花江は感心する。
「未来ちゃん、次は移動教室よ。早く行きましょう」
後ろから声をかけられて振り向くと、月島の姿があった。
早歩きで近寄ってくる彼女を見て、ぼーっとしていた脳が活性化していく。
「そうでした。のんびり歩いてちゃ間に合いませんね」
「さっき窓の外でなにかあったの?」
「え?」
「だって、立ち止まって外を見ていたじゃない」
「あ…風間くんを見かけまして」
月島は花江自らの口から風間の名前が出てきたことに一瞬驚いた。
先日、彼が花江に興味がある、と告げた直後の出来事だ。
月島は花江に脈があるのか確認するために、探りを入れ始める。
「かっこよかった?」
「いえ…女子たちが騒いでいたので、気になっただけです。後輩くんはどうやらモテるようですよ。今まで鳥羽先輩という顔面偏差値が意外と高い人の側にずっといたので気付きませんでしたが、風間くんも中々顔が整っていたのですね」
「うーん…そっかあ…」
「カノジョさんがいるのに、女の子たちに手を振ったりしていて、これがモテる秘訣なのかもしれませんね。いつか全女子の敵になるやも…」
「え?カ、カノジョ…?あ、あのね…秀ちゃんは女子に愛想を振りまくようなことをするような子じゃ…」
「あれを見て少々幻滅しましたね。鳥羽先輩含め、やはりモテる男は許すまじですね」
「聞いて、未来ちゃん!」
「あ、次は移動教室でしたね。急ぎましょう」
「もー、未来ちゃん…」
月島はどんどん話を完結させていく花江のペースについていけず、結局、風間の女子に対して誤解を解けずに終わってしまった。
しかし、授業に遅れるわけにはいかず、二人は駆け足で教室まで向かっていった。
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