第10話 焚火

 生まれ変わってからこの十五年、フードの神様に必要な人以外は関わるべきではないと忠告されたが、やはり自分の前世に関わってきた人々のその後は知りたかった。

「味が似てますか・・・、君の御父上は何をしてらっしゃるの?」

「ハルトでいいぜ、親父はミルサリアでしがない鍛冶屋やってるよ」

肉を頬張りながら興味もなさそうに答える。


――ああ、無事でよかった、私の育った環境下では外の情報というのが殆ど入ってこなかったので、ハルトに会えてよかった。


「まったく、あのくそ親父ときたら、料理と剣の腕前だけはよかったな」

「そんな風に言うものでは・・」

と言いかけると、ハルトは愚痴を言い始める。


「あのくそ親父は元々、エスペローゼ王国の将軍やってたんだ」

「御立派ですね」

「全然、立派じゃない!戦争が終わってしばらく捕虜になっていたらしいが、二年後恩赦で帰って来た。でも帰って来たら来たで、酒浸りの毎日」

「・・・」

「挙句、殿下を守れなかった、守れなかったと喚いてはまた酒飲んで、おふくろが代わりに身を粉にして働いて家族の生活を支えてたんだ」

「そのうちにおふくろが過労で倒れたんだ。そんな時、旧友のロックウェルのおっさんが助けてくれてさ、親父をボコボコにして改心させたんだ」


ロックウェル卿もご健在でしたか・・・よかった。


「まあ、その後は鍛冶の仕事について、多少家の事をしておふくろの負担を減らしてたな」

そう言いながら薪をくべると、焚火の炎がぱちぱちと音を立てて夜の帳を照らす。


「そういえば、ハルトは何で冒険者やってるんですか?」

頭を掻きながらキョロキョロすると照れ臭そうに口を開く。


「まあ、お前になら言ってもいいか」

「俺、ガキの頃、エスペローゼの姫様に可愛がって貰ってた時があったんだよ」

遠い目をして続ける。

「しょっちゅう城に行っては姫様に遊んで貰ってた、そんなある日、俺に姫様が自分のやりたい夢を語ってた時があったんだ」


 スープを口に運びながら考える。あったような、なかったような?どうも記憶が曖昧。


「いつか、いろんな国を巡って冒険をしてみたいって、だから俺は代わりに冒険者を目指そうと思って家を出たんだけどね、親父には反対されてたけどな」

「でも、お母様は?」

「ああ、大丈夫、親父には内緒で手紙のやり取りしてるし、仕送りもしてるんだぜ、おかげで貧乏だけどな」

ニカっと笑う。


その顔をみたら、なぜか胸が熱くなる。私の代わりに冒険者になろうとするなんて!


突然ハルトは、アンジェリカに頭を捕まれ、やさしく胸に抱きかかえられた。

「むー、むー!」

徐々に力強く大きな胸に埋められてバタバタしている。


あー、ハル坊可愛い!、可愛い!!何故だろう?とても愛おしい。


頭を胸にぐいぐい押し付けていると、不意にザイド将軍の顔が浮かぶ。


『殿下、あまりハルトを甘やかさないで頂きたい!!』


「はっ!」

気が付くと、ハルトはアンジェリカの胸の中で気絶していた。

〈チーン〉

「ご、ごめんね・・・」

不用意に自分のしていた行為に赤面する。そして火照った顔を覚ますように夜空を見上げた。




 暖かい、起きなくちゃと思いつつ、ふんわりした暖かさと寝心地に獣臭い匂い・・・けもの・・。

ハルトはガバッ!と起きようとした瞬間、二つの大きな物体に顔が当たる。


「おぶぅ!」

「あ、起きた?」

と言いつつ、太ももに乗せたハルトの頭を覗いてみる。


 周りを見ると、もう朝焼けが地平線に広がっている。夜明けが近い。

「悪い、ずっと寝ていたみたいだ、すまない見張りを一晩中任せてしまって」

照れつつ起き上がる。


「いいのよ、私のせいだし、ごめんね」

昨日はちょっと変なテンションだった、お酒が入った訳でもないのに。

しばらく二人は無言だったが、ハルトが声を掛けてきた。


「あと半日くらい歩けばレバンドだ」

そう言いながら寝袋を片付け、荷物をまとめ始める。


「はい」

私も焚火を消し、鍋を掃除用の布キレで拭いてると、底に張り付いたキノコの欠片を見つけた。

 マジルーム、国によっては禁止されてるが一応食べられるキノコ。食べると気分が高揚し、酔っぱらった感じになってしまうものだ。変になるはず、私とした事が。自嘲気味に笑い、片づけを続ける。


 太陽が水平線を上り始めると、二人は荷物を抱え森の麓からレパントへの街道へと出る。此処からは平原を一本道なので楽なものだった。



 街道をハルトが先頭で私がついて行く形で歩いてると、ハルトがこちらに振り向き、聞いてくる。

「お前、街へ出入りできる証明書がほしいなら、俺の世話になってる冒険者ギルドで登録したらどうだ?銀貨5枚掛かるが、一番簡単だぞ」

「それに住民の登録は、街に住屋を持たないといけないし、魔族だと許可が下りにくいかもしれない」

「んー、元々冒険者に転職しようと思ってたから、ハルトの言う通りにしようかな」

――種族差別は何処も同じね。


「ところでアンジェお前、お金あるのか?もしなかったら昨日の魔石とか売ったお金が結構入ると思うから出すぞ?」

「失礼な、身なりはボロでもちゃんとありますとも。街道を通る旅人や行商人に狩りで得たお肉や毛皮を売ってましたし」


ふーん、と感心して前を向くと、何かを思い出したかのように再び振り向いて指摘する。

「そうだ、お前なんか獣臭いんだけど、風呂に入っているのか?」

「またまた失礼な、水浴びくらいはします」

「入ってねーじゃん」

「そもそも、森の中で生活してたし、石鹸の匂いがしている狩人なんていません」


「そりゃわかるが年頃の女の子が・・・はぁ、マダムにお願いするか・・」

何かを言いかけ、再び前を見て歩き出す。

「?」

――彼の言いたい事はわかるが、そもそも街に入れない時点で察してほしい。多少は気にしてるんだから。



しばらくすると、商業都市レバンドの城壁が見えてくる。


城門近くまで来ると、ハルトの知り合いらしき門番が声をかけてきた。


「よう、ハルト!無事に戻ったのか、お前の仲間は夜半に帰って来てたぞ」

「は、あの程度で死ぬかよ!それにしても薄情なやつらだぜ」

「事情はどうあれ、パーティーメンバーを置いてくるのは感心せんな、お前も身の振り方考えた方がいいぞ」

「ああ、ご忠告どうも」


「ん?なんだそっちの大荷物抱えた毛玉みたいなやつは」

後ろに控えて話を聞いていた私に門番が気が付く。


「ああ、実は・・・」

ハルトが門番に耳打ちをする。


「なるほど、魔族の流民か、まあハルトが身分証を発行されるまでちゃんと面倒みれるなら・・」

無精ひげの顎を手でなでながらこちらを見る。


「恩に着るぜ、バグジー!」

「おう、それと揉め事は勘弁しろよ。あと今度おごれ」

「ちゃっかりしてやがる、わかったよ」

軽口を叩きながら門のトンネルに入ると、こちらに振り向いた。


「おう、話はついた行くぞ」

門の中ほどでハルトが私を手招きする。門番のバグジーにペコリとあいさつして、ガチャガチャ荷物を鳴らしながら後に続いて門を潜って街の中に歩いて行く。


その後姿を見ていたバグジーはアンジェリカのお尻を見送りながらポツリと呟く。


「ありゃ、いい女に育つなあ」



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