第2話
駆け回ったアルドは、とうとうモモを見つけられないまま街はずれへ。
「まずいな……」
このまま街から出れば、魔物と遭遇することもあるだろう。
自分が到着するまで無事でいればいいが……と思いを巡らせた所で、アルドの肩を軽やかに叩く手があった。
「ひとまず、何を探しているのか、説明してはもらえないか? 情報の共有はしておいたほうがいいだろう」
手の主は、涼やかな水色の髪を持つ青年だった。
名前はクロード。アルドの仲間たちの一人である。
彼は祖国復興という大いなる目的を持っているが、アルドの旅に立ちはだかる困難にもよく力を貸してくれた。関わった人間に対し、国を復興したのちに民にならないかと勧誘するあまりの熱心さに、アルドは感心するやら呆れるやらではあるものの、信頼する仲間の一人であった。
「そうだな、ごめん。急に連れまわして」
「謝ることではないがね。君が必要もないのにそんなことをしないと知っているからこそ、みなついてきている」
「そうですよ~! ちょっとびっくりしましたけど、アルドさんがそういう顔をしている時は、誰かが困っている時ですから!」
「マリエル……ありがとう」
クロードの言葉に続いたのは、金髪の少女。
治癒の術の使い手である彼女は、どんな時でも困った人間の味方であった。お人よしの気があると自認しているアルドでさえ、少し心配になるほどの良心で、アルドや仲間たちでなく、道行く人々をも助けてきた。
彼女はアルドと共にアクトゥールを訪れていたが、夕暮れまで自由行動ということで観光を楽しんでいたものの、モモを追って駆け回っていたアルドに、協力してくれ、の一言でここまで全力疾走してきたのだった。
「して、探し物とその事情は、いかなるものだ?」
鋭い眼差しで問うたのは、東国より来たりしサムライ、シオン。
その凛々しい顔には、かすかに小さなひっかき傷があった。
それだけでアルドには彼がアクトゥールでなにをしていたのが大体想像がつく。無類の猫好きである彼は、猫にはそれほど好かれておらず、行く先々で似たような傷をつけているのである。
敵の動きを全て見切ったような戦い方をする彼だが、猫に対してだけはその爪と牙を甘んじて受けているようだった。
「探しているのは薬師の女の人だよ。事情は……ただの姉妹喧嘩、かな」
「なるほどね、いつの時代も家族のケンカというのは拗れるようだ。しかし薬師とは……ぜひともこの時代の薬学について伺いたいものだね」
「まあ、ほどほどにな」
続く青年の声は平静そのものだったが、その眼鏡の奥に好奇の光が灯るのに、アルドは苦笑した。
いかにも頭脳労働に長けた知的な印象の眼鏡の青年の名は、クレルヴォ。
遙か未来で研究者をしている彼だったが、アルドの時空を駆ける旅に関わって以来、ちょっとしたことでも旅に同行することが多い。それは彼の研究のためのフィールドワークというのが大部分の目的ではあったが、アルドのことも個人的に気に入っているのだと、彼の言葉の端々から読み取れた。
「徒歩だし、特別な訓練を受けたような人ではないだろうから、まだそんなに遠くへは行っていないと思う。ただ小柄だったから見えにくいところにいるかも」
「あっ、なら私たちが探します。ね、シオンさん!」
「うむ。どんな女性といえど、猫よりは大きいだろうからな」
猫好きの二人が顔を見合わせる。
二人並ぶとまるで姫と騎士のようないでたちだったが、彼らの関係はと言えば猫好き仲間であり、どちらかと言えばシオンがマリベルの方を師匠のように見ている節があった。
「ではより遠くは私が見よう。射手として、目は悪くない方だという自信はある」
「クロード、頼んだ」
「後ろからの魔物の警戒は僕が請け負おう。魔物に襲い掛かられて時間をロスしてはいけないからね」
「じゃあ、オレは前だな。よし、行こう」
口早にそれぞれの役割分担を決めて、アルドたちは足を進めた。
進む先は湖道ティレン、水と自然に溢れた美しい道。だが、その満ち溢れた自然は、魔物をも育んでおり、けして安全とは言えない道である。
駆け足で進むアルドの目に、前から影が飛び出してくる。
早速来たか、と腰に帯刀した剣にアルドが手をかけた瞬間である。
「おおおおおお!」
「おおおおおお!?」
野太い男の声がして、アルドは思わず足を止めた。
そして、足とともに手が止まる。声に臆せず構えたのはシオンとクロードだったが、その手は飛び出した魔物に攻撃を放つ前に空を切る。
なぜなら、魔物はすでに切られていた。それも、両断といっていい、力強さで。
「む、アルドではないか? 用事は終わったのか?」
「びっ……くりした、ベネディトか……いや、これから用事がある」
「それは木こりの仕事か?」
大きな斧を担いだ鋭い眼光の青年はベネディトと言った。
職業を木こりと主張し、ごくごく普通であることを常々強調する彼だったが、どこからどう見ても普通とはかけ離れた雰囲気を纏っていた。身のこなしや戦いの技が明らかに歴戦の戦士のそれなのである。
だが、だからと言ってアルドも仲間たちもそれを真っ向から否定したり、論戦など仕掛けて深追いするようなものはいなかった。アルドを筆頭に訳ありが多いというのもあったが、彼がそういう発言をするのはそうありたいという望みの発現であると察せられたし、何より誰かを害したりしようという気持ちがないのは誰の目にも明らかだったので、今や彼の一個性として受け入れられていた。
「木こりの仕事ではないけど……うーん、ベネディト風に言うなら、ごくごく普通の、人助け……かな」
「なるほど、ではごくごく普通の木こりも手伝おう」
「ベネディトさんがいれば百人力ですね!」
「俺は一人だが……そうだな、百人分ぐらい働こう」
その返答にマリベルはふふ、と笑った。
それじゃあ、とアルドは足をまた進めながら、ベネディトに事のあらましを説明する。ベネディトは
過剰ともいえるほどに『普通』にふさわしい働きを求めるため、誤解のないよう慎重に説明をして、役割分担はアルドと共に一番前を駆けることとなった。
こうして六人、生きる場所も違えば時代も違う、本来ならば会うこともなかっただろう六人は、協力して四方八方を探し回る。
そうしている間に、ふと思うことがあって、アルドは口を開いた。
「なあ……今回の姉妹、薬師と治癒の術の使い手…ってことで、もしクレルヴォとマリエルが兄妹とかで、その、こういう状況だったらどうする?」
問いかけに、草のかげをのぞき込んでいたマリエルが顔を上げた。
さすがにそこにはいないだろう……と思いつつも、何が正解かは事態が解決するまでは言えないので、アルドは黙っていた。
後ろでクレルヴォがふむ、と相槌を打つ。
「えっ! クレルヴォさんがお兄ちゃんだったら、すっごく頼もしいです!」
「同感だ。マリエルの人柄も良さは僕にはないものだし、治癒術の腕前も他にはなかなかいないほどのものだ。ぜひ色々と協力したいところだね」
「えへへ……」
「う、うん……二人はそうだよな……」
二人ともが嫉妬や世間の評判を気にする心とはあまり縁がない性格のなのだ。そこに広い友愛と合理的思考の差はあったが、あまりに理想的な関係の答えに収まってしまい、アルドは安心したような拍子抜けしたような、そんな気持ちで気の抜けた返事をしてしまった。
「シオンは……」
「もし私の妹がこのような事態を起こしたら、しごき直さねばと決意するところだな」
「き、厳しいな……」
「それでへこたれるような妹でもないからな。逆に少しぐらいへこたれる時もあっていいぐらいだが」
そう妹のことを話すシオンは、感情の入り混じった顔をしていた。誇らしいような、本気で困っているような。
アルドは、オレのことを話してる時のフィーネに似ているな、と思ったが、口には出さないでおいた。
兄たる者がする表情を妹のフィーネがしているのでは、どちらが兄だか姉だかわからないな、と複雑な気持ちになったからである。
「……クロードは、こういう相談を受けたことはないか?」
「そうだな……まあ、似たようなのものは受けたものがある。隣の芝生は青いとはよく言ったものだ。それが姉妹ならば、隣の鉢植えの花の方が美しいといったところかな」
「そうなんだよなぁ……オレはどっちも役に立つと思うんだけど、周りの評判もあるし辛いよな……」
「賞賛の声をはっきり聞くことが出来る者だけが、真に優れている訳でもあるまい。だが、それをわかっていても、自分の道を貫き続けるのは辛く苦しいものだ」
誰かに褒められることが事の真髄ではない。それがわかっていても、誰にも褒めらないのは辛く苦しい。これは言葉で説得してもどうにもならないことである。本人の心が、受け入れて乗り越えない限りは。
「森で迷ったとき、一人ならば危険だ」
ベネディトがクロードの言葉を継ぐように続ける。
「だが、一人ではないのだろう。仮に一人になったとしても、信じた道があるならばいずれ出口は見える。道とはそういうものだ」
「……そうだな」
まだ、モモとは直接話したこともない。
それでも、姉に反発してはいても、薬師として人を癒し続けているのならば、苦しくても道を外れることはないはずだと、アルドは思った。
モモが立ち去るときに、後ろに背負ったたくさんの荷物が見えた。最初は家出道具かとも思ったが、よく思い出してみれば、あれはすべて薬草や薬の入れ物だった。
「まあ、道がなくとも作ればいい話ではあるが」
「……もしかしていまの、最初から最後まで本当の森の話だったのか? というか、ベネディトの体験談か?」
「それ以外に何がある」
クロードがふ、と小さく吹き出した。彼もベネディトの言葉を哲学的に聞いた一人だっただろうが、話の結論を面白がっている。
「時にアルド」
「うん?」
「あそこに見えるのは、お前の探し人ではないか?」
「いや、早く言ってくれよ!」
その先には、水場に近い茂みに屈んでいる女性の姿があった。
背格好や、アルドが先ほど思い出した薬のたくさん入った荷物を背負っていることからも、彼女はモモで間違いなさそうであった。
「アルド、私たちはこちらで待っていよう。いきなり大人数で押しかけても警戒されるだろうからな」
「ああ、ありがとうクロード!」
片手をあげて謝意を示し、アルドは駆けだした。
クロードの後ろで猫と接触しようとしているシオンとマリエルが目に入って、つい苦笑がこぼれる。
「うむ、行ってくるといい」
「行ってらっしゃーい」
「また引っかかれるなよ、シオン」
こっちはこっちで大変そうな交渉だ、とアルドが思ったことなど、二人は気づかなかっただろう。
アルドが駆けだしたところでクロードはベネディトに会話を持ちかけ、クレルヴォは植物に関心が移ったようだった。とりあえず多少待たせてもみんな退屈することはなさそうだ、と安心して、アルドは最初の一言を心の中で探す。
「大丈夫だ、アルド。私にはこれがある」
アルドの後頭部に、やや興奮で揺れるシオンの声が届いた。
「煮干しはいるか?」
猫相手だったらそれでいいんだよなぁ、などとアルドは思ったが、続く猫の威嚇の鳴き声に、猫でもそれじゃダメだったか、と苦笑いした。
モモは何か作業をしているようで、後ろに近づいたアルドの足音に全く気が付かなかった。
「あのー……モモさん?」
いきなり大声で呼びかけては驚かせるかと、アルドは控え目な声量で呼びかけた。
だが、どうしても急に呼びかけたことには変わらず、モモは驚いてずるり、と下半身を水場に滑らせる。
「だ、だれ!?」
「驚かせてごめん。えっと、さっきお姉さんのネネさんと一緒にいた者だけど……」
モモはアルドの顔をじっと見つめた。
最初は疑惑の色だったが、ある一瞬を境に納得の色へと変わる。
「ああ……悪かったわね。姉妹喧嘩の間に挟んじゃって。気まずかったでしょ? あなたお姉ちゃんの彼氏?」
「いや違うけど。……そういう誤解、流行ってるのか……?」
「流行ってはいないと思うけど……もし彼氏だったら一番気まずいかなと思って」
「それは多分そうだな」
今ですらかなりややこしいのに、これ以上色恋など関わってしまったら、王道のややこしさの満漢全席である。
アルドはひとまず、自分が旅人であることと、姉のネネに頼まれてモモを追ってきたことを告げた。
「あのさ……まさかこのまま出ていくわけじゃないよな?」
「出ていかないわよ。勢いあまってあんなこと言っちゃったけど……そりゃ今の状況でどっちか出ていくなら私の方だけど、おばあちゃんから出ていけとか言われてないし、しがみついていつか見返してやるんだから」
「おお……すごいガッツだ……」
ふん、と鼻を鳴らしたモモに、アルドは感心するやらほっとするやらだった。
喧嘩の様子からすると大分追い詰められているのかと思っていたモモだが、見返すと言ってのけるほどの強い気持ちがあるなら、ひとまずは大丈夫だろうと。
「でもお姉さん、見下してはいないと思うよ。本気でモモさんのこと心配してた」
「本気で心配されるのがイヤなのよ。心配するっていうのは、弱いと思ってるってことでしょ」
むっとした顔をしたモモの言葉に、アルドは思わず腕を組む。
心配、というのをアルドはそういう風には捉えたことがなかった。
「いや……うーん、そうなのかな……それだけでもないような……」
「こっちは泣き虫お姉ちゃんが帰ってきたら、安心して仕事が出来るように……って思ってがんばってきたのに、これじゃ馬鹿みたいじゃない」
泣き虫お姉ちゃんという呼び名と、それを口にする声色の強さに、アルドはモモの負けん気を感じとった。おそらく彼女たちはどちらが姉だか妹だかわからないような姉妹だったのだろう。妹が姉を守っているような。それが急にそういう関係でなくなったから、戸惑っているのだ。
「なんだ、お姉さんのこと好きなんじゃないか」
「……悪い?」
「ぜんぜん」
姉への愛情を否定しないモモの言葉に、アルドはすっかり安心した。
この姉妹の関係は、一度ねじれてしまったがゆえに、戻すタイミングを失っていただけだ。それなら少し背を押すだけで大丈夫だろうと。
「じゃあ、ひとまず帰って安心させてあげようぜ。ここは日帰り家出するには危ないし」
「日帰り家出って……まあ、半分はそんなようなものだけど、薬の材料を取りに来てたのよ」
「あ、そうなのか。手伝うか?」
「大丈夫、十分な量はとれたから……」
アルドに促されて荷物をまとめていたモモの後ろから、忍び寄る影があった。
魔物だ。それも名をつけられるほど強大な脅威の。
「あぶないッ!」
「……っ!」
急いでモモを抱えて跳んだアルドだったが、彼女をかばっているがゆえに、剣を抜くことが出来ない。
初撃を受ける覚悟で、歯を食いしばる。
「アルド!」
だが、それをさせなかったのは、鋭く飛んだ一本の矢。
矢と共に名を呼んだ声で、仲間のものであると確信して、アルドはモモを抱えてその場から後退する。
「助かった、クロード!」
「恩ある友の窮地を救わずして、王とは名乗れまい。陣形はいつもの通りで?」
「ああ!」
「モモさん、こちらに! 安心してください、みんな強いですから!」
「あ、ありがとう……」
マリベルがモモの手を引いて、最後尾にクレルヴォを残し、六人のやや後ろに位置するように陣取る。
そうして、一度後退したアルドと入れ替わりに、魔物と相対する最前列は、シオンとベネディト。その後ろでアルドが立ち上がるのをクロードが支えた。
「周りの魔物も騒ぎ出した。残らず片づける」
「ベネディトはどんな危機でも変わらんな。頼もしい。……が、アルド、隙を見てそのご婦人を連れて離脱した方がいいだろう」
自らの行動方針と、助言をそれぞれ残し、シオンとベネディトの斬撃が戦場に走った。
相対する強大な魔物は、普段ならばゾル平原にいるはずの巨大な恐竜種。
あまりに大きなその姿に暴君龍と言う呼び名で呼ばれるそれは、巨体に見合わぬ素早さで腕や尾を振るい、獲物にありつこうと迫ってくる。
「ふん……どんな大きなものでも斬るのが木こりだ!」
鬼気迫る表情のベネディトの腕に、一層力がこもる。
幾度となく戦いの中で見せた大技。小さな魔物であれば両断してしまう剛力により放たれる、大木をも倒そうとするその技。
「はああああああああっ!」
怒号と共に放たれたそれは、暴君龍の胸元を捉えた。だが、致命傷を与えるには至らない。人にもいるように、魔物にもまた歴戦の個体はいる。おそらくこの暴君龍もそうだったのだろう。
ベネディトが技を放つ直前、わずかに後ろに下がったのは、命を脅かすものに対する危機能力が働いたのだろう。
けれど、それはアルドたちもまた持ち得るものだった。
「……ベネディトさん、気をつけて! 尾の大きな振りが来ます!」
「助かる!」
マリエルの叫びは、ほんの瞬きの間に現実となった。ただ、彼女の言葉がなかった場合の未来とは別の結果になった。
無事に尾の大振りを跳躍で避けたベネディトは、暴君龍から距離を取る。
こういったことは、何も偶然ではない。マリエルだけでなく、歴戦の経験から、敵の攻撃パターンを見つけ被害を少なくしたり、弱点を見つけて攻勢を有利に進めることはままあることだ。
それが咄嗟のコンビネーションで共有され発揮されることを、ある場所ではヴァリアブルチャントと呼ぶこともあるようだった。
それはまるで、音楽の流れを変える変調のように、戦局の風向きと、リズムを変える。
「速く、そして思ったより硬い。時間がかかりそうだ」
「ベネディトが言うなら余程だな」
「……しかし毒ならば?」
集まってきた小型の魔物を牽制しつつ、街の方角へと後退をしていたクレルヴォが提案した。
この六人で毒を扱えるのは二人。ベネディトとクレルヴォだった。
「なるほどな。だが俺の毒を乗せる技は、斬撃としては直接の痛手にはなりにくいぞ」
「ああ、だから毒を切らさないよう僕も前に出よう」
「あまり前に出すぎるなよ。マリエルに兄の治療をさせるのは酷だ」
大真面目に言ったベネディトに、またもや近くで矢を撃っていたクロードが小さく笑いをこぼす。
戦況はベネディトが一時抜けて防戦に傾いていたが、シオンとクロードの連携により、圧倒的不利になることはなく、そしていま大真面目の勘違いなのか冗談なのか分からない言葉を残して、再び参戦したベネディトの斧が加わったことにより、また攻勢に傾き始めていた。
「いやあれはたとえ話なんだけど……まあいいか、後で説明する。毒が効き始めてクレルヴォが戻るまで、後ろはオレが」
「ああ」
言葉を交わしてアルドは小型の魔物群に向かい、クレルヴォは暴君龍の牙が届かない程度、尾を躱せる位置へ。
「数が多いな……こっちにオレが来て正解だったかな」
アルドはざっと周囲を見渡してそう一人呟く。植物型の魔物たち一体一体は、脅威足りえるものではない。だが、両手では足りない数を相手するとなると、この中ではアルドがもっとも適任であった。
すう、と深い呼吸を一つ。アルドは姿勢を低くし、手にした剣を後ろに大きく振りかぶった。
そうして勢いよく地を蹴った跳躍は、その軌跡に斬撃を乗せた。
一閃、二閃。
十字を描いたその斬撃は、ベネディトのように魔物を両断するまでにはいかなかった。だが、駆け抜けてやり過ごすには十分な威圧。
「よし、マリベル、モモさんと一緒に!」
「はい! では先に……みなさん、体力回復の加護を!」
モモの手を引いたマリベルが駆け出しながら、振り向きざまに杖を一振りする。杖の先から、光の粒が降り注ぎ、暴君龍と対峙する四人へ降り注いだ。
「助力、感謝する。サムライとして、恩には答えねばな」
マリエルの治癒の術により疲労の回復したシオンは、手にした刀を一度鞘へ納める。
そうして先ほどのアルドよりさらに低い姿勢より放つ斬撃の名を、仲間たちは知っていた。
遙か東国の居合術。目の前の敵を鋭く切り裂く、神速の技。
「普賢一刀流…――『竜』!」
抜刀も、跳躍にも、音がしないその技は暴君龍の尾をとらえた。一瞬の間が空いて、血しぶきが上がる。
だが、これでも退かぬ草原の王者は、確かに暴君と呼ぶにふさわしいさまであった。
「やれやれ。一度戦いを仕掛けたら最後まで、か。生存本能には反するような行動だが……興味深い」
シオンの抜刀による一瞬の隙、それを逃さずクレルヴォは毒の入った薬瓶を投げつける。
それは杖より放った光線により、空中で砕け散り、暴君龍の傷へと染みわたった。
「クレルヴォ、君は十分な働きをした。下がってくれ。あとは我々が」
「ああ、そうさせてもらうよ。……その前に、僕の観察では前足の内側、そこが弱い。狙うといい」
「わかった。情報感謝する」
クロードと言葉を交わし、再び後退の道を進もうとしたクレルヴォの目に入ったのは、膝をつくアルドの姿。
「どうした、アルド」
「毒をもったやつがいたみたいで……大丈夫、ちょっとのめまいだ」
「そうか。あちら側にもいたか」
手早くアルドの小さな傷に、毒の中和薬を塗る。即効性の高いその薬はすぐに効果を示し、クレルヴォが顔を上げる頃には、アルドの揺らいでいた目は正常に戻っていた。
「よし、いけそうだ。このまま街まであと少し、あんまり相手にせずに走り抜け…――」
駆けだそうとしたアルドの目前に、大きな影が二つ、空中より降りた。
美しい青色の翼。初めて見た者は、神や精霊の使いとでも思ったかもしれない美しいその姿。
だが、その鳥型の美しい魔物が恐ろしいことを、アクトゥールに住む者はよく知っている。
ゆえに、水辺の悪魔と呼んで恐れられている存在である。
それが、二体。簡単に切り抜けられる状況ではない。
「くそっ新手……!」
「アルド! アナザーフォースを使え! 全員で叩く!」
後方で暴君龍を制するシオンが叫んだ。
アナザーフォース。アルドだけが扱える剣、オーガベインに秘められし、時空に干渉する力。
乱発することは出来ない力だが、使うならばいまだろう。
アルドは、オーガベインを引き抜いた。
「オーガベイン! 力を示せ!」
答えはない。その変わりに空気の流れがいやにゆっくりと感じる独特の感覚がして、確かにアナザーフォースが発動したことがわかる。
アルドはすべての守りを捨て、大技を繰り出さんと構えた。
「飛ぶ鳥を落とすのは射手と決まっているのだよ!」
構えの姿勢をしたアルドの横を、豪風ともいうべき風をまとった矢が通りすぎていく。
それに続いて、風圧だけでない、疾風をまとった斧の一閃が。
「一撃とはいかんか。シオン!」
「分かっている! ――…『紅天狗』!」
ベネディトに応えて、間髪入れずにシオンの斬撃が。炎をまとったそれは、アルドの技とも相性のいいものだ。
シオンに呼びかけられた時から、次に使うのはその技だろうと予想していたアルドは、剣に炎を灯す。
そうして大きく足を踏み込んで、猛火の一撃を。
「くそ…っ早く…!」
「まだまだ! 私もやります!」
「僕も力を貸そう」
降り注ぐ光撃が重なる中、アルドは空気のゆるみが戻ろうとしているのを肌で感じた。アナザーフォースは無限に使える訳ではない。あとの数秒でこの戦局に決着をつけねばならない。
「『鳳凰飛翔斬』!!」
「――…ケリュケールの誇りにかけて!」
シオンとクロードもそれを感じ取っているのだろう。二人ともが最大級の大技を繰り出したところで、時空は戻ろうとしていた。
「アルドさん、モモさんを! あとは任せてください!」
「頼んだ!」
ゆっくりと、蒼穹の羽ばたきが動き始めた。アルドはモモを担いでその脇を走り去っていく。
時空が元に戻れば、アナザーフォース中に行われた破壊が爆発的に起きる。余波を避ける為にも、すぐに走り抜けるべきだった。
「よーっし……!」
後ろで、マリエルがうきうきというか、わくわくとした声で気合を入れているのを聞きながら、アルドは必死で走った。彼女がどんな技を使うのかわかっているので、余計に焦って必死に。
「猫さーーーーーーーーん!! 来てくださーーーーーーーーーーい!!」
どどどどどど、とどこからともなく現れた猫の大群が、このアナザーフォースを締める一撃となるようだった。この技については、アナザーフォース中ならば猫さんも安全ですし、というのがマリエルの談で、実際、猫たちは結構な力強さでアルドたちの味方をしてくれた。
そうして、アルドの後ろでも、マリエルの呼びかけに答える猫が一匹。
あとは頼んだ、と相棒に心で呼びかけたアルドに、にゃ、と小さく頼もしく、ヴァルヲは鳴いた。
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