第36話 ベースの性格は持って生まれたもの

 嫌いっていう感情は悪だと思っていた。

 でも、違う。嫌いっていう感情と、もっと向き合って良いんじゃないかって最近思うんだ。

「そうなの?」

 親だから、血のつながった子供だからで気が合うとは限らないんだなぁって最近知ったんだ。

 おじさんも社会に出て、嫌いな人は、どう頑張っても嫌いっていう結論に落ち着いたからね。だから、嫌いなやつが親だったら、子供だったらと思うとゾッとした。

「なかなかえぐいこと言うね…おじさん」

 うん…正直、この世は『運』でしかないところもあるんだよね。

 本人の努力でどうにかできるところは限られている。だからこそ、変えられる可能性があるなら、人間って努力するんだろうね。

 生れてくる家族は選べないし、生れてくる子供も選べない。

 自分の寿命も選べない。でも、大人になって自立すれば生き方なら選べる。他人との縁も選べる。

「でもさ、親が子供を育てるんだよ?気が合わないってあるのかなぁ…」

 そこが落とし穴ではあるよね。

「どーいうこと?」

 おじさんは子供を育てた経験はないが、犬を二匹育てた経験がある。飼った時期はバラバラなんだけどね。

一匹目の勇敢な犬の時は、小学生から20才まで。

二匹目の臆病な犬は最近飼って、今も元気だよ。

「ワンちゃん?そ、それがどう関係するのよ。というか、ワンちゃん…この家にいるんだ…そわ…」

 まぁ、でかいんだけどね。外で飼ってるし、22キロある。

「でっか」

 まったく同じように育てたのに、性格が全然違ったんだ。

 犬ってさ、人間と違って、関わる関係も、環境も飼い主の目に見えるじゃん?

 不思議だよね。ほとんど同じ環境で育ったのに、性格が違うんだから。

 片方は、勇敢に育ち。片方は臆病に育った。

 勇敢に育った犬は、あまり指示を覚えなかった。ボールを持ってこいができなかったし、紐が外れるものなら、喜んで脱走しちゃったんだ。捕まえるの大変だったよ。

 臆病に育った犬は、指示をよく覚えた。ボールを持ってこいもできたし、紐をつけてない状態でも逃げないんだよね。臆病な犬にとっては、飼い主が付いて来ない外は怖いって思ってるみたい。

「え?その臆病な犬、22キロあるんだよね?でかいんだよね」

 そうだよ。ちなみに勇敢な犬は10キロだよ。

「どういうことなの?」

 犬も見た目じゃないってことだね。おじさんは、どっちの犬も贔屓はしてないよ。まぁ、そもそも可愛がるだけで、躾できなかったんだけどね。

「えー?じゃあ、誰がしたのさ」

 お父さんだよ。

「お父さん…」

 さすが、子供を育てただけあって、二匹ともしっかり人を噛まない犬になったよ。

 で、お父さんの躾を見てて思ったんだけど、指示を覚える速度が違ったんだ。

 それに、家族に対する態度もね。

 それってさ、親がどうこうできる話じゃないでしょう?


 勇敢に育った犬はとにかく、お父さんの…ボスに対する忠犬っぷりがすごかったよ。お父さんが来たら、ぴたりと隣につくんだよねぇ。でも、その忠誠心も自由には勝てないんだけどね。

 臆病な犬は全然ダメだった。自由奔放でよく怒られてるよ。おやつをくれないとわかると、すぐに小屋に引っ込むんだよね。忠誠心はおやつ次第。

「とても正直者ね」

 犬ってね。見ていて気持ちいいよ。正直者だからね。


 どっちも雑種で子犬でもらってきたときは、両手の掌ぐらいの大きさだったんだけどね。

「ちっちゃい~」

 可愛かった。成犬になっても、また違った可愛さがあるんだけどね。

 結局、この話の結論なんだけどさ。同じように育てて、これだけ性格に差がでるから、もうどうしようもないし。世の中、何も悪くないけど、性格が合わない親子っていると思うというか、大半がそうなのかもしれない。

「おじさんは、親と性格合うの?」

 ありがたいことに、実家にいることが苦痛に感じない程度には。

 

(おやつタイム中)


 赤、紫、緑とキレイな色をしたゼリーを食べるロリちゃんを眺めながら、ぼんやりと語った。


 私が大人になってから飼った、2匹目の臆病な犬。

 大人になって、客観的に躾をしてる自分の親を見て。

 この人達は、命を育てることが好きなんだなって思った。

「そうなの?」

 うん。うまく言葉で言えないけど、そう感じたんだ。


 正直、自分の中にちょっと虐待親になる可能性も感じた。調子の良いときだけ可愛がって、自分の気が向かない時は構わない。

 昔ね。ネットで、自分の子供を可愛いって思えないっていう文章を読んだことがあってね。そのときって、その文章を信じられなかった。

「そうだよー親は子供のことかわいいって思うの普通じゃないの?」

 でも、世の中、状況によっては、そう思えない可能性もあるっていうのが、ようやくわかり始めて…自分の頭の中の常識だけで語るのは危険だなぁって思った。

「そうなの?」

 うん。むかーし、読んだ虐待の本で。

 平成という時代で子供を餓死させた親の本。

 そこでは、子供にご飯を食べさせるより、テレビゲームを優先したと書かれていた。読んだとき中学生ぐらいで、なんてひどい親だと思った。

 でも、わたしもゲームのために徹夜したことがあって。もし、その状況で子供がいたら?…もしかしたら、その人と同じかもしれないっていう可能性がふと浮かんできたとき…何とも言えない気持ちになった。

「子供の命よりゲームってさ…ないでしょ」

 うん。そうだけどねー…。でも、実際はあった話で…。

「…」

 いつでも、どうすればよかっただろうかって考えることは無駄じゃないと思うんだ。


 一口ゼリーを食べながら、ロリちゃんが聞いてきた。

「おじさんは…子供育てるの向いてる人と向いてない人がいると思うの?」

 綺麗ごとを抜きにしてはっきり言おう。向いてる向いてないあると思う。

「ぶっちゃけたね」

 だからこそ、向いてないってわかったら、なるべく楽するように動いていいと思うんだ。でも、それは子供の世話をしないで、ゲームをしていいってことじゃない。

 ベビーシッターや祖父母を頼るとか。たまには、ご飯をレトルトにするとか。そういうの。うん。

 自分の欲を制御するって大事だなって思った。子供を育てるなら、なおさらだ。

「むずかしいんだね」

 自分が思ってるより、ずっとね。子育てしてる人はすごいよと思う。

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