第4話 突然だった春
首輪をつけて、リード線でつないで、その端を持って初めての散歩に出かける僕とクロ。
クロが家に住みついてから、一ヶ月、傷もすっかり治ったクロは、外へ出たいとしきりに僕にねだった。
「死にそうだった」とお父さんに聞かされた僕は慎重になり、十日間はクロをなだめていた「もう少し我慢しようね」と。
初めて車庫を出たクロと僕に当たる風は、緑の草の匂いがした。
一ヶ月、僕もずっとクロの側にいたので、季節が変わったのに気がついていなかった。
四月も終わりそうな今、外は緑色に染まり、少し冷たかった風は、ほどよく暖かく、気持ちが良いものに変わっていた。
「すっかり春になってる……」
いつもは、雪がたくさん降るこの町、四月を過ぎてから来る遅い春が、すごく待ち遠しかった。そしていつもなら、冬から春へと、徐々に変わっていくはずの風景。それが一気に変化して、僕とクロは、春の中に飛び込み、心地よさを感じている。
全身で深呼吸をしてから僕はクロに言った。
「じゃあ、行こうか!」
僕が歩き出すと、クロは僕の前を進み始めた。
お父さんが、クロは猟犬だと言っていたが、目の前を歩くクロは、リード線をほどよく引っ張りながら進む。
僕の歩きが遅れたり、立ち止まったりすると、自然にクロも立ち止まった。
けっして強く引っ張ったり、勝手に進路を変えたりしない。
後でお父さんに聞いたら「猟犬は人と一緒に行動する訓練を受けている」と言っていた。
「あ、そうだ、クロ、こっちへ行こう」
クロの良く出来た散歩に感心していた僕は、クロが病み上がりなのを思い出し、田植えが始まった、田んぼへと向かう。
普段歩く道、アスファルトの固い道より、草が生え、柔らかい土の田んぼのあぜ道の方が、クロにはいいかと思ったからだ。
僕が向きを変えると、クロはすぐに僕の進む方向へ先回りして、歩き始める。
田植えが始まった田んぼには、水が張られて、小さな稲の苗が、一定の間で植えられている。
遠くから、ダッダッダ、とトラクターの音が聞こえ、僕が進むあぜ道の横の田んぼには、麦わら帽子をかぶり、手ぬぐいをした農家の人たちが、田植えをしている。
目が合うと、僕を見て嬉しそうに笑う、おじさんやおばさんとは、幼い時からの顔見知り。
田んぼを一キロくらい歩くと、小さな小川に突き当たる。五十センチくらいの幅で、いつもはその小川を飛び越え、左右に伸びる大きめのあぜ道へ進む。
それから左へ進み、少し大きな川へ出る。その川に掛かった木の橋の上で一休みするのが、僕のいつもの散歩だった。でも、今日はクロが心配だった、少しだけど、後ろの左足を引きずっている。
「今日はやめておこう」
僕は、その場でUターンして、今来た道を歩き出す。狭い道で向きを変えた僕の足に、身体をすりつけながら、クロもUターンした。
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