第2話 クロの怪我

 僕は自転車に乗って、町の駅前にある薬局へ。


「こんにちわ、傷薬、ありますか?」

「はい、ありますよ。どんな症状ですか?」

「車に跳ねられて、後ろ足を引きずるんです。身体にも大きな傷がたくさん」

「ええ! それはすぐ、救急車を呼んだ方がいいよ!」

「ケガしたのは、のらくろなんです」

「のらくろ? 漫画の?」

「犬です、黒い大きな犬」


「そ、そうなんだ……ビックリしたよ。じゃあ、これなんかどうかな?」

 傷薬をもらって、お金を払い、僕はまた自転車を走らせる。車庫の前に自転車を駐めて、シャッターの少し空いた隙間から中に入る。

「せっかくお父さんがのらくろって名前にしたけど、漫画とおなじになっちゃうし、呼びやすいからクロと呼ぼう」

 その日から、僕の犬はクロと呼ばれるようになった。



「これを塗らないと、治らないんだよ!」

 僕の声で、ハッキリと警戒の様子を見せた、クロ。大きな猟犬の警戒した姿に、怖さを感じる始めた僕。

 ガチャガチャ、後ろでシャッターが揺れる音、お父さんが車庫に入ってきた。

「裕太、動物はおまえの心を見ているんだ」

「僕の心? 心が動物には見えるの?」

「ああ、おまえの心がイライラしたり、怖がったりすると、どうしても態度に出てしまう。動物はそれを人間以上に、敏感に感じるんだ」


「僕の心が態度に出ている?」

「クロが信用していない。おまえも見知らぬ人が怒りながら、薬を塗ってやるから動くな!……って言ったらどうする?」

「そうか、そうだね」


 僕は頷いたが、残った不安をお父さんに話す。


「でも、大きな犬は怖い、でも傷は治してあげたい」

「時間が必要なんだ。おまえが心を開けば、クロはすぐに心を開く。それまでは、おっかなびっくり、それでいい」

 僕はお父さんが一緒にいる事に安心して表情が緩む。

 警戒心を持って下がっていたクロが、僕に近づいてきた。


「ほら、クロにも通じるんだ。楽しい気持ちや、優しい気持ちは、どんな動物にも分かる」


 僕は膝を落として、視線をクロに合わせてから背中に触れた。ビック、一瞬恐れを抱いたクロ。僕が手を引っ込めようとすると、お父さんが首を振った。

「怖がるな」と僕に言い、クロに語りかける。


「クロ、背中の傷は、おまえが舐めて治す事が出来ない場所、おまえの舌が届かないし、それに傷も深い。だからこれを塗る。痛くても我慢だ」

 瓶を開け、僕は薬を自分の指につけて、クロの背中に手を伸ばす、ゆっくりと、クロの目を見ながら。

 僕が薬を塗る間、今度はクロは動かなかった。


「ふぅう~」

 薬を塗り終わった僕は、緊張がとけてその場に座り込む。その姿を見ていたお父さんは嬉しそうに笑った。

「また笑う……僕にとっては、とっても真剣な事なんだけど」

 お父さんに僕の態度が、面白くみえるのが、ちょっと悔しい。

「真剣な時は、まわりなんか見えないだろ? やり遂げたから、まわりが見えるし、文句を言う余裕もあるんだ……ハハ」

「へんないいわけ」


 お父さんは僕の手を取って立たせてくれた。

「まあ本人が真剣な程、まわりには、おかしく見えるもんだ……でも、さっきの裕太の真剣な顔は格好良かったぞ」

 パンパン、僕はズボンを手で叩いて、ホコリを落としながら言った。

「良かったじゃなくて、面白かった……でしょう?」

「ハハハ、そうとも言うかな?……クロと初めの大切な事を終わらした裕太には、ごちそうが待っているぞ」

「え、今日の夕ご飯は何?」

「お父さんの特製、カレーラーメン」


「それ、お店のメニューの合体でしょう?ちょっと手抜きくさいよ」

「そんな事はない、特製だって」

「確かにお父さんの料理の腕は、認めるけどね……」

「そうだろう?さあ、お母さんも待っている」

「うん、クロ、また明日ね」

 クロは、ペトンと、お尻を床に落として座り、僕を見ていた。

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