チュートリアルは大事ですよと


「――お目覚めですか、知織さま?

 いえ、ここではお眠りですか、

 と申し上げた方がよろしいですね」


 その特徴的な香りと口調で、

 私は彼が誰なのかすぐに判った。


「飴売り、さん……」


「ご名答。

 いえ、覚えて頂き光栄です」


「ど、うして飴売りさんが……?」


 私の疑問に応えるように、

 彼は辺りを見回すよう

 手を翳(かざ)した。


「ここは夢の中にございます。

 ほら、真っ暗で何もないでしょう?


 それはまだ知織さまが

 夢の具現化を進めていないから

 ――まあそんな細かいことは

 どうでも良いので、

 元彼ドロップスのチュートリアルを

 進行させていただきますね」


 私の困惑など

 お構いなしに彼は説明を続ける。



「一、夢を見る際は、

 人生の好きなシーンから

 データをロードできます。

 ――前回の結果が気に入らなければ、

 任意のシーンからロードも可能です。


 二、選択場面(分岐点)では、

 選択肢が現れます。

 ――また、前回選択肢(現実)時

 などの情報付きです。

 選択場面では提示された

 行動以外選択できませんので

 あしからず。


 三、新規ストーリー

(IF世界への分岐)になると、

 選択肢に前情報がなくなります。


 四、少々の変化(分岐)があっても、

 分岐点でなければ

 予測の範囲で対応されます」



 頭上に大量の疑問符を

 浮かべる私に構わず、

 彼は矢継ぎ早に続ける。


「以上を踏まえた上で

 チュートリアル分岐です。

 今回は何を選択したとしても、

 データは消去される

 仕様になっていますので

 練習問題感覚でお試しくださいませ」


 語り終えるのと同時に彼の姿が消え、

 そして陽央が現れた。


 中学生時分の姿だった。


 それから飴売りさんが言っていた通り、

 眼前に選択肢画面が提示された。



【チュートリアル編:分岐


 あなたは今、

 葉桜陽央の男友達から

 彼の家に来るよう言われています。


 そこであなたが取る行動は?



 一、陽央の家に行く

  二、陽央の家に行かない】



 私はあの日、

 怯えて行けなかったことを後悔した。


 だから私の選択は――、



【一、陽央の家に行く】



 その後、チュートリアルだから

 ということでこの選択肢の顛末だけを

 早送りで見させられた。



 陽央の家に行った私は、

 周囲の男子から「陽央と付き合え」と

 囃(はや)し立てられ、

 告白もされないままに

 彼と付き合うことになった。


 意中の相手と付き合えてハッピー!

 だったのだが、それも束の間。


 彼の子供っぽさや煮え切らない態度

(意気地なしっぷり)に嫌気が差し、

「付き合ってる意味ないよね」と言い、

 関係を終わらせる。


 ――という結末(BADEND)を

 迎えたのだった。


 その一連の流れを見終えた後に、

 再度飴売りさんが出現した。



「いかがでしたか、チュートリアルは?


 ……少し、暗い顔をされていますね。

 でもご心配なさらず。

 今からはとびきり

 甘酸っぱい青春劇が味わえますからっ。


 だから、――てくださいね」


「え、今なんて……?」


 儚げに微笑んだ彼が

 トンと私の背中を押す。


 そのせいで、

 聞き逃した一言を

 確かめることはできず、

 私は今度こそ

 甘美な夢に落ちるのだった。


(あぁ、こんな夢に

 縋(すが)ってしまうくらいなら、

 これほどに弱ってしまっていると

 言うのなら)


 生きる「希望(いみ)」なんて

 見出せなければよかった。  



 私は一つ前の会社にいたときのことを

 思い出して、密かに涙を流した。



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