第夏章 風鳥④

花江は完成した堂々たる絵を前に、ふぅと一呼吸を置いた。

呼吸と共に置いてきたのは自分の納得。

誰にも文句は言わせまいという強い意思。


「できた…」


大きなキャンバスの上部までは、花江の身長では届かない。

毎回ガタガタする椅子の上で作業するのはしんどかった。

埃が舞うのが気になる…が、しょうがない、と花江は200号のキャンバスを床に置いて作業をしていた。

たくさんの新聞紙を床に敷き、出来るだけ自分の秘密基地を汚さまいと努力をした。

壁には足りない色を補おうと、赤青黄色と所狭しと色が並ぶ。


結果、物に溢れたこの部屋は、どうしようもなく狭くなってしまった。


だから、3人も同じ空間にいると、とても暑苦しい。


「おめでとう」


ここにいるのが当たり前。

何日もここで過ごしてきたかの如く至極当然だと物語る顔をしながら、拍手をする鳥羽。


「おめでとうございます」


鳥羽を見習ってか、同じように拍手を送る風間。

こちらもまた背景に馴染むが如く、当たり前を顔で語る。


「部屋が狭いんですけど」


男二人がこの小部屋に足を踏みいられると、邪魔だった。


「特に風間くん…。きみは意外とガタイがいいです。わたしなんかきみの前では、埃なんでしょうね。ふっと息を吹き掛ければすぐに飛んでいってしまうでしょう」


「そんなことしたら、先輩はせっかく仕上げたキャンバスにダイブすることになっちゃうよ?」


「そうならないよう、足に力を込めます」


「持ち上げてあげましょうか?お姫様抱っこ!!俺と先輩が合体すれば、この狭っ苦しい空間が少しだけ広くなりますよ!」


「誰も得をしません」


「お得な提案なんすけどー」


「どっちにしろ、足に力はこめておきます」


風間が何をしでかすか分からない。花江は気を抜くことなく終始、足に力を込めた。


「よし、完成したと言うことで、我々もお邪魔することにしよう。どちらが良い絵が撮れたか判定しにいくか」


「はい!バトルっすね!鳥羽先輩、俺、負けませんから!」


「いい心意気だ。安物のデジカメでどこまで勝負できるか見ものだな。戻るぞ」


はっはっは、と高らかに笑いながら、第一美術室と第二美術室の間にある花江の秘密基地から出ていこうとする二人。


「ちょっときみたち…人の憩いの場を勝手に荒らして、なにも言わずに去るつもりですか?失礼にもほどがあります。自己中です…」


「自己中?心外だな」


「だって、俺たちの用事は終わりましたもの。お邪魔するのは当然っすよね?」


「用事ってなんですか?」


「俺たちの目的は、完成させた花江先輩を撮るですから。ね、先輩!」


「その通りだ。勝手に撮っているだけだから、気にするな、と冒頭で言ったじゃないか。だから、去ることに関しても気にするな」


「そうっす〜。先輩は何も気にせんでください。俺らが勝手に何かすることを許可したのは先輩じゃないっすか」


「いつの間にか意気投合ですか。ここにわたしの味方はいないんですね。酷く傷つきました」


「俺は先輩のこと、傷つけたりしないっす。泣かせたりもしないっすよ」


「口説き文句も大概にしやがれってんです」


「風間は至って真面目だぞ?」


「俺の方が傷つきました〜わーん」


「かわいそうに…先輩いびりにあったか…」


「きみたちはいつからそんなに仲良くなったんですか」


ちょっと見ぬ間に急に縮まった二人の距離感に驚く花江。

鳥羽がここまで誰かに心を許すのも珍しいと怪訝な顔をしながら、風間の顔を凝視する。


「確かに、きみの後輩純度は高いですね」


「なんて?」


「鳥羽先輩が怖くないんですか?彼はなんでもできるパーフェクトヒューマンですけど、一線引かれやすいタイプの人間です。そこまでズカズカと入ってきたのは、きみが初めてじゃないですか?」


「先輩と後輩だからな。次第に仲も良くなる」


「はいっす!」


「う〜ん…」


納得がいかないと花江は頭を悩ます。


「それで…いつ見に行くんだ?飾られたお前の絵を」


「夏まつり中には行きますよ」


「何日目?」


「わたしの勝手で行きます。宵と行くので、ついて行くって言ってもダメですからね」


「そうか。実に残念だ。どうせなら、部長として一緒に評価がてら、見に行こうと思っていたのだが…俺も勝手に見に行くことにするよ」


「評価なら今してもいいですよ?」


「他の並べられた作品と見比べてから」


「じゃあ、勝手に行ってください」


「そうするよ。俺のタイミングで勝手に行かせてもらう。」


「はい、わたしも宵と勝手に行くので」


なぜか喧嘩腰で話す二人を他所に、風間は聞き覚えのある言葉に反応し、ゆるりと会話に加わる。


「宵?あ、姉ちゃんといくの?」


「姉、ちゃん?きみ、宵の弟だったんですか…?そんな話は聞いたことがなかったのですが」


「違う、違う。俺はただの幼なじみ。隣に住んでるだけの、本当にそれ以上でもそれ以下でもない関係の」


「何をそんなに焦っているんですか?」


「べ、別に!!けど先輩が勝手に行くなら、俺も勝手に行きます!姉ちゃんに言ったら、多分、教えてもらえるし」


「迷惑行為防止条例って知ってます?」


「俺は頭悪いのでわかりません!」


「あっけらかんに言わないでくださいよ…」


もう勝手にしろ、と花江は諦めた態度を取る。二人は拳をコツンと合わせて、作戦成功と称えあった。

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