「彼女」と「あいつ」と「オレ」と「こいつ」と「部長」

猫背人

「彼女」と「あいつ」と「オレ」と「こいつ」と「部長」

 放課後、あいつはついに決心して意中の相手に告白することにしたらしい。

 相手が先に帰ってしまわないように、ホームルームが終わるとすぐさま昇降口に走っていき、そこで彼女が来るまでずっと待っていた。もちろん、その行く末を見守るオレもあいつとは少し離れた場所で不自然に見えないように昇降口で彼女がやって来るのを待っていた。

 けれど、二時間くらい待った頃だろうか。いや、むしろ、二時間もよく待った方だと思う。なにせ、あいつと来たら、彼女のことを好きになったのは一目惚れで、それ以降は彼女の名前はおろか、在籍しているクラスすらも探そうとはしなかった。勇気がなかったのだろう。それとも、ただの馬鹿だったかもしれない。

 恋は盲目にするとはいうが、この方向(ここでいう方向とは〝一目惚れした時の彼女の姿〟しか見えていない状態)での盲目があるのかと呆れたものだけれど。まあ、それでもあいつはオレにたらたら一目惚れした時の彼女の美しい姿を語る――正直、聞いている側からしたら煩わしさしかないものだったが――それをやめて、ついに彼女を見つけて告白しようと決心したのだ。

 そこまで出来れば、オレとしては「頑張れ」と励ます以外ない。それが、叶う恋かどうかは置いておいて。

 ――まあ、ともあれ。そういうわけだから、彼女について何も知らないあいつは誰よりも早く昇降口へやってきて、そこで彼女が訪れるのを待つしか彼女と会う手段はないと考えた。

 だが、どうだ。二時間待ってもその彼女らしき人物は一人も現れない。あいつはそんな状況にジリジリと待っているが、見ているこっちとしてはそろそろ飽きてきた。

 もうオレはあいつを放っておいて帰ってしまおうかと思うほどに、飽きていた。

 どうせ、彼女はこの場に現れないのだ――確実に、確信的に彼女はこの場には現れない。

 ――だって、あいつが一目惚れしたという彼女は誰であろうオレが女装をした姿なのだから。

 


 ことの顛末てんまつはこういうことだ。

「なあ、次の幼稚園児に見せる劇どうする?」

「あ? まだ自分の案が決まらなかったことに納得してないのか?」

「いや、違う違う。劇の配役は決まったけど衣装はどうするか? っていうこと」

「お前の圧縮言語っていうか、その言葉足らずな言い方は全く分からん」

「あははは。まあ、それで、どうすんの? ほんとに女装するの?」

「仕方ないだろ。部長がお姫様役やりたがらないんだから。俺たちの中から出すしかない」

「でも、お姫様の衣装なんてないじゃん」

「大丈夫。そこはお姫様役をやらない代わりに部長が衣装を出してくれる」

「は、マジ? 部長、お姫様の衣装なんか持ってたの?」

「チッチッチー。これが違うんだな。――喜べ。お前が劇で着る衣装は、部長が普段来ている学校制服だ」

「…………まじ?」

「マジマジ。うちの紅一点どころか、学校内でもそれなりに人気があるマドンナ的存在の――〝あの〟部長の制服だ。いいだろ? ちなみこれは部長直々の申し出だ」

「えぇ……。や、でも。オレ、男だし。サイズが無理でしょ?」

「大丈夫だろ。お前、部長と似たような背丈だし、顔だってそこまで漢! って感じじゃないから。ウィッグでも付ければ多分それっぽくなる」

「えぇ………」

 お姫様役のジャンケン決めで敗北したオレはいささか不安になりながらも配役が決まってしまった手前、断るという選択肢を選べなかった。

「――制服、持ってきた」

 そして、ジャージ姿の部長が表れて、手には綺麗に畳まれた女子生徒の制服を持っていた。

「部長、ありがとうございます」

 こいつにとって、なにがありがたいのか知らないが、部長に向かって深々と頭を下げていた。マジ何なんだよ。

「サイズ合わせといっても、私これしか制服もってないからこれが入らなかったら他のもので考えるからよろしく」

「そういうわけだから、ありがたく部長から制服を受け取って着替えてみろ」

「お前なぁ……」

 人の気なんか知らないでこいつはノリノリにせかしてくる。オレは緩慢かんまんな動作で部長から手渡された制服を受け取った。

「……ああ。後ろ向いているから早く着替えろ」

「うんうん」

「…………はあ」

 部長は女子トイレで制服からジャージに着替えてきたが、オレが男子トイレに行って女子の制服に着替えたら、部室に戻る道中何かあればオレの学生生活はそこから暗くなる。

 なんで、部室を出るという選択肢が無いんですかねぇ? なんてことを尋ねたところでこいつ含め部長も出て行かないだろうな。

 まだ、部員が全員集まっている時じゃなくて良かったのがせめてもの救いだと諦めていそいそとオレは制服(男)から制服(女)に着替える。

「着替え終わったけど……足がめっちゃスース―する……」

「ああ、うん。サイズはなんか良い感じだな」

「不覚にも似合っていると思った」

「これは恥辱ちじょくか何かでいいの? ていうか、お姫様が学校制服で成り立つの?」

「うーん。けど、やっぱなんかまだ男っぽさがあるから、これ着けて」

「……ウィッグを着けてもそんなに変わらないと思うんだが」

「ああ、似合っている。むしろ、ウィッグを着けてそれっぽくなったよ」

「ほら、鏡を見てみろよ」

「…………」

 鏡に映る自分の姿は――顔のパーツこそ毎朝洗面所でよく見るものと同じだが、女子生徒の制服をまとってロングヘアーのウィッグを着けたオレは、正直目元でも隠せば女子になれる自信がある出来栄えだった。

「オレ、なかなかやるな」

 感慨かんがい深いものだ。自分の性について今まで何一つとして疑いを持たず、なんとなく男性物の服ばかりを身に纏ってきたが、ここまでそれなりの完成度が出ると、女装趣味という新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。というか、帰ったら自分で女装用の服をポチっておこう。

「だろ? さすがに部長ほどの美人さんじゃないが。まあ、男としてはなかなかやる方だな」

「ああ、まったくだ。男としてオレの女装力はよくやっているな」

 思わず、まじまじと鏡を見て自分の姿を観察してしまう。

「女装力って……。まあ、とりあえずサイズは大丈夫だね」

「でも、若干キツくも感じますけど。まあ、許容範囲ですかね?」

「それなら、なんとか大丈夫か。じゃあ、脱いで?」

「……え?」

「――は? いや、なんで、そんなちょっと悲しいような顔になるの……」

「ああ……いや、なんでもありません」

 鏡を見て自分の姿を観察してくうちにどんどん女装をしていることが楽しくなってきて、部長からの言葉に思わず動揺どうようしてしまった。

「じゃあ、脱ぐので後ろ向いて下さ――」

 オレの精神年齢がもう少し低ければ、多分こんなに楽しい趣味(女装)を取り上げられた持ち主に返すことに思わず泣いてしまったかもしれないが。けれど、これでもオレは高校生だ。とりあえず女装は家に帰ってからネットでポチる服が届くまで我慢しよう。

 ……そう、心で涙ぐみながら制服のリボンに手をかけようとした時。

「――まあ、待てよ」

 イケメンこいつが現れた。

「部長、すみません」

「――え?」

 部長は振り向いて、オレの手を握るこいつを見た。

「俺、思ったんです。コイツのこの姿をこのまま簡単に終わらせるのはもったいないなって……」

「お前……」

 この時ばかりは、こいつが輝いて見えた。こいつが男じゃなかったら、あるいはオレが男じゃなかったられているところだった。まあ、そんなことはないんだが、なんであれ場の雰囲気というのは大事だ。

「ごめん、何言ってるのか全然わからないんだけど……」

「いくら園児のためとはいえ、俺はこいつが本気で楽しそうに女装している姿を無下にはできません。だから、もう少しこいつのために制服をこのまま貸してあげてください。お願いします――」

「…………」

 深々と、それこそ見ている側が誠心誠意を尽くして頼み込んでいるのがわかるほど、綺麗な姿勢でこいつはオレの代わりに部長へお願いをしている。

 ああ、こいつはこんなにいい奴だったのか……。

 オレは初めてこいつのこんな側面を見て、こいつとはこれからも長く友達で居ようと思った。

「……いや、全然意味が分からないんだけど」

 そんなこいつと打って変わって、部長にはこいつの誠心誠意の気持ちが届いていなかったようだ。

「どうでもいいから、とりあえず早く脱いで?」

「……え」

 オレは身をよじり、自分の肩を抱いた。

「なにその反応。本気で言ってるの?」

「えっと……すみません、部長……」

 オレはこくりと小さく頷いて、部長の視線から目を逸らした。

 こいつが頭を下げるほどオレの気持ちを汲み取って頼み込んでくれたのだ。オレも少しは自分の意思を示さねばならない。

「…………」

 視線の端では部長がオレの反応に困惑しているのが見えた。それもそうだろう。誰もこんなことになるなんて予想していなかった。女装している当の本人でさえ、最初は女装するのなんか消極的だったのだ。

 誰もが予想できなかった事態なのだ。困惑して固まるのも無理はない。

「…………」

 オレはそう思って事態の――部長の行く末を見守っていると、ついに部長はこのカオスな状況を打開しようと動いた。

「いや、いいから、早く脱ぎなさい。今すぐ。でなきゃ、私が脱がしてあげるから」

 部長がオレに掴みかかってきたのだ。自分の制服であるはずなのに、そんなこと気にもせず力ずよく。シャツのボタンを引きちぎる勢いで部長はオレに掴みかかる。

「や、やめてください! 制服が破けちゃいます!」

「ボタンが取れるくらいどうってことない。そんなもの後でまた付け直せばいいんだから」

「や、やだ……。やめてください」

 オレの訴えもむなしく、部長は相も変わらず制服を掴んで引き剥がそうした。

 まあ、冷静に考えたら自分の所有物を取り返そうとしている構図だから何もおかしいところは無いのだが。それも場の雰囲気のせいか、部長が暴漢のようになってしまっている。これなら、次の劇の配役にあるお姫様に襲い掛かる盗賊の役は部長でいいんじゃないか、なんてことを頭の中で思ってしまった。

 そんな戯言ざれごとを思い浮かべながら制服が破けないように部長に抵抗していると。

 再び、イケメンこいつが現れた。

「――やめてください、部長!」

「――っな!? 邪魔するな」

 こいつは制服から部長の手を引きはがすと、さながら盗賊に襲われているお姫様を助けに現れた白馬の王子様のように勇敢な姿をしていた。まあ、配役は村人Cなんだけどな。

「落ち着いてください、部長」

「離しなさい。私は自分の制服を取り返しているだけなんだから」

「だったら、もう少し穏便に……!!」

「大人しく制服を脱がないやつが悪い!!」

「――っや!?」

 部長は少なくとも男のはずのこいつの力を振りほどき、オレに飛び掛かる勢いでくる――――。

「――――させない!」

 しかし、こいつが部長の腕をすんでのところ掴んで阻止してくれた。

 そして、こいつはイケメンになったままオレに言い放った――。

「――逃げろ!」

「――――ッ」

 オレはその言葉を聞いて勢い良く部室を出た。


 ――恥や外聞がいぶん、その後の暗くなるであろう学生生活なんか、その時は気にしていなかった。


 部室という、これまで劇のためならどんな恥辱も屈辱くつじょくもそこで――聖域のようなその場所を、女装姿のままオレは出た。

 ただ、己の矜持を。己の趣味を守るために駆けだした。

 別にあのまま部長に身ぐるみはがされても、オレの中で芽生えた女装癖は消えはしないだろう。

 だけど、オレのために部長に盾突いて、オレを庇ってくれた友のためにオレは逃げ出さなければならない。

 だから、オレはオレを守ってくれた奴のためにも自分で守り抜くために走った。

 行き先なんかは決めていないが。

 廊下を駆け抜けて、教頭の前を駆け抜けて、生徒の前を駆け抜けて。 

 そして、あいつの前を駆け抜けて――――。


 *

 

 ――まあ、その時にあいつはオレに一目惚れをしてしまったのだ。

 部室から逃げ出したあと、あいつの前を横切ったのはほんの一瞬だったが。

 その一瞬にあいつは恋をしてしまった。

 まったくもって呆れてしまう。あいつの前を横切った時間なんて一秒にも満たないコンマ何秒だったのに、あいつの動体視力はその時間でオレの姿を捉えて一目惚れなんかをするんだから。

 しかも、結局あの後オレは部長に捕まって部室でパンツ一丁にされて、危うく市中引き回しならぬ、校内引き回しにあうところだった。もし、そうなっていたらあいつは、ウィッグを着けたパンツ一丁の変態に一目惚れをしたという事実にショックを受けていたところだ。

 部室の寛大な心に感謝をしなければ。

 閑話休題かんわきゅうだい

 さて、そんなわけだから、あいつがいくら昇降口で彼女の存在を待って居たってオレがここにいる限り絶対に現れることはない。

 だからといって、オレが彼女になってあいつの前に現れてあげようという気にはなれない。というか、なれない。道具が一切合切この場にないのだ。

 部長から身ぐるみを剥がされて男の姿に戻ったあと家に帰りさっそく気に入った服をポチり、ついでに適当にメイク道具もポチってからは日々女装レベルを上げることに励んで、今では、あの時よりもクオリティー高く女装が出来るのだが。その道具は何一つとして持っていない。

 多分、あいつはこのまま学校が閉まるまで粘るだろう。

 けれど、それだとあいつが不憫ふびんに思えて仕方がない。自分でまいたタネ(まいた覚えは一切ないが)なのだから、少しはあいつの報われない恋を助けてあげたいと、考えなくもない。

 だから、どうにかしてオレは彼女の姿になりあいつの前に現れてあげたい。

「…………」

 そう、心の中で思っても、やはり道具がなければ何もできないのだ。

 いくら待ったところで彼女はやって来ないのに、あいつは目を輝かせて彼女が昇降口に現れることを信じている。そんな奴にオレが「もう帰ろうぜ」なんて言えるわけがない。

 だから、オレが出来ることは彼女になってあいつの前に現れてやることだ。

 どうにか、彼女になることは出来ないかと頭を巡らせていると、一つの案が思いついた。しかし、それは部長がまだ学校にいることが前提の話だった。

 いや、部長はまだ学校にいる。オレは今日、あいつと一緒にずっと昇降口にやってくる人を観察していたのだ。その中に部長の姿は一度もなかった。

 だから、まだ演劇部の部室にいるはずだ。

 そう思い付くと、オレはすぐさま部室に向かって走り出した。

 そして、部室の扉を勢い良く開き、中に部長がいることを確認すると、部長に対して頼み込んだ。

「――部長! お願いです。もう一度、部長の制服を貸してください!!」

 それは、オレの恥や外聞――プライドを捨てた懇願こんがんだった。

 なにせ、部室に居たのは部長一人ではなかったのだ。先輩や後輩がまだ残って部活動をしている最中にオレは唐突に現れて、部長に懇願したのだ。

 傍から見れば、頼み込んでいる内容が内容だ。ただの変態にしか思わないだろう。

 だが、オレはあいつのために、部長から制服を借りなけばならない。

「な……何を言ってるの。ていうか、部活勝手に休んでおいていきなりなに?」

「部活、黙って休んだことはすみません。でも、それもわけがあったんです」

「それと私の制服が関係あるの?」

「はい!」

「えぇ……いや、正直に言って普通に嫌なんだけど……」

「そこをなんとか!!」

 他の部員の視線なんかは気にならなかった。……なんか、白い目を向けられているような気がしたけど、気にしたらオレはここで崩れ落ちてしまいそうだったからとりあえず気にしなかった。

「…………う。と、とりあえず場所を変えようか」

「わかりました」

 オレは特に周りの視線を(意識的に)気にしなかったが、部長は変な目で見られるの避けるために部室から出て適当な空き教室へとオレを連れて行った。

「……ねえ、本当にいきなりなに? 制服貸してって」

「今、部長の制服を――女装した姿のオレを必要としている奴がいるんです」

「はあ? 女装したキミの姿を必要としている人? なにそれ意味わかんない」

「言葉足らずですみません」

「とりあえず、その必要な状況を教えてくれない?」

「あ、はい。……えっと、端的に申せば、女装したオレの姿に一目惚れをした奴が告白するために昇降口でずっと待って居るんです」

「それはキミの友達なの?」

「はい」

「……うーん。さっきも言ったけど普通にやだ。ていうか、理由を聞いても貸す気にはなれない。この前の件もあるし」

「あれは……すみませんでした……。でも、今回はちゃんと用が済んだらすぐに返します。なので、どうか!!」

「…………」

 部長に頭を深々と下げてオレは許しが出るのを待つ。オレがこうして頭を下げている間もあいつは昇降口に彼女が現れることを期待しているのだ。

 どうか部長から制服を借りられることを願ってオレは頭を下げ続ける。

「……私がキミに制服を貸したらキミはなにを私にしてくれる?」

「……え?」

「交渉。この前のは私がお姫様役をやらない代わりに制服を貸し出したわけだから、今回、キミに貸し出したら私に何をしてくれるのか聞いてるの」

「えっと……そうですね……」

 オレが部長から制服を借りる代わりに差し出せるもの……。

「……ちなみに部長は、オレの女装した姿見てどう思いました?」

「え? なにそれ」

「一応の確認です。どうでしたか?」

「うーん……いや、まあ、確かにそれなりに良かったと思うけど……」

「それなら、こういうのはいかがですか?」

 と、そう言ってオレが取り出したのは、ネットでポチった服を着てメイクをしたガチガチの女装ブロマイドだった。

「なにそれ……」

 引いていた。分かり切っていたが、普通に引かれた。

 けれど、オレが今持っている物の中に、部長へ差し出せるものと言えばこれくらいしかなかった。

「え、キミ自分で服買って家でこんな写真撮ってるの?」

「はい……いや、楽しくなってつい……」

「…………」

 部長は無言で取り敢えずオレの女装ブロマイドを受け取り一つ一つ確認し始めた。

 気に入ってくれれば嬉しいが、最初の反応からして恐らくそれは難しいだろう。

 ゆっくり、確認する部長の反応を静かに待っている。

 すると、全てを見終わった部長はそっとそのブロマイドをポケットに仕舞った。

「部長……?」

「ちょっと待ってて」

 そう言って部長は部屋を出て行った。

 ブロマイドを受け取ったということは交渉成立と見ていいだろう。

 ならば、オレは部長の言葉通りここで待とう。

「お待たせ」

 それからすぐにジャージを着て現れた部長の手にはこの前の見たく綺麗に畳まれた制服と部室から持ってきたくれたウィッグがあった。

「ちゃんと、用が済んだら返してね」

「はい。ちゃんと返します」

 オレはそう約束して、彼女へ着替え始めた。

 


 案の定、昇降口にあいつはまだ居た。

「すぅ……はぁ……」

 物陰に隠れて深呼吸をする。

 オレが現れると、あいつ間違いなくオレに告白をしてくる。それをオレは断る。

 そこで、あいつの恋は終わる。

「…………」

 ただのイメージトレーニングでも、いつになく緊張してくる。

 まあ、それも仕方がないのかもしれない。言ってみれば、これは友達の恋路を邪魔するのと同じことなのかもしれないのだから。だから、罪悪感を感じて、あいつの前に出るのも緊張してしまう。

 けれど、早くあいつの前に現れて終わらせなければ。

「…………」

 オレは決心して、物陰から出た。

 そして、不自然にならないように歩いて昇降口に向かう。

「――あ、あの!」

 あいつがオレの姿に気が付いて声をかけてきた。

「……はい?」

 声を裏返して、答える。

「……いきなりですみません! 一目見たときからあなたのこと好きです!! 俺と付き合ってください!!」

 昇降口に声が響いた。

 幸いなのか、この時間は昇降口にオレたち以外に人が居らず、思いっ切り大きく相手に伝わる声で告白してきた。多分、人が居ても同じように大きな声で告白してくるが、そういう相手に思いを伝えようとするところがオレが友達をやっている理由なのかもしれない、なんて、ふと思ったりした。

 しかし、やっぱりこの告白を断るのは心が痛むような気がする。

「…………」

 ――だけど、断らなけばならない。

「……ごめんなさい」

「――――」

 一瞬にして顔が青くなりやがった。

「……理由を聞いてもいいですか?」

「他に好きな人がいるんです」

「――――」

 さらに青くなった。

「というわけですので、それでは……」

 心がいたたまれないオレはすぐさまこの場から立ち去りたく、会話を無理やり切り上げる。

「――――」

 顔が青いままその場に立ち尽くしている奴の横を何食わぬ顔で通り抜けるのは至難の業だったが、ひとまずオレは逃げることが出来た。そして、あいつから見えない位置に入ると部長が待つ空き教室に全力疾走をした。



「制服、ありがとうございました」

「お疲れ様」

 着替えて制服を部長に返した。

 名残惜なごりおしいのか、自分でもよく分からないが、部長に制服を返す瞬間オレの中で何か寂しいと抱く感情があった。できれば、オレが持っていない女生徒の制服に対する感情であってほしいが、多分、それを確かめようとすれば、違うということがはっきりしてしまう。

 だから、オレはそれ以上そのことは考えずに部長に制服を返したのだ。

「……ちなみ、また借りたい時があったら言ってね。今日みたいに物々交換でなら貸してあげるから」 

「……そう、ですか?」

 予想外に部長にはオレの女装ブロマイドが好評のようだった。

 まあ、オレも楽しくて女装ブロマイドなんて作ってたけど好評なら良かった。

 気持ちを切り替えて、これからの女装生活を楽しんでいこう。

「えっと、あとさ」

「はい?」

「これ友達とかに配っちゃ……だめ?」

「あー……」

 頭の中にこれが自分の与り知らずところに広まった結果の弊害へいがいを思い浮かべてみた。

 ……とはいっても、まあ、別にいっか。

 部長に好評なのだ。そこから広まって女装癖を隠す必要がなくなればオレの気持ちも軽くなる。逆に、もしそうならなくなって悪評が立つようになっても開き直って女装をしていれば、それで多分、大丈夫だろう。

「別にいいですよ」

「本当? よかった」

 楽観的な考えだが、もともと女装する趣味はあの時がなければしていなかった。

 偶然、芽生えた新たなる趣向なのだから、その場任せで適当にやっていれば、最終的にどうにかなっているはずだ。

「じゃあ、制服ありがとうございました」

 そういってオレは家に帰った。



 後日談として。

 あの日、オレにフラれたあいつはしばらくの間フラれたショックを引きずっていたと思ったら、いつの日からか元気な顔して過ごすようになった。

 まあ、元気になったことはいいことなのだが、その元気になった理由を尋ねてみたら一枚の写真を取り出したのだ。

「…………おま」

「めっちゃかわいいんだよ!!」

 その可能性をあの時に考えていないわけじゃなかった。けれど、まさか部長と関わりがない奴がコレを本当に手に入れるとは思いもしなかった。

「それどうやって手に入れた……?」

 そうして、入手経路を尋ねるとオレの女装ブロマイドの流通経路が見えてきた。

 なんのことはない。

 あの時オレからブロマイドを受け取った部長は、その後、闇取り引きとして、学校の裏側でオレの女装ブロマイドで売買を行っていた。

 その事実を知った時は背筋が凍るような思いをした。

 けれど、部長からブロマイドの追加発注を受けてからは、オレは気が狂ったように以前よりもノリノリでブロマイドの作成に励んでいった。

 まあ、オレとしては趣味の女装が捗って都合がいい。

 あの時に考えていた弊害は結果的にいい方向へ転んだわけだ。

 部長とオレの利害が一致したウィンウィンな関係がそこにはあった。

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「彼女」と「あいつ」と「オレ」と「こいつ」と「部長」 猫背人 @Ku9_ro1

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