お爺さんのおもてなし

お爺さんの家に入ってみると,志穂は驚いた。貝殻だらけだった。家の本棚も,壁も,床の間も,どこを見ても,貝殻が飾ってあった。


「貝殻をたくさん持っていらっしゃいますね!」

志穂が驚きを隠せずに,お爺さんに言った。


「全部自分でダイビングして採ったものよ。あなたは,貝殻好きか?」

お爺さんが志穂に尋ねた。


志穂は、首を傾げた。人気ドラマや芸能人の好き嫌いを訊く時と同じように,「貝殻が好き?」と訊かれて、違和感を覚えた。貝殻が好きかどうか,これまで考えたこともなかった。

「好きかな…。」

志穂が答えた。


「好きなら,はっきりと「好き」と言えばいいよ。」

お爺さんが志穂の答え方に不満があったようだ。


志穂は、それ以上答えないことにした。


「どうぞ。」

お爺さんがダイニングのテーブルに志穂を案内し,座るように合図をした。


志穂が座ると、お爺さんがすぐにお茶を淹れ始めた。


「俺は,奥さんが亡くなってね、一人なんだよ。趣味があるから一人でもやっていけるんだが、やっぱり、たまには,人とお茶が飲みたくなるんだ。」

お爺さんがお湯を沸かしながら,話し出した。


「そうですか。」

志穂が相槌を打った。


「お嬢ちゃんは?何か用事があって,一人でこんなところまで来たの?」

お爺さんがさりげなく尋ねた。


志穂は、宝石のことをお爺さんに話すかどうか,迷ったが,このお爺さんなら,例の宝石について何か知っているのかもしれないと期待した。


頭の中の声のことだけを伏せて,病床の祖母から告げられた衝撃の事実,貝殻のこと,宝石のことを洗いざらい話した。


お爺さんは、真摯になって,頷きながら,志穂の話に耳を傾けた。志穂が話し終わっても,お爺さんは、続きを待っているかのように、しばらく黙ったままだったが,志穂の話は終わったのを確かめると,お爺さんがようやく口を開けた。


「そこで,どうして海に来たのかね?」

お爺さんは、この点が引っかかったようで,志穂に尋ねた。


志穂は、はっとした。確かに,不思議な声のことを話さないと,話の辻褄は合わない。しかし,話さないと決めたのだ。

「何となく…海の宝石なのかなと…。」

志穂が小さい声で言った。


「俺は,貝を集めるのが生き甲斐でね,海のことには詳しいんだ…もしよかったら,宝石を見せてもらえないかな?」

お爺さんが申し出た。


志穂は、躊躇せずに,宝石を鞄から出し,お爺さんに渡した。


「これか…宝石珊瑚だね。別名で,八方珊瑚と言うんだが,深海で生息する珊瑚の一種だ。この色は,見たことないけどね…。」

お爺さんが指で宝石の表面をなぞりながら,言った。


「珊瑚ですか?でも,どうして,貝殻の中に入っていたと思いますか?」

志穂が追求してみた。


「それは,知らない。」

お爺さんが格好つけずに,素直に言った。すると,淹れ終わったお茶を志穂に注ぎ始めた。


煎餅を戸棚から出し,テーブルに置くと,志穂と向かい合うように,テーブルの反対側の椅子に座った。


「あの珊瑚にどの秘密が隠されているか知らないが,お嬢ちゃんの一番知りたいことは、恐れずに、自分の心の声にじっと耳を澄ませば,わかるんじゃないかな?」

お爺さんがふと言った。


「どう言う意味ですか?」

志穂が聞き返した。


「どう言う意味なんでしょうね…。」

お爺さんが鼻に皺を寄せて,笑いながら,言った。


志穂は、お土産に貝殻を何種類かもらい,親切なお爺さんにお礼を言ってから,急いで帰路についた。父親が帰宅するまでに帰らないと,心配をかけてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る