第12話 新居
「マダム―、マダムいないのか?」
二階、いや、実質ここが一階なのか真ん中のドアを開けてハルトは誰かを呼びながら入って行く。
周りをみると、屋根はピンク、壁は黄色と派手目だけど綺麗に手入れをされた鉢植えの花や植え込み、レースで飾られた窓際。清潔感が好感持てる。
しばらくすると、一階、いやこの場合地下なのかな?とりあえず下から声がして来た。
「ハルトちゃん?ギルドの仕事から帰って来たのかしら?」
「お、マダムいたのか、入居希望者連れてきたぞ」
(いや、まだお世話になると思ってないんだけど・・)
「あら、まあ本当?」
ギシ、ギシ、ギシ、と階段がしなり、声のする方を見ると190センチもあろうかムキムキマッチョで、フリルの付いた可愛いエプロンをした、おと・・人物が立っていた。
「っ!」
あまりの衝撃で声がでてこない。前世も合わせてこのような人物とお知り合いになった事は一度もなかった。
「入居希望はこの毛玉ちゃん?」
「ああ、ちょっと薄汚れてるが、ちゃんと冒険者だぜ」
屈んで、ジロジロ見られたが、あるものを見つけ目を光らせる。
「あら、やだこの子、角が生えてる~魔族の子ね!可愛いわ!!」
さらに顔を大きな手でグイっと上に向けられる。
「綺麗な金色の瞳、いいわ~あなたすごくキュートよ」
「こ、こんにちはアンジェリカと申します」
あまりの衝撃に固まっていたが、やっと喉の奥から声がでた。
「はい、こんにちは、あたしはここのオーナーマダム・ソルチェンコよ」
「ここはね、冒険者専用の共同住宅なの、部屋は少し手狭だけど月、銀貨6枚よ。あと1枚出すと朝食付き」
指を突き出し、ウインクする。
「あ、はい7枚朝食付きでお願いします・・・」
勢いに押されて契約成立してしまいました。
「それでさ~マダム、こいつ小汚いんで磨いてくんないかなあ、銀貨5枚だすからさ」
「あら、今日は太っ腹ね、いつもお家賃、遅れてばかりなのに」
「うっせ」
「たしかにこの毛玉ちゃん、ケダモノ臭いのと髪の毛なんとかしないとね」
ギラリッとこちらに目を向ける。
「え?」
ハルトが街道で言っていたマダムになんとかって・・
ぱん、ぱん!
「リルルちゃん、リルルちゃんちょっと手伝ってちょうだい」
手を叩いて誰かを呼ぶとまた下の階からグルグル眼鏡のおさげの娘が上がって来る。
「なんすか、マダム?」
「この子、洗うからお風呂の用意して頂戴」
横にいたハルトに小声で聞く
「彼女は?」
「んー、此処の住人でマダムの娘」
「?!」
思わず口を押えた。
リルルと呼ばれた娘は私をジッと見ながらクンクン鼻を動かす。
「くっさ!きったな!!こりゃ全力磨きですな」
と、吐き捨てる。
「あ、あのそんなに汚いですか?」
問いかける間もなく手を引っ張り、連行されていく。
「はいはい、こっちよ~」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待って・・・」
――この後、私は地獄の様なヘマチのゴシゴシ磨きを全身に受ける事となった。
一階のリビングでお茶を飲みながら午後のひと時をのんびり過ごすハルト。
先ほどまで階下でアンジェの悲鳴が聞こえていたが、静かになってから大分経つ。
しばらくすると、ギシ、ギシっとマダムが上がって来る。そのすごーく満ち足りた表情を見たハルトはアンジェがどんな目に会ったのかは想像に難くない。
「マダム、終わったん?」
「ふふふふ、私の最高傑作よ、見て頂戴」
そう言うと、後ろから上がって来るアンジェリカを見た瞬間、お茶を零した。
灰色だった髪の毛は本来の銀髪を取り戻し、腰下まであった髪は綺麗にカットされ、角の横にリボンを着けて左右でツインテールにしてある。毛先が少し赤いので綺麗にグラデーションが掛かって特徴的だ。
顔は色白の肌に付いていた汚れが取れて、太い眉と金色の目がより目立つ。服は明らかにリルル作のフリフリドレスに似つかわしくない胸が窮屈そうに押し込まれてる。
アンジェリカの後ろからリルルがドヤ顔で上がって来る。
「どうよ!ハルト君」
自慢げない胸を張る。
「・・・」
ハルトは唖然とした。綺麗になったのもそうだが何より、魔族要素と胸を除けば記憶の中にある姫姉様そのものなのだ。
「ハルト・・」
彼の表情を見て私はもどかしさを感じた。しかし同時に(まだ早いよ)という気持ちの方が大きかった。
「ハルト、ど、どうでしょうか?」
「ん、おお、いいんじゃないか、でも冒険者の恰好じゃねえな」
お互い、動揺を隠すように答える。それが自分でわかっている分、滑稽で少し哀しい。
リルルが割って答える。
「そうなんだよね~、予想よりおっぱいが大きいからちょっとバランス悪いのよね」
「いや、そこじゃねえから」
ハルトがツッコみを入れると私と目が合い、苦笑する。
「ハイハイ、取り合えずキレイになったから、早速アンジェちゃんのお部屋にご案内するわ」
マダムが空気を読んだのか、話を変えると同時に私にウインクする。この方は見た目以上にすごい人なのかもしれない。
マダムに案内されて二階に上がる。登りきると正面に廊下があり左右に二つずつドアがあり、四部屋あるようだ。
「手前右の201号がハルト君で、アンジェちゃんは対面の202号ね、他はまだ空き部屋」
「マダムさんやリルルさんは?」
「さんはいらないわ。あたしは基本、一階にいるわよ。リルルは地下の裁縫工房に籠ってるわね」
「なるほど、ところで何で冒険者専門なんですか?」
「あたしも昔は冒険者だったのよ」
昔を懐かしむように天井を見上げる。
「なるほど、後輩を応援ってわけですか」
「ん~、それもあるけど冒険者って明日が不安定でしょ?だからいつでも帰れる家を提供したかったってのが大きいかな」
「すごく素敵です。尊敬します」
少しマダムが考え込んで口を開く。
「違うのよ、
「え?」
「あたしの相方をやってた女冒険者の娘。さっき言ったでしょ、冒険者は明日が不安定って」
「そんなもんだからね、先の戦争で傭兵でもないのに実入りがいいからって、娘を預けて、あたしの反対を押し切って参加したの。そして二度と帰って来なかったわ、あたしがもっと強く止めればよかったのにね」
「・・・」
「母親を呼ぶ小さいリルルを見てね、その時あたしはこの子の母親になって育てる決心したのよ。で、現在に至るわけよ」
「・・・えっと、やっぱりすごく尊敬します、簡単に出来ることじゃないです」
――なんだろ、すごくいい話なんだけど、どこかが斜め上にズレてるような気がする。
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