第9話 再会

 短剣を見つめる隙だらけのアンジェリカを見て、アースグリズリーは勝利を確信する。

 両腕を大きく振り下ろし、鉤爪が何かを引き裂いた、しかし手の爪に引っかかっていたのは破れたフードだけだった。

慌てて周りを見渡そうとした瞬間、右足に刺さったままの剣が蹴られ、さらに深々と突き刺さる。


「グギャアアア!!」


 悲鳴を上げ、たまらず倒れ込むと、アンジェリカは持っていた短剣をすかさず頭が下がったタイミングを見計らって、顎の下から短剣を深々と突き刺す。


「グガ!」

そしてその巨体は轟音と共に崩れ落ちていった。


 アースグリズリーの頭から短剣を抜き去る。一度、空を切って血を飛ばし、自分のボロで血糊を拭うと、ぼーっとしている青年に短剣をクルリと回し、柄の部分を渡しながら、話しかける。

「短剣ありがとう、君、名前は?」


 明らかに年下にしか見えない彼女がすごく大人に見えた。それは金色の瞳と魔族特有の角、そして毛皮の隙間からチラチラ見える白い肌が妖艶さを増してるからなのかもしれない。

そして青年は憮然として答える。


「っ貸した覚えはないけどな」

短剣を受け取ると腰の鞘にしまい込む。

「俺の名前はハルト、ハルト・ランカスター、冒険者だ。」

短剣を見た時から何となく、そうなんじゃないかと思ってた。


「ふ~ん」

マジマジと顔を覗く。さらにぐるぐる回りながらジロジロ値踏みするように見回す。

ダークブラウンの短い髪、まだ少年ぽい顔つきと私より数十センチ高い170以上ある背丈、記憶の彼方にある8歳のハル坊と重なる。


(ふふ、あのハル坊がこんな格好良くなっちゃって、ちょっと嬉しいような悲しいような。あの時から十五年たってるから23歳かあ、こうやって会えたのも縁の力なのかしらね)


「な、何なんだよ、冒険者なんて珍しくないだろう?」

見られて少し赤くなってるのを隠すように、質問をしてくる。

「お前こそ名前は?なんで魔族がこんな所にいるんだ?」


「私の名前はアンジェリカだよ。狩人が森の中に居るのは変かな?」


「アンジェリカ?!」

ハルトは名前を聞いて、ハッとする。


 幼少の頃、自分を実の弟の様に可愛がってくれた姫姉様の顔が重なってみえる。特徴的な眉と意志の強そうな目元、見れば見るほど似ている。しかし決定的に違うのは彼女が魔族で、こんなに胸はでかくなかった。


「君、なんか失礼な事考えてる?」

目線が胸元に行った瞬間、ジト目で聞く。


「あ、いや、なんでもない」

プイっとそっぽ向いた。少し赤くなってるのが見えると、当時を思い出す。相変わらず可愛い。


 そして話を逸らすように話し出す。

「それにしてもお前強いな、手負いとはいえ、あんな手際よく懐に入り込んで止めを刺すなんて」

「君が剣を刺しっぱなしにしてくれたお陰だよ」

「っておい、嫌みかよ」

「まさか、素直に感謝してるのよ」

「それより早く部位を取ったり魔石を取らないと横取りされちゃうわよ」

と息絶えたアースグリズリーを指さす。


「え?、でもあいつはお前が倒したんだから権利はお前にあるんじゃないか?」

「んー、いいよいいよ、その代わりちょっと私のお願い聞いてもらうから」

「俺、そんなに金持ちじゃないぞ」

怪訝そうな顔つきで私を見る。


「金銭要求じゃないよ、私魔族だから町に入りづらいのよ、だから身元保証人になってほしいわけ」

「ああ、なるほど身分証明がほしいわけか」

納得のご様子。そう言いながら魔物から自分の剣を引き抜き、爪や魔石などを取り始める。


魔石―――魔物の核に当たる部分。当時、魔神の影響はこの石に強く与え、狂暴化していた。失われると体は黒く変色し土の様に崩れて消える。部位と同様、相手を倒した証しともなる。また、角や牙、爪などの部位は魔石と離れた時点で体と同様に変色して土埃に変わるが、冒険者などの間でよく使われてる専用の革袋を使うと、劣化が抑えられる。


 ハルトは嬉々として革袋に爪や牙、内臓の一部を詰めて行く。そして・・

「おお、でかい!」

拳大の魔石を取り出す。青紫の水晶の様な石を持って喜んでるハルトと魔石を見る。

――あれ、あの石なんか既視感があるなとアンジェリカは何気に思った。小さい石だとあまり気にはならなかったが。



 一通りの作業を終えたハルトが木陰に座ってる私の所へやってきて声を掛けてきた。

「よう、終わったからレバンドに戻ろうと思うんだが、来るんだろ?」

「あ、そうねちょっと待ってて、準備してくる」

そう言いながら廃墟の奥に消えていく。



――ハルトが拠点にしている街レバンド。元ロベルタ王国首都であったが現アシタール共和国の衛星都市のひとつである。十六年前の陥落で都市規模は半分以下になり、現在は中規模な商業街になっている。街の外にはかつての王城が廃墟となって今も佇んでいる。



アンジェリカを待っている間、ハルトはおもむろに腰にぶら下げてたゴードシープと言われる家畜の胃袋を加工して作った水筒を取り出し、一口飲む。

そして、背中に背負ったバックに本日の収穫の重みを感じてニヤニヤしていると彼女が戻ってきた。


「おまたせ~」

「おう、はやかっ・・ええ?」


ガチャ、ガチャ、音を立ててアンジェリカは継ぎ接ぎされた大きな風呂敷包を背負ってやってきたのだ。

「一体何入ってるんだ?」

呆れ顔でハルトが聞く。


「私のこれまでの成果ですよ」

ニコリと答える。

「まあ、いいけど手伝わねえぞ」

「あら、女の子にはいつも優しくって教わったでしょ?」

「!何でお前が知ってるんだよ」

「あら、一般的な話よ」

おっと危ない、危ない。

結局、街まで一部持つ羽目になったハルトであった。


その街までの道程でキャンプを張り、火を起こす。


「明日には到着できそうだな」

「そうね、じゃあ先に寝かせていただくわ」

「え?それだと夜中から明け方はお前が見張り?」

「夜目が効くのよ、だからその方が都合いいでしょ?まあ、慣れてるし」

自分の目を指さし答える。


アンジェリカは自分の荷物から小鍋を出すと、大きめの革袋から鳥の肉を出し、鍋で焼き始める。焼き色がついたら水筒から水を注ぎ、芋やら山菜を入れ小さな筒から調味料を目分量で何種類かパラパラ入れると鍋の蓋をする。

一連の作業を見ていたハルトが感心する。


「へー手際がいいな」

「そう?森暮らしだったからね」

「俺なんか冒険中は干し肉と塩の固いパンばっかりだったぜ」

「パーティー仲間に料理出来る人いないの?」

「だめだめ、俺も含めて誰もまともに出来ないよ」

そういいつつ手をヒラヒラさせて、苦笑する。


たわいもない会話が続き、その間に料理が出来た。お椀に注ぎ、ハルトに手渡す。熱そうに食べると、彼の口からこんな言葉がでた。

「親父の料理の味に似てるなぁ」


アンジェリカの心が少し波打った。

(ザイド将軍・・・)






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