第夏章 風鳥⑥
祭りの中心部に近づくにつれ、上機嫌な音色が耳に届く。
通りには他学校から寄せられた作品の数々が飾られ、夏まつりを華々しく彩っていた。
「先輩の作品、先輩の作品…」
どこに飾られているか分からないが、一際目立つ花江の作品を一番に探し出そうと風間は目をキョロキョロとさせた。
「先輩の描く作品は堂々としてますよね!」
「なんですか?褒めてるんですか?」
「ほ、褒めてます!!裏を探ろうとしないでくださいよ〜」
「素直に言ってやれ。描き手は影が薄いくせに、作品は目立ちすぎで矛盾してる…と。新手の詐欺だな」
「へぇ…?」
「鳥羽先輩、俺、そんなこと思ってないっす!!意外性があるってことで、注目を浴びそうっすよね!!」
「いつも鈍感なくせに、悪口には敏感なんだな。肝に命じておくよ」
「わたしで遊んでます?」
「ほら、未来ちゃん。見て!!未来ちゃんの絵が飾られているわよ」
風間が花江に目を向けていた間に、月島が花江の作品を発見する。
月島にはどのような絵を描いたかは伝えていないものの、そこは親友だからだろう。
普段の彼女の絵のタッチや癖を見抜き、すぐさま彼女の作品であることを確信する。
「さすが月島のお嬢様。目利きが良いじゃないか」
「すっげ!姉ちゃん!!」
「ふふ、ある程度の心得はありますのよ」
「宵、どこですか?見えないです…」
3人は無事花江の作品を見つけられたようだが、描いた当人はまだ見つけられていないようだった。
「無駄にでかいあの絵を見つけられないとは…お前の才能はすごいな」
「申し訳ないのですが、自分の作品云々ではなく、高さ云々の問題です。皆さんと比べて、わたしの身長はそこまで高くないので」
「あら…」
「わたしも平均身長が欲しいところですが、こればかりは努力の矛先がありませんので」
「もー…しょうがないなー!あそこですよ。先輩!」
見えない、見えないと文句を連ねる花江に、人肌脱ぐかと風間は腕をまくる。
そして、彼女の帯辺りに手を回し、高々と持ち上げる。
「見えました?」
「…憎むべきは、悪気のない善意。風間くん、下ろしてください」
「お姫様抱っこの方が良かったっすか?」
「以前、断固として拒否しましたよね?却下です。悪目立ちしすぎます」
「祭りは目立ってなんぼです。しかも、あんな素晴らしい作品を描いた先輩なんですから、もっと目立って自分の名前を売り込むべきです!」
「大声で言わないでください。恥ずかしいです。そして、早く下ろしてください」
「未来先輩のことを誇りに思っているんですよ、俺は」
「……きみはいつも予想外なことをしてくる…。素直に近くに行って見てきます。だから、下ろしてください」
「ちぇー、分かりましたよ。迷子にならんでくださいねー」
「子供じゃないんです。放っておいてください」
風間は純粋に思ったことを口にしただけだった。
だが、彼の言葉を聞いて花江はなぜか不機嫌そうな態度を見せる。
風間に下ろしてもらうと同時に、花江は上から見つけた自分の作品のもとにすぐさま向かってしまった。
「待ってくださいよ!せんぱーい!」
花江の感情に気づかず、風間は人混みをかき分けながら、花江の後に続く。
「………」
風間は作品の目の前で足を止める花江の隣に立つ。彼女は無言のまま、自分の作品を上から下までじっと見ていた。
彼女の和らいだ表情を見るに、作品として出せたことを満足しているようだった。
「やっぱりすごいです。大作です」
「周りの人たちも足を止めているわ。審査も良い結果が出るんじゃないかしら?」
夏まつりに出された各学校の作品は、審査長と一般投票で評価が下される。
3日間開催されるこの祭りでどれだけの票が稼げるかによって、優秀賞が決まるのだ。
発表は後日…秋ぐらいになれば、公開される。
「気のせいですよ。鳥羽先輩曰く、わたしにはセンスがないそうですから」
「それは否定しないが、センスとうまさは関係ない。この場において、お前の作品が一番だよ」
「先輩は選ぶ素材が悪いだけですよ。でも、現実に存在しないものを描くのは、人一倍うまいと思います」
「たくさんの美術作品を見てきたけれど、未来ちゃんの作品には魅力があるわ」
「みなさん…ありがとうございます」
お褒めの言葉、光栄ですと花江は無表情のまま答えた。
彼女が今、何を思っているのかは誰にもわからない。
「みんなで、作品の前で写真を撮りましょうよ」
風間はスマホを片手に、花江の思い出を形に残そうと提案する。
「鳥羽先輩、なんでそんな嫌そうな顔するんですか!」
「人が撮るのは嫌いなんだ」
「こじらせ写真家っすか?」
「知らない人間に花江を撮らせるわけないだろ」
「アマチュアがなんか言ってる…」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないっす!!ほ、ほら〜未来先輩も…ってなんすか、その顔…」
「緊張してるみたいよ」
「だ、だって…自分の絵の目の前で撮るなんて絶対嫌です。絵画コンクールだって撮ったことないのに…」
「もー!ノリ悪いなー。しょうがない、自撮りにしますよ。ほら、よってよってー」
嫌々と顔を横に振る花江と鳥羽を画角内にとらえる。
長い腕を武器に、風間は空に向かってスマホを掲げる。
「秀ちゃん、それじゃあ、未来ちゃんの作品映らないじゃない!もっと遠くよ」
「え〜」
「じゃあ、俺が撮ろう」
「鳥羽先輩も一緒に映るんすよ!」
「秀ちゃんがもっと前に行って」
「風間くん、無駄に長いその手を思いっきり伸ばしてください」
「もう少し左だ。じゃないと美しく撮れない」
「左ですって。秀ちゃん、そっちは右よ。あ、未来ちゃんの絵が入らないわ」
「風間くん、背が高すぎてわたしが見切れてます」
「もーーー!!うるさいっすね!!撮るよ!撮るからね!!」
やいのやいのとやかましく注文をする先輩方を無視して、風間はスマホのシャッターを何度か押す。
花江を中心に、3人が良い具合に映り込む。
200号もあるキャンバスは、やはり大きすぎて全てを写すことはできなかったが、4人の記念撮影の背景にはしっかりと写り込んでいた。
長く伸びる淡いミルキーウェイと散りばめられる星々。
幻想的な色使いの中に、満足気に笑う花江の姿があった。
「写真送るんで、あとでSNS教えてくださいね!」
「なんでちょっと怒っているんですか…」
「乗り気じゃないのに、注文が多すぎなんすよ。先輩、スマホ出してください」
「結構です。わたしは宵経由で受け取ります」
「なんで直接受け取らないの!」
「だって…後輩の登録情報とか…いらない…はっ!もしや、最初からわたしの情報目当てで撮りましたね?」
「そんなことないって!ナチュラル!めちゃくちゃナチュラル!先輩のは確かに欲しいけれど、偶然の結果、手に入れるってだけで!下心はあるけど、純粋な後輩としてのコミュニケーションツールが欲しくって」
「というか、春からの付き合いで逆によく持っていなかったわね?」
「だって、何時に集合って学校で会うだけですから…特には必要ないかと…」
「俺は喉から手が出るほど、ずっと欲しかったっすけど!タイミングがなくって!!」
「喉から手が出てきたら怖すぎですけど…」
「ほら!そうやって俺をからかって、はぐらかしてきましたよね!」
「ふふ…。きみは本当にからかい甲斐がありますね。これぞ後輩純度100%」
「また!俺のこと遊んでたんですね!」
花江はうるさい後輩をからかいながらも、自らの登録情報がのるQRコードの画面を見せる。
瞬間、風間の顔は輝く。
操作は慣れているというのに、なぜか頭の糸が複雑に絡み合って、うまく処理ができない。
「早く、してくださいね」
花江に急かされながら、風間はようやくたどり着いた登録情報を読み取るカメラを起動して、花江の気が変わらぬうちに「申請」ボタンを速攻押した。
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