彼の夢、君の夢(2)

『…………うん、そう。ごめん陽央』


『そんな、謝ることじゃないよ。

 俺の方こそ、変な言い方してごめん』


(違うよ陽央。

 そうじゃないの、

 私がごめんって言ったのは――)


『最後でいいから、ギュってさせて。

 抱き締めてくれなくてもいいから』


 不意打ちで陽央の方へ倒れ込んだ。


 優しい陽央は

 私を見捨てることなんてできない。


 だからきっと、

 匂いと体温くらいは感じられるは、ず。



 だった。



 がっしりした腕が

 私の両腕を強く握り締めた。


 そう、

 私の動きは制止されてしまったのだ。


 あと15cmが届かない。



『ごめん、知織。

 それもダメなんだよ。


 きっとそれを許したら、

 友達じゃいられなくなる』



(友達なんて、

 そんなの口先だけで実際は知人以下だよ)


 だけど、

 その台詞を口にする資格は私にはない。


『そっっ、か…………友達って、遠いね』


『うん』


 返事と共に離れていく彼の二つの手の平。


 あぁもうそれさえ叶わないのか。


 もう嫌だ。


 本当に、こんなことになるなら、


「――あのとき

 引き留めてれば…………

 寂しいよぉ、陽央ぁ」


 私は私の涙で目を覚ました。


 あんなにも酷い夢だったというのに、


(夢ならば覚めなければ良かっただなんて

 ……おかしいよね)


 夢でさえ、彼に会えて嬉しいと

 感じてしまうこの心は、

 きっと病に侵されている。


 未だに夢に見る彼のこと、

 その夢が愛しくてかなわない。



 夢の中ではいつも、

 それを現実だと信じ込んでしまう。


 そういうものなのだろうけれど、

 自らその手を離しておいて、

 いくらなんでも荒唐無稽だと

 我ながら呆れるほどに。


 ――――だなんて言わなければ、

 あるいは自分からしていれば、

 未来は違っていたのかもしれない。


 彼に恐怖心を覚える事態には

 ならなかったのかもしれない。


 そして。



 あのとき、

 陽央を引き留めなかった

 という事実を未だに後悔して、

 こんな夢ばかり見続けて、

 それさえ幸せと感じることが

 虚しくて仕方ない。



「そろそろ解放、されたいなぁ……」



 もし、本当に復縁を迫って

 断られでもしたら、

 この負の連鎖から

 解放されるのだろうか? 


 いや仮にそうだとしても、

 そのことが知れ渡るリスクを

 考えたらとてもできるはずがない。


 それなら、それならば。


 一体どうやって、

 この温もりを忘れたらいいと

 言うのだろう。


 背中や腕に刻まれた陽央の熱。



「夢でいいから、

 本物じゃなくていいから、

 だから……

 もう一度やり直したいな」



 脳裏に染み付いて離れない

「タラレバ」を融かすように、

 私は再び眠りに就いた。

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