第6話 お別れを言いに

 次の日僕は、いつもより早く起きて、クロを見に行く。


「あ!」


 クロがいない……昨日、少しだけ元気になったように見えた、でも、歩き回る程ではなかった。家の中を探してみるがいない。


 玄関が半分くらい開いており、やはり外へ出たらしい。

 僕は急いで、上着を部屋に取りに行った。

 靴を履き、玄関から飛び出す。


 十一月の早朝は、息が白くなる程の寒さだった。

 昨日、獣医へ行った時に、震えていたクロを思い出す。

「あんな弱った身体でどこへ……」

 家のまわり、そして車庫と探したが、クロはいなかった。

 そのまま、近所へクロを探しに出る。二時間探したけど、どこにいるのか、手がかりさえ見つからないからない。


「一度家に帰ろう……」

 お父さんに相談する為に、家に帰った僕を玄関で待っていたお母さん。

「裕太、今、電話があって」

「もしかしてクロの事?」

「ええ、今川さんの家にいるって」

「今川さん?」


 近所、そうはいっても一キロほど離れている。

「なんで、今川さんの家へ? あ、そうか!」

「今川さんが後で、連れてきてくれるって言ってるけど」

 僕は首を振って、走り出す。

「今、連れに行ってくる」


 走って二十分で、今川さんの家に着く。

 ワンワン、数匹の犬が僕に吠えた。

 僕は大きな家の玄関へ向かった。

 ガラガラ、玄関の引き戸を開けると、今川さんのおばさんが出てきた。


「ハァハァ、すいません、うちのクロが……」

「あ、裕太くん、こっち」


 おばさんは、農機具を置いている小屋へと僕を連れて行く。

 小屋の奥の薄暗い中で、四つの目が光った。

 クロとシロだった。

 元気が無く、殆ど動かないクロの側でシロも、じっとしていた。

「クロ、おまえ……シロに会いに来たのか」

 シロはクロの彼女で、時々、車庫から脱走して、ここへ来ていたのは知っていたが、まさかのこんなに弱った身体で、彼女に会いに来るとは。


「すごいなクロ。ちゃんとお別れ言いに来たんだ」


 僕はしばらく、クロとシロをそのままにして、小屋の入り口で待つことにする。

 おばさんが「家に上がってお茶でも飲んで」と言ってくれたが、僕はそれを断り、二匹を見守る事にした。


 クロは薄く目を開いたまま、地面にうずくまって動かない。

 シロもクロの側で座って動かない。

 僕はその様子を見て、不思議な気持ちになる。


 ここで見るクロは、僕の知らないクロで、シロとの繋がりを持っている。

 クロにも、自分だけの生活があって、僕が思っていたより、ずっと広い世界で暮らしていた。

 クロとシロ、二匹はこれから起こる事を僕以上に、分かっているのかもしれない。


 初めて飼った犬クロ。

 いつまでもずっと一緒にいると思っていた。

 でも、一緒にいられる時間は短かった。


 僕はまだ親戚で不幸もなかった。

 近くの誰かがいなくなるなんて、想像も出来ない。


「そろそろ、帰ろうか、クロ」

 僕の言葉に、クロは目線で僕を追い、少しだけ頭をあげた。

「シロ、ありがとう」

 僕はシロの頭を撫でて、お礼を言い、クロを抱え上げて歩き出す。


 来たときよりゆっくりと、四十分ほどかけて、家に歩いて戻った。

 クロは僕の肩の辺りに、頭を置いて、大人しくしていた。

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