第5話 落日

「フレイムハートソード!!」

アキラが紅き剣を面前に構え、叫ぶ。


 途端に剣の刃先が赤く輝き、ブンッ!と一振りすると炎が剣の軌道に合わせて尾を引く。


(・・・なるほど、今までは剣の能力は発動していなかったわけですか)

その様子をみて、アンジェリカは後ろ手で拳を回して皆に警戒態勢を指示する。

この時点では私はまだ、ある程度アキラに対して粘れると踏んでいましたが、それがどれだけ甘かったかをすぐに認識する事になった。


 兵士達は次の魔法に対しての対応する為、アキラの一挙手一投足を見ていたが次の瞬間、アキラの存在が蜃気楼のように揺らめいたかと思ったら兵士が次々と倒されていく。

「ぐぁ!」

「あぁ!!」

「ぐふ!」

 何が起こったかわからない兵士達は恐慌状態に陥り、闇雲に剣を振るうが意味をなさないどころか十人ほどの兵士がものの一分でバタバタと倒れる。


 その光景を見た私の体から汗がどっと吹き出し、目で左右を警戒する。その時、いつの間にか背中合わせの位置に移動してるザイド将軍が叫ぶ。


「殿下!お忘れか?剣の修行中に出会ったスレイウルフの群れを」

「えっ」

「奴らは深い闇の中で獲物に対して自由に襲い掛かります。それに、どう対応しましたか?」

「!――気配・・・やってみます」


 しかし、焦っているのかなかなか集中してアキラの位置を特定できない。そうしている内に残りの兵士が次から次へと倒され、最後の兵士達も円陣を組んで対応したが内側に魔法を撃ち込まれ、吹き飛ばされる。


 ザイド将軍は気配を掴み、なんとか剣の攻撃や魔法を避けていたが、兵士を片付けたアキラがお前で最後だと言わんばかりに襲ってきた。


「君、さっきから邪魔。エアブリット!」


 ザイド将軍は真横から気配を感じ、すぐさま大剣を構えるが圧縮された空気の衝撃波が彼を襲い、十五メートルほど吹き飛ばされ轟音と共に壁に叩きつけられてた。

「ぐふぁ!!」


「ザイド!!」

 壁にぶつかった衝撃で気を失ったのか、ザイド将軍は動かない。思わず駆け寄ろうとした時、気配が近づくのを感じた。


 気配と殺気!正面か!!

素早く剣を前に構えた瞬間にガキンという鈍い音共に紅き剣先がアンジェリカの剣と交差する。

「おお、さすがアンジェちゃん!でもいいのかな?」

いつの間にか目の前に現れたアキラが不敵に笑う。


 紅き剣が輝きを増すと、アンジェリカの鋼鉄ショートソードがジューっと音を立てて交差している部分が溶け始めてる。

「っ!」

間一髪、つま先で後ろに飛ぶと同時に剣は真っ二つに切れ、刃先は回転しながら壁に突き刺さる。


 ガラン!目を落とすと胸に着けていた白いブレストアーマーが無残に二つに切れて落ちていた。間一髪、避けなかったら私も二つになっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

息が上がる。――これが勇者の力。


「おっと危ない、剣だけ排除したんだけど力が強すぎた」

「でもちょっといい眺めかな?アンジェちゃんのちっぱいもいいよねえ」

私の胸元を見てニヤついている。


 鎧下の服まで切れて白い胸の谷間が見えてしまっているが、気にしてる余裕がない。すぐさま腰に着けているハル坊と交換したもう一本の剣をすぐさま構える。


「ん?あざ?」

彼の目が胸の谷間から下にある紋章のような痣が目に入ったようだ。


「私に勝てば、いくらでも見せてあげますよ」

それを誤魔化す為に軽口を叩いてみせる。


「ヒュウ~♪その言葉忘れんなよ」

そう言うと同時に残像を残して声だけが響く。


 盗賊系の魔法技でしょうか、書物で色々な魔法を知っているつもりでしたが、世界はまだまだ広いという事でしょう。しかし、関心してられません、対策を考えないと。


――辺りの様子をみる。瓦礫と化した柱の端々に倒れた兵士達、そして壁の瓦礫に挟まれて動けなくなったザイド将軍。そしてに目がいく。

 私に出来る事は、相手の僅かな気配や殺気を先に捉える事ですが、正直自分の能力では五、六歩程度の距離、ならば。


緊迫した空気に押しつぶされる気持ちを抑え、神経を尖らせる。


「!」

後ろから来る!確信に似た何かが足を動かした。


 アキラは真後ろからアンジェリカに近づくも、突然自分が壊して入ってきた入り口にダッシュする彼女に驚き、猛追する。


 当然能力アップで加速してる分、簡単に追いつき彼女の肩に手が届きそうになったその時、またしても足の脛に何かが引っかかり、左旋回しながら盛大にぶっ倒れるアキラ。

「ぐは!また、これ!」


 その様子を横目で確認したアンジェリカはザザッっと足でブレーキを掛け急旋回してアキラ目指して剣を構えて突進する!


「ちょ、ちょまっ!!」

 最初の罠に引っかかり、頭の中が白くなったアキラは防御魔法もおぼつかず、素手でガードするが、剣先は一気に喉元を突き立てるかに見えたその刹那、



一本の光の槍がアンジェリカの背中から貫く。



「かはっ!」

私は背中を鈍器で叩かれたような衝撃に襲われ、言葉にならない声を上げる。


 手でガードしているアキラの真横をまるでスローモーションのように、アンジェリカは倒れ落ちた。


「アンジェリカ?!」

アキラの手と顔に自分のものではない血がぽつぽつと降りかかる。


 入り口方から三人の女性が走りこんできた。

「アキラ様!大丈夫ですか!!」

 足を付いてるアキラに抱き着く白い法衣を着た赤毛の美しい女性、エリーシャ王女だ。

「申し訳ありません、遅くなりました」

鎧を着こんだ長身の美人なエルフはシャーリー


「ああ、御労しい姿、アキラ様」

その隣で涙ぐんでるむっちり体型の魔導士のエルフはフロリア


 血だまりに倒れてる私を、シャーリーは忌々しそうに見ると

「この女の止めを刺しますか?」


「だ、だめだ、エリーシャ!回復魔法を!!」

慌ててアキラが制止する。


「なぜ助けるのですが、この女はアキラ様の命を狙ったのですよ?万死に値します!」

「です!です!」

 眉間にシワを寄せて抗議する。エルフの二人は当然、後一歩でアキラが死ぬかもしれない状況だったのが許せないらしい。


 ただ一人、哀しい表情で傷口をみていたエリーシャは頭を左右に振りながら告げる。

「アキラ様、すでに手遅れです。出血が多すぎて高位の回復術でも無理かと」

その答えを聞いたアキラは絶句する。



―――なんだろ、意識はあるのに体が言う事聞かない。床に倒れている事はわかる。アキラ達が隣で何か言ってるけど、よく聞き取れない。


「ごほっ、ごほっ、・・・ア、アキラ、あなた・の・・かち、ね。や、やくそくは・・まもれ・・ないや」

体が重い、目もよく見えない。


「ザイド、ハル坊、・・さいごまでつきあって・・くれた、へいしのみん・な、」

「・・・ごめん・ね」

うわ言のように小さく呟く。


なんか、ねむい、眠いなあ・・意識がゆっくりと暗闇に落ちていく。


――お父様、私はちゃんと出来たでしょうか?




アンジェリカ・エスペローゼの17年刻んだ時計はこの日、止まった。









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