第春章 花風④
「最近、楽しそうね」
「そんなに表情に出ていましたか…」
花江の親友である月島 宵も気づくほどの変化だったようだ。
花江は頬をパチンと両手で叩き、浮かれた自分の脳を正そうとする。
花江と月島は仲が良く、登下校を共にする仲だ。
然程、家も遠くないので、帰る方向も同じ。
月島が所属する吹奏楽部と花江が所属する文化部の終了時刻も、ほぼ同じ時間に終わるので、帰る時刻もばっちり合う。
「いいのよ。未来ちゃんの楽しそうな表情が、久々に見れて私はとっても嬉しいから。だって、この前まであんなに殺伐としていて、周りの空気も淀んでいたから、空気がとってもおいしく感じるわ」
「そこまで言われるほど、わたしはダメダメだったのですね」
「へつらうよりは好きよ。未来ちゃんの闊達自在な様が好きだから」
月島は長い艶やかな黒髪を風に任せる。
さらりと流れる髪は、見る者を圧倒させられる。
ついでに言えば、彼女の品のある振る舞いと美貌は、『絶世の佳人』と称されるほどだ。
隣に立てば、つい比べられてしまう。
どんな女性でも拒むだろうが、花江は他人の目など気にしたことがない。
その程度の差をとやかく言われたくらいで、花江と月島の関係が崩れることがあるのならば、花江は自らを呪うだろう。
「未来ちゃんの笑顔が見れて、私は幸せよ」
「そう言ってくれるのは、宵だけです」
「じゃあ、そろそろ教えてくれる?なにが、未来ちゃんを悪い気分にさせていたの?」
丁度、信号が赤に変わった時だった。
花江が足を止めたタイミングを見計らってか、月島は自身が最も気にしていた事柄についての話題をふる。
暗くなり始めた道路では、街灯がちらほらと光り始めていた。
女子ということもあって、二人はあえて遠回りでも、人通りの多い道を選んで歩いていた。
「大したことでは、ないのですが…」
「未来ちゃんが感情を表に出すくらいのことが『大したことない』で済む話じゃないわよ。気になるから、私が知りたいだけよ」
「分かりました…。部活の後輩のことなんですけど…」
と、花江は今までの経緯を話し始める。『風間』という名前だけは伏せて、月島にことの発端と結末を説明する。
短い帰り道のため、色々と端折った部分は多いが、大体のことは伝わった。
要は、後輩が先輩として尊敬せずに、会うたびに口喧嘩をしていたはずが、ある日を境に、ころっと態度を変えてきたという話だ。
「災難だったわね。人を選ぶ…というか、先輩のことをなめてかかる後輩なんて、我が校にいたことが嘆かわしいわ」
「そうなんです。わたしのことを散々馬鹿にするのは、鳥羽先輩だけにしてほしいものです」
「あら、あのお方も、未来ちゃんのことを?」
「いえ、彼の場合、わたしで遊んでいる…と言った感じで」
「仲が良さそうに見えたけれど…」
「わたしと先輩が…?そんな瞬間があったら、世界の終わりです。わたしたちは磁石で言えば同極。引かれ合うことはなく、反発するばかり。わたしも彼も、いじる側の人間。いじり合うのは好きではありません」
「そのいじり合いも楽しそうに見えたわ。お互いが遠慮なく話していて、先輩後輩という垣根を越えていた気がした…」
「お似合いカップルというやつですか?」
「ええ。お付き合いしているのかと思ったわ」
「相容れません。わたしたちは理解しあえない。…北極に住んでいる人が南極に住んでいる人と出会えますか?」
「あそこに住民はいるのかしら?」
「例えの話です」
「ふふ…出会えたら、素敵よね」
「素敵じゃないですよ」
この場にいない鳥羽のことをキッパリと突き放す。
いないならば言いたい放題。
女子とはそういうものだ。
花江は、家の近隣に近づいてきたことを、近所のコンビニで確認する。
「話を戻しますが…」
と、花江は、後輩について語り始める。
「特になにもしていないのに、後ろにちょこちょことつかれて、迷惑…というか、ぞっとするぐらいストーカー気質があると思います」
「懐かれているみたいでいいじゃない。まるで犬のようだわ」
「犬なら可愛くていいじゃないですか。わたしより背の高い、ガタイの良い男性を可愛いなんて思えませんよ」
「犬…ねえ…。そういえば、私の幼馴染が文化部に入部したそうなのだけれど、会わなかったかしら?」
「宵の幼馴染というと、きっとこちらの後輩と違い性格が良さそうな気がしますが…。わたしの方には、その後輩一人しか来ていませんので、他の部員の状況は分からないですし…。どこに配属されるかは、全て鳥羽先輩が仕切っていますので、正直な話、文化部に何人部員がいるのかも分からない状況です」
「あら…」
ありえないといった顔をしながら、月島は驚いていた。
親密になるために懇親会でも開くのかと思いきや、文化部はそういったことには疎いようだ。
しかし、月島は驚くだけで、他の部活に関しては静観を貫いた。
生徒会長である鳥羽が決めたことに対して、とやかく発言すると、あとで針の筵になってしまうだろう。
批判的発言は控える。
「じゃあ、他の部員になってしまったのかしら…あんなに目をキラキラさせていたのに、残念ね」
「鳥羽先輩が決めたことなので…。宵の幼馴染にはなんだか申し訳ない気がします」
全てを察している花江は、月島の発言を責めることはしなかった。
誰だって自分の立場が大切だ、と心で割り切っているからだ。
「顔は美形なのかしら?」
「さあ…わたしに一般女子の常識が備わっていれば、良し悪しが分かるのですが…人の顔への価値いうのは、イマイチ分かりません」
「だから、私は未来ちゃんのことが好きなのだけれど」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も言っていないわ。じゃあ、私はこちらだから、また明日の朝、いつもの時間に会いましょう」
「そうですね…」
花江と月島が別れるのは、いつもこの十字路だ。
右へ行けば中流家庭へ、左へ行けば富裕層へと続く分かれ目だ。
花江は月島がお嬢様だということを理解しているし、月島は自分が誰と友達になろうとも、大切な友達のことを下に見ることはない。
「じゃあ、また明日」
と、別れを告げて、二人はそれぞれの帰路に着いた。
月島が歩き始めてすぐの角には、一際目立つ豪邸が一軒、存在する。
それが彼女の家だ。
重々しいコンクリートで固められた塀と門。
他の住宅と違い、頭一個分高い。
白く塗られた壁は、城のように美しかった。
外からでは中に存在する日本庭園のライトアップは見えないが、ほのかに明るさを匂わせていた。
「あ、姉ちゃん!」
月島が門をくぐろうとした瞬間、背後から素朴な声が聞こえて来る。
「あら、今、おかえり?」
「うん。でも、姉ちゃんはなんでこっちから?俺の方向から来た方が近くない?」
「お友達と一緒に帰っているの」
暗闇から姿を現したのは、月島のお隣に住む風間だった。
富裕層が住むこの地域では、少々浮いている中流層の住宅に住んでいる。
元々、この地域一帯の土地を祖父が管理していたらしいが、祖父が他界後、土地の権利を叔父の代が勝手に売ってしまったらしい。
せめて残っていた土地を風間の父が少ない貯金で買い取り、こうして家を建てたといった経緯だ。
だから、周囲からは富裕層の中に紛れ込んだ変わり者と呼ばれている。
「文化部の調子はどう?鳥羽先輩には会えたかしら…」
「うん。鳥羽先輩には会えたよ。良い先輩に出会えて、すごく楽しい」
「じゃあ、どんどん上達していっているのね」
「それはどうだろう…全然認められないから、先は長いと思う…。でも、俺はそれでもいいと思っているんだ」
「秀ちゃんが輝けないなんて珍しいわね。そんなに気難しい先輩だったかしら…」
「うーん、そうだね。気難しい先輩…だよ。とにかく食らいついていくしかないから、俺は必死にあの人の背中を追っている感じ」
どこか噛み合わない二人の会話だったが、お互いは気にすることなく会話はあっという間に終了する。
「でも、良かったわ。秀ちゃんが今の部活に満足している顔が見れて。前よりも目が生き生きとしている気がする」
「サッカー部は汗と泥まみれだったしね。帰ったら疲れてヘトヘトだし、毎日、寝て起きての連続だった。だから、姉ちゃん…文化部を紹介してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。楽しそうな顔を見れてなによりだわ。じゃあ、勉強も部活も頑張りなさいね」
「うん!」
まるで本当の姉弟のような会話だった。
普通の姉弟ならば、別々の部屋に入っていくが、二人の姓は違うため、それぞれの家に帰るのであった。
二人は花江と鳥羽のように仲が良いのに、どこか距離があるなんとも奇妙な関係である。
『幼馴染だから』
という言葉に全てを任せれば、花江ならば納得するのだろう。
彼女はそれぐらい淡白で、ドライな人間だ。
だからと言って、人に関心がないわけでもない。
少々浮世離れした態度を取るが、彼女は彼女なりの考えがあり、それは彼女のオリジナリティーに繋がる。
現実主義な鳥羽と違い、彼女はファンタジーを好む。
だからこそ、彼女は風間に見せたあの星々の絵が描けるのだろう。
映像は彼女の脳内で再現されており、誰も知ることも見たこともない作品となる。
彼女の独創的な作品を見れるのは、彼女の脳内に入ってみないとわからないのだ。
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