【第二飴:有頂天ドロップス】

会うは別れの始まり


「それはそれは、

 中学生が書いたような、

 平凡で何の

 面白味もない恋物語でした。


 ある日出逢った男女二人、恋に落ち、

 いくつかのトラブルを経て、

 パートナーとなりました。


 大願の末に結ばれたその二人。

 けれど、その頁(交際)は

 長くは続きませんでした。



 それは、

 彼女の好奇心によるところが多く、

 完全に彼女の落ち目でした。


 ただそれでも、

 彼に非がない訳ではありませんでした。


 一つの出来事がきっかけで

 すれ違い始めた二人の関係は

 修復されることなく、

 そのまま千々になってしまいました。


 そして、いつしか彼が

 他の人(女性)といるのを見て、

 身勝手にも、

 彼女は心を痛めるのでした。


 ……なんて、ね」



 そんな独り言をぼやくほど、

 暇を持て余していた。


 夢が再生されるまでには

 時間がかかるらしい。


 どうも、人生の記録を巻き戻す

 必要があるのだとか、

 なんとかと飴売りの彼は

 言っていた。   



 私と陽央の馴れ初めなんて、

 本当に簡単なものだった。


 彼が私の学校に転入してきて、

 互いに一目惚れした。


 そして、

 いくつかのトラブルに見舞われて、

 くっついたというだけの話。



 彼のヘタレで優柔不断なところには

 幾度となく業を煮やしたものだけれど、

 それでもうまく

 やっていけていた方だと思う。


 …………別れたのは、

 私のしょうもない

 好奇心がきっかけだった。



『ねぇねぇ陽央、

 ――キス、してみない?』



 幼かった。愚かだった。

 ひたすらに、形ある愛に飢えていた。


 それ以上に名状しようがない。


 まだ中学生だった私には、

 それがどういうことなのか、

 どういう意味(誘い)を

 孕(はら)んでいるのか、

 全く理解できていなかった。


 それが崩壊への第一歩で、

 最後だったのだろう。


 その日を境に、

 私は陽央へ恐怖を

 感じるようになっていった。


 自分が悪いというのは、

 嫌というほど分かっていた。


 罪悪感で肩が重くなるくらい、

 抱えていた。


 自罰感情ばかり募った。


 

 だけど。



 理性と感情は

 線で繋がってくれないものだ。

 私には、そうだった。


 彼との溝を埋めよう

 とすればするほど、

 彼への恐怖心が

 嫌悪に変わっていった。


 それに気付いたときには、

 戻れなくなっていた。



「……それなのに、夢でいいから

 あの頃の陽央に会いたいって。

 ワガママにも

 ほどがあるよなぁぁ~~……」


 分かっている、分かっているのだ。

 それでも今はどうか縋らせてくれ。


 君に謝るという行いをどうか――。


 そのときだった。


「ご用意ができましたよ、知織さま」


 そんな穏やかな声が

 かかったと思うと同時に、

 視界が眩い光で包まれた。


 あまりの白さに目が眩み、

 目を開けたときには

 懐かしい光景が広がっていた。



 それは中学一年生の、

 まだ残暑厳しい初秋のこと。



 暦はすっかり秋だというのに、

 天候は依然として真夏。


 けれどそのときは何故だか

 立ち籠める熱気もなく、

 初夏の薫風が感じられた。


 青々と茂り、

 サワサワと擦れる木々が

 脳裏に浮かぶほど

 気持ちの良い朝に、

 彼はこの学校へやって来た。



「――彼は関東から

 引っ越してきて、

 色々不慣れな

 ことばかりですから、

 皆さん親切に

 してあげましょうね。


 さ、自己紹介して」



 懐かしい教室の木の臭い。


 低い木製の机と椅子。

 やたらと横長で

 薄汚れた深緑の黒板、

 窓側に設置された

 体操服袋掛けや、

 黒板横に設置された

 給食当番服袋掛け、

 掲示板、制服。



 そして顔を上げた先にいたのは、



「初めまして、葉桜――」



 陽央だった。


 喉からアルコールが

 迫り上がってくるような

 感覚に襲われて、


「っっ陽央!!!!」


 気付けば声を上げていた。


 その瞬間。


 周囲の耳目が全て私に降り注がれた。


(あっっっ…………)


 やってしまったと

 気付いた頃には時既に遅し。


 担任は私にふざけんなという

 殺気を送っており、

 クラスメートは「はぁ?」という

 訝(いぶか)しみの目で

 私を睨み付けていた。


 怠い朝のHRを妨害し、

 長引かせるというのは

 両者にとって大罪だ。


(あ、私の二周目終わったな。

 またやり直せばいいのか……)


 なんて不徳なことを考えて、

 逃避し始めた頃だった。



「――はい。ひなかです」



 陽央が笑いかけてくれた。


 いや、陽央だけが私を許してくれた。


「先生が言っていた通り、

 関東から引っ越してきました。


 関西弁も、この地域のことも

 分からないことばかりです。


 それでもよければ、

 仲良くしてください。

 教えてくれたら嬉しいです」


 自己紹介を妨害された

 被害者である陽央自身が、

 私のそれを許容してしまった。


 そのためか、

 クラスメートはおろか、

 先生まで私に

 非難の言葉を浴びせることはなかった。


 それどころか、

 前衛的な連携型の自己紹介だという

 雰囲気にさえなっていた。


 しかしそれでも、

 やらかしてしまった事実に変わりなく、

 私は心中穏やかではいられない。


(やらかしたやらかした

 やらかしたやらかした

 やらかした!!!!!!!) 


 そのせいで、

 HR後の休憩時間に

 大勢の生徒が陽央に

 殺到していたことにも気付けなかった。


 もちろん、

 そのとき彼の視線が

 こちらに向いていたことなんて

 知る由もなかったのだ。


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