第2話 王宮
エスペローゼ王国。森に囲まれた温暖で豊かな国で、湖畔に浮かぶ白い城は森の緑と調和のとれた姿を水面に映し出し、非常に美しい城であったが、今水面に映っている姿は赤く燃え白煙と黒煙が入り乱れて炎上する森と、攻城兵器や魔法の攻撃であちこちがボロボロに崩れかかっている城であった。
城内のとある部屋で鏡の前にまだ幼げな雰囲気が残る
本来なら、お付きの者たちがする事なのだが兵士以外の城内勤めの者は半ば強制的に城外に追い出したので、大雑把だ。
小さい口元から「ふぅ」と息を短く吹くと自分に言い聞かせるように呟く。
「さて、どれだけ時間が稼げるか・・・」
城のどこかに火を掛けられたのか部屋の隙間という隙間から白い煙が這うように少女に足に絡みつく。
鼻をつく白煙が漂う廊下に出ると王宮の謁見の間に向けて歩き始める。外に控えていた赤いマントを羽織い大剣を携えた大柄な騎士が、少女の後に続く。
「アンジェリカ殿下、西門前で防衛に当たっていたロックウェル卿の部隊が三割失われ、西門が破られるのは時間の問題かと、」
「ザイド将軍、ロックウェル卿はどうしました?」
「はい、当初の予定通り、出来るだけ怪我人を回収しつつ撤退。その後は住民と同様、隣国ミルサリア領に亡命予定です。」
「そう、ロックウェル卿には感謝の念に堪えないわ。」
そう口にしながら、状況が状況なので無事を祈りざろうえなかった。
アンジェリカ・エスペローゼ王女。それが私の名前だ。オスロ・エスペローゼ王の一人娘であり、第一王位継承者でもある。そして横に付き従うのは私の護衛であり、剣の師匠でもあるザイド・ランカスター将軍。本来なら私などの護衛ではなく、一軍を指揮してほしいところだけど、頑なに固辞しされてしまった。
歩みを止めずアンジェリカは少し考えてから隣を歩くザイド将軍に聞く。
「お父様の軍は東門防衛に在ったってるのかしら?」
問われたザイド将軍は少し困惑したような顔をしながら答える。
「はい、現在陛下は東門の外で自ら陣頭に立っておられますが・・・」
「なに?」
「中央門の防衛がデボーズ公爵様直々の親衛隊に任されておりまして・・・」
「そう、デボーズ公爵が、」
デボーズ公爵。歴代の公爵家はエスペローゼに多大な貢献を果たしており、実質国のナンバー2と評される。今は亡きアンジェリカの母方実家であり、親戚筋でもあるので王位継承権を持ってる故に黒い噂は絶えない。
王宮の謁見の間の扉を開けると、控えていたアンジェリカ直属の兵士たちが歓喜の声を上げて迎える。
「殿下!」
「アンジェリカ王女殿下!!」
「姫!」
百人に満たない、兵士たちが一斉に集まる。
「皆の者、私の我がままに付き合ってくれて有難う。前回話した作戦通り、一定時間稼げれば全ての国民がミルサリアや他に避難出来ます。」
「ただ、私には皆の命の保証をすることは出来ません、申し訳ありません」
頭を下げる私の姿を見て、兵士の一人が憤慨したように叫ぶ。
「姫様!俺達が作戦に参加したのは、姫様や自分の家族を守る為に自分の意志で参加したんです!我々に頭を下げる必要はないですよ!!」
彼の言葉を聞いたほかの者も
「「そうですとも!」」
と頷いて同調する。
百人満たない部隊だが士気は旺盛だ。アンジェリカは彼らの顔を一通り眺めてから小さく頷く。
隣にいたザイド将軍も満足げに頷き、号令をかける。
「よし、手筈通りに左右の二階のバルコニーに魔法隊と弓隊を展開!他の者は例の仕掛けを準備!急げ!!」
「「おう!!!」」
号令と共に兵士達がそれぞれの持ち場に散っていく。
やがてやって来るであろう勇者アキラを迎え撃つ為、玉座の方へ踵を返すとその先に体より大きな剣を携えて立っている少年に唖然とする。
「姫姉さま!僕も一緒に戦うよ!!」
「ハル坊!なんでここに?!あなた第一陣の避難民と一緒に行ったはずじゃ・・・」
ハル坊・・・いえ、ハルト・ランカスターはザイド将軍の一人息子でまだ8歳。兄弟のいない私にとっては実の弟のように可愛がっていた。だからこんな戦に巻き込みたくはなかったのに。
「ハルト!!何故ここにいる!母さんを一人で残してきたのか!!」
ザイド将軍の怒号が響く。
「だ、だって姫姉さまが戦ってるのに、ぼくだけ逃げるなんて、」
父親の剣幕に押されつつ、しどろもどろで答える。
将軍を制しながら、なるべく安心するように優しく語り掛ける。
「大丈夫よ、あなたのお父様はとても強いし何より周りのみんなが一緒に戦ってくれるから私は大丈夫」
近くで見ていた兵士たちが任せろという感じにハルトにガッツポーズや親指を立ててサムズアップ見せていた。
「さあ、急いでお母様の守りにお行きなさい、それが貴方の任務です。」
「う、うん」
少し元気が出たのか小さく頷くと
「わかった!ママを守る!」
ホールから出ていこうとするハルトを呼び止めた。
「ハル坊!ちょっとまって」
「なに?姫姉さま」
「その剣はあなたに大きすぎるわ、このナイフを持っていきなさい」
腰に差していた短剣をハルトに渡し、ハルトの持っていた剣と交換した。
「キラキラしていてキレー!」
「大事にしなさいよ」
とウインクするとハルトは大きく頷き
「うん、わかった大事にするよ!」
「さあ、急いでお行きなさい」
促されて、ハルトは短剣をブンブン振り回しながら走って行く。その姿を見ながら手を振っていると、ザイド将軍が困惑した顔つきで近づいてくる。
「殿下、あの小刀は王家の宝剣ではありませんか」
「ふふ、よいのです。もう私には必要ありませんから」
「なっ!滅多なことを言うものではありません!」
ザイド将軍が少し怒気を強めて。
「もちろん、死ぬつもりはありません、ここにいる皆さんと共に帰還する事です」
将軍の少し困ったような哀しそうな顔を見ると申し訳ない気持ちになってしまう。
(――ごめんなさい)
「王女殿下!、将軍!!」
一人の兵士が駆け寄ってきた。彼の後ろに目を移すと左右2人の兵士に肩を抱えられた血だらけの兵士が運ばれてきた。
「で、伝令、」
息も絶え絶えにこう告げた。
「こ、国王陛下が討ち死になされました‼」
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