初頭効果を狙って……


 トラブルは起きた(起こした)ものの、

 それ以外は恙(つつが)なく行われ、

 あっと言う間に余暇時間となった。


 HRと一時間目の間の

 小休憩のようなものである。

 ない日もある。


 転校生の陽央の元には 

 人集りができていた。


(そりゃあ、

 私の失態にすら機転を効かせるわ、

 笑顔が眩しいわ……

 モテる要素しかねえなこいつ)


 こんなリア充まっしぐらみたいな

 陽キャ人間と付き合っていたなんて、

 それの方が夢だったのでは(?)と

 思えてくるくらいに彼は輝かしかった。


 笑顔は二割増しと

 耳にしたことがあるけれど、

 彼の場合は四割増しくらいだろう。


 それぐらいに笑顔が素敵なのだ。

 こう言ってはメルヘン脳だが、

 まるで王子様のような。


 小学生という一つの壁を越えて、

 大人になりかけの身体。


 顔つきには幼さや

 あどけなさが残るものの、

 目鼻立ちが整っているし、

 何より表情が豊かで惹き付けられる。


 それから癖毛の硬質な黒髪。

 そして青縁の細いフォーマル眼鏡。


(そう言えば出逢ったときは

 眼鏡してたっけ……

 付き合ったときには

 コンタクトしてたけど)


 おまけにすらりと伸びた四肢。

 身長は中一現在(152cm)の

 私よりも拳一つ分は高い。


 しかも成長途中の肉体は

 幼児期のそれを終えており、

 キュッと引き締まっていた。


 心なしか、

 彼の周りに集っているのは

 女子の方が多いような気がした。


 とは言え、

 最前線に陣取っているのは

 男子たちで少し安心した。



 いくら夢の中と言えど、

 行動しなければゲームのように

 上手くいくとは限らない。


(さきほどは

 失態を犯してしまったけれど、

 今度こそは……!)


 勇気を出しておもむろに立ち上がる私。


 すると、

 それに追随するように

 彼が立ち上がった。


(もしかしてこれって……!



『君のこと可愛いなって思ったんだ、

 良かったら

 友達になってくれないかな?』


『え、えっとそれって……』


『い、いやそのっ、

 告白とかじゃ、ないから!

 友達はダメですか?』


『ううんそんなことないよっ。

 でも、友達から

 じゃなくてもいいかなって……』


『えっ――!?』



 的な!!!!)


 などと、お花畑な妄想を

 企てている内に

 彼は私の横を通過していった。



(ですよねぇぇぇええええ!!!!

 ええ、ええ分かってましたとも!!!!)


 べ、別にこんなことぐらいで

 傷付いたりなんて……ぐすっ、

 しないんだからねっ。


 誰に宛てるでもないツッコミで

 陽央に素通りされた傷を癒していると、

 不意に後方から肩をグイと引っ張られ、

 身体が後方に倒れ込んだ。


「ぉ、わ、ぁ…………」


 このままだと尻餅を着くか、

 最悪頭を強打してしまうだろう。

 よし(この間0.2秒)。


 引かれた方の肘を自分の方に引き寄せ、

 思い切り押し放つ。


「――なにすんだよ、ボケがぁっ」


「ぅぁ、ぁかはっ……!

 手加減しろよ、てめえなぁ

 ……っけほ、げっほ」


(よし、決まった……☆)


 転倒するくらい思い切り

 肩を引っ張ってきた輩は、

 私の放った肘鉄(私命名)に

 噎(む)せていた。


 手加減しろと彼は言うが、

 手加減していなければ

 鳩尾(みぞおち)か

 肺を狙っている。



 卒倒しない程度で

 かましただけ手加減した方だ。



「何言ってんの、

 声も掛けず急に肩を引っ張る

 奴が悪いんでしょ。

 それも、声も掛けずに。


 下手したらこっちが

 頭打ってたっての。バカ、夏口」


「うるさい怪力チビ。

 お前がぼけっとしてるから

 わざわざ連れてきてやったんだろ」


「なにおう!?」


 この憎たらしい男は

 夏口愁(なつぐちしゅう)。

 あだ名は「グッチー」。


 憎たらしいことにこいつは

 私よりも頭一つ分背が高く、

 おまけに四肢も長い。


 ひょろっこい形をしている

 割には力があり、

 私が一番喧嘩している

 相手だ(大体物理)。


 しかもそれなりに

 顔も整っているものだから質が悪い。

 身長が高いのでそもそも届かないが、

 顔には手出しできない。


 ちなみにリーチに

 かなりの差があるので、

 大抵は押さえつけられる。


「――まあまあ痴話げんかは

 そのくらいにして……ほら、

 転校生くんも見てるんだから」


「あ????」


「〝痴話〟じゃねーよ。

 お前、

 辞書ぐらい引いてから物言えよな」


「ひぃいいい!!!?」


 私と夏口との

 ダブルコンボ(睨み)に、

 情けなくも声を上げるのは

 木吉という男子。

 あだ名はヨッシー。


 背は私と同じぐらいで、

 夏口の子分的存在。


 グループ内での力関係は

 最弱位(物理♥)。


 よく私に不意打ちで

 跳び蹴りをかましてくるが、

 一度でも食らわせられた試しがない。


 そのせいか、

 グループ内ではひよっこ扱い。


「……って、そうじゃなくって!

 痴話って言ったのは謝るから!!

 ほら夏口も!

 何のために月雲呼んでって

 言ったか忘れてるだろ?」


「あ、そだった」 


(ヨッシーは月雲呼んでって言ったのか。

 よし、夏口はあとでもっかい絞めよう)


 自分の失態をなかったことにする

 彼の裏で、

 私は密かに黒い決意を固める。


 すると、夏口が

 仕切りなおすようにして咳払いをした。


「っんん。

 じゃあ改めて説明するけど、

 こいつこの怪力お――じゃなかった、」


「おい、今なんつった?」


 私のツッコミなどどこ吹く風、

 いや視界にすら入れず、

 彼は陽央に向かって紹介を続ける。


「月雲って言うんだ。


 さっき話したゴリ――

 ゴリラ女よりはまだ人間してるから、

 男に聞きづらいことあったら

 こいつに聞けばいいぞ。


 あぁそうそう、

 ついでにこいつのクラスでの

 あだ名はお節介ばばあだから、

 面倒になったらこいつに頼めばいい」


「言い直してそれかぁぁあ!!

 こんの

 ボケナスゥォォォォッッ!!!!」


 余計な憎まれ口しか叩かない夏口は、

 ゴリラ女こと

 美濃有佳(みのありか)によって

 制裁(握力30kgのフルスイング拳骨)を

 食らわされていた。


 今「ゴッッ」って音がしたような?


(いや、ツッコミおそ。

 でも、やっぱり

 ゴリラだよなぁ…………ん?)


「……て、おいこらグッチ―。


 今、私のクラスでのあだ名が

 〝お節介ばばあ〟だとか

 言わなかったか?」


「言った」


 首根っこを掴まれているはずなのに、

 けろっと答える夏口。

 こういうところが憎たらしいのだ。


「…………え、マジで?」


「おう、マジだぞ。

 この間、いじめっこ三人衆が

 言ってるの聞いたぞ」


「あーそれうちも聞いたかも。

 でも、うちのときは

 他の男子だったような……?」


「あ、も、結構です。

 それ以上は勘弁してくださいぃ」


(どうやらこの時点で

 既に私はやらかしていたらしい)


 とは言っても、

 別段好きでもない男子に

 媚びを売る必要はない。


 いじめられない程度に

 好かれていればいい。


 なんなら、

 好かれていなくてもいい。


「てかいい加減、

 転校生くんに自己紹介しろって!


 あだ名で傷付くなんて今さらだぞ?


 それに少なくとも

 この転校生くんは

 そんな偏見持ってねーから」


(たった今植え付けられたと

 思うのは私だけですかね~ぇ、

 ヨッシーくぅん??)


 過ぎてしまったことは仕方ない。

 特に他人の言動ならなおさらだ。


 改善することが不可能なら、

 それ以外で補う他ない。


 そう切り替えて、

 自己紹介に挑むことにした。


「遅くなったけど……

 はじめまして、月雲知織です。


 転校してきたばかりで

 色々分からないことあると思うから、

 さっき夏口が言ってたみたいに

 頼ってね。

 これからよろしく」


 気さく且つ親切さを

 前面に押し出した自己紹介。


(決まった……!)


「うん、ありがとう。

 これからよろしく!


 ……あれ、でもなんか

 さっきと雰囲気違うね?」


 そう慢心したのも束の間、

 陽央は笑顔で爆弾を投下してくれた。


「「「っくっくっく……」」」


 後方三人から失笑が

 漏れ出たのは言うまでもない。


 ただ、これまでと違って陽央の手前、

 拳で黙らせることができないのは

 遺憾でならなかった。


(……ていうか、さっきってどっち?

 陽央呼びと夏口ボコり、

 一体どっちなの!?!?

 ※多分後者。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る