第7話 また会えるから


 その夜、クロは僕の側からいなくなった。

 ずっと、一緒にいられると思っていた。

 一緒に生きていけると思った。


 でもクロと僕の生きる時間は違っていた。早いスピードで成長する動物。

 犬は人間ほど長くは生きられない。


 そして当たり前のようにいてくれる、お父さんやおかあさんにも、いつかは「さよなら」を言わなければならない。


 初めて、生きる時間がスピードが違う事の悲しさに、僕は、しばらく元気を無くしていた。


「いつかこの気持ちは、ちゃんと整理されるのだろうか」

 今はそんな事はまったく思えない。

 若い僕はこれから、僕が好きな人、僕を可愛がってくれる人に何度もさよならを言う。

「僕だけが一人になってしまう」


 お父さんは、僕の様子に心配する。

 そしてこう言った。

「うちで動物を飼わないのは、食堂をやっている事もあるが、身近な者を先に見送る事になるから。それは何度味わっても、悲しいものだから」


 僕は、その言葉に答えを出せないでいた。

 動物と一緒に暮らす事は楽しい、でも別れがこんなに辛いなら、最初からいないほうが、いいのかもしれない。


 一番寒い季節を抜け、春へ向かう時、今川のおばさんに呼ばれた。

「少しは元気になった?」

「……うん、大丈夫」

 僕は出来るだけ、明るく話を始めたが、結局、悲しいと言ってしまう。

「いつか、分かれる必要があるんだ。みんなとも……」

 おばさんは微笑んだ。

「それが普通の事よ。裕太くんより、クロは先にいなくなるし、おばさんもそう」

「それは……だって……寂しいよ」


 僕の様子を見たおばさんは、玄関を出て歩き出す。

「一緒においで。本当はまだ早いのだけど」

「どこへ行くの?」

 おばさんの後をついて行く。

 その先に農機具がしまってある小屋。

 その中のシロの寝床。


「え? わあああ」

 僕は思わず大きな声を出した。

 シロのお腹のあたりに、六匹の子犬がいたからだ。

 六匹はまだ目も開いておらず、クーン、クーン、と鼻をならしながら、母親のシロのおっぱいを探っていた。

「……いつ生まれたの?」

「三日前かな……ほら、その子を見て」


 おばさんが指す先に、真っ白な兄弟混ざって、黒い身体の子犬が一匹。

 身体は黒で、鼻先と手足は白い。


「この子は……クロの子供なの?」

 おばさんが頷き微笑んだ。

「うん、クロの子供よ」

 僕はそっと、クロの子供を目の前に持ち上げてみる。

 小さな、ほんとうに小さなクロは、クーンと鳴いた。


「みんな……こうして自分を残していくの。決していなくったりしない」

 小さな身体から暖かさと、心臓の音が伝わる。

「おばさん、この子……」

「うん、裕太くんにもらってもらうよ。お父さんとお母さんとも話をしていたの。でも、もう少し大きくなってからね」


 僕の心の寂しさは、小さな子犬のおかげで消えていく。

 僕たちは、ずっと、こうやって生きてきた。

 一つの命が無くなると、新しい小さな命が現れて、またこうして出会う。


 「早く、大きくなれよ」


 僕の手の中で震える、小さな子犬。

 新しい時間が僕を待っていた。

 たとえ二人の生きるスピードが違っていたとしても。

 また、どこかで会えるから。

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僕の心のスピード こうえつ @pancoo

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