第19話 ノッポの恐怖‼︎

「それにしても、お前と二人だと辛気臭いな。」

「何を言ってるんですか、僕とて同じです。」


 二人でぶつくさ言うも、他に聞いている者は誰もいない。

「それにしても、夜の学校は不気味ですね。先に僕は寝てもいいでしょうか?」

 現在、夜の十時。

 それまでに、箱に入れに来た者はいない。

 てっきり夕方くらいに現れるかと思いきや、誰も来なかった。


「何でお前が先に寝るんだよ。俺が先だ。」

「巨人様は面倒ですね。先ほどまで、今日は徹夜だーと申していたではないですか。」

「あれはもう前の話だ、今は眠い。おやつ食べすぎた。」

 ノッポがぶつぶつ言うも、既に巨人は寝っ転がり、寝る体制に入っている。

 ここはロッカーの中だが、蓋が付いていない為、誰が来ても良く分かる。

 箱はロッカーの上に置いてあるのだ。

 夏目のロッカーが箱から一番近い為、選ばれたのだが、先ほどから何とも言い難いくさい臭いが鼻につき、おやつのお陰で、些少、香しい臭いにやっと変わったところだ。


「夏目様には、重々言っておかなければなりません。いくら隠れる為とは言え、体操服がここまで臭うのはいかがでしょう。って、巨人様、本当に寝ないで下さい。僕がさびしいではないですか。」

 体操服の合間から顔だけ出している巨人は、瞼が既に閉じている。

 その時、上の方で、ガサッ、ガタッ、音がした。

 すかさず巨人を起こすと、体操服に潜り込ませ、音がする方へ耳を傾けた。

「何かいるのでしょうか?」

 小声で話すと、

「ねずみじゃねー。人間は来ないんだから、起こすなよ。」

 なぜか抗議を受ける。

「しかし、こんな何も無い場所にねずみがでますでしょうか?ゴキブリの類にしては、音が大きいような。」

「じゃあ、お前、見てこいよ。俺は和樹から、誰が偽カードを入れているか確認する為にいるんだ。小動物や、虫の為には動かない。」

『まったく巨人様ときたら、どうしていつもこうなのでしょう・・・』

 小さな声でぶつぶつ言うも、相手からは無視される。

 仕方ない、夏目様には恩がある。

 松永様の所より、自由で融通も利く。

 何より毎日、愚痴を聞かなくてすむだけでも、ありがたい。

 ロッカーから、のそのそ出ると、上方を覗いてみた。

 見た限りでは、変わった様子は無いように見えるのだが、カサカサという音が先ほどから聞こえてくる。


(仕方ない、登ってみますか)


 アグリ星は、地球と呼ばれるこの星よりは、発展している。

 便利なグッズもあるし、この国より高速で移動する手段もある。紙幣で買い物するようなことはないし、食べ物も自分達で作ることはない。

 食べたいメニューを入力すれば、三十分以内に、食卓に並んでいる。

 よって、家族で食卓を囲むことは稀で、家族間でも好き嫌いが分からない。

 こちらに来て夏目様と話しながら食べることが、意外に楽しく、自分でも嬉しいと感じている。

 手と足に登る専用の手袋と靴を履き、ロッカーに張り付きながら上がっていく。

 自分は体力系が苦手なのだが、案外スムースに登れた。

 ちょうど、箱が置いてある手前に登れたのだが、別段変わった様子はない。

 先程まで、聞こえていた音も、今はしーんと静まりかえっている。

 真っ暗な中、立っていると、だんだん気持ちが萎えてくるので、手持ちの懐中電灯をつけ、辺りを照らしてみた。

 そうすると、箱の上にカードが半開きになって置いてあるのが見えた。


(はて、来た時には無かったですね。しかも、誰も入ってきてないはずですが?)


 不思議に思うも、箱を登りカードを手にすると、半開きになっている隙間から文字が見えた。


『期待してたら、ごめんなさい』


「えっと、これはどうしたらいいのか、巨人様はこういう時、頼りがいがないので困ってしまいます。」

 ぶつぶつ言うも答えてくれる人は誰もいない。

 仕方ない、巨人様に報告しなければ、そう思い箱からいったん降りると、巨人が寝ているロッカーまで帰った。

「巨人様、大変ですよ。」

 小声で起こすも返事がない。

「まったく、いつまで寝ればいいんですか、非常事態なのですよ。」

 近くで話すも、ぴくりとも動く気配がない。

「巨人様。」

 巨人がいるであろう場所を揺らそうとすると、感触がない。

 体操服の間に手を突っ込んでみると、先ほどまでいた巨人が跡形もなくいない。


(はて?)


 思い悩むも、どうしたら良いのか思いつかない。


(夏目様に連絡したいところですが、あいにく手段がございません)


 うーん、その場で五分は悩んだろうか?

 仕方ない、どうせ寝るのも飽きて、その辺をぶらぶら探索しているのかもしれない。

 自分は、先ほどの証拠を写真に収めておこう、面倒だが、もう一度、箱の場所まで登り、箱の上部へと上がったのである。


(はて?)


 ここで、また奇妙な事が起こっていた。

 カードはあるのだが、先ほどと少し位置が変わっている。

 ちょっと見ただけでは分からないのだが、自分はこういう事に貴重面なのだ。数ミリだがカードの位置がずれている。


(えっと、なぜでしょう?自分がロッカーまで下りる時に、ゴキブリとやらがいたのでしょうか?)


 自分はゴキブリという気色悪い虫が好きではない。

 もちろん、蜘蛛やなめくじといったものも好きではないが、あのゴキブリとやらだけは、見ているだけで気持ち悪くなる。

 アグリ星にも、虫はいたのだが、あそこまで嫌悪するものに出会った事がない。

 黒光りするフォルム、カサカサといることを主張する足音、飛んだ時の恐ろしさといったら、思い出しただけで、身震いがする。

 巨人はというと、平気でアレに触るのだ。

『だって、ただの虫じゃん』

 ただの虫があそこまで、気持ち悪いわけがない。


(ああ、どうしましょう、一人の時にアレと遭遇するなど、死んでしまうかもしれません)


 カサッ、カササ。

 ああ、後ろで何か動く音がする。


(振り向かなければいけないのでしょうか?)


 恐る恐る箱の上に座り込み、後ろをそろりと振り向いてみる。


(何もいませんね)


 ほっとするも、今度ま前から同じような音が聞こえてきた。

 真っ暗だし、誰もいないし、音の出所が分からない恐怖と言ったら。

 今度は、覚悟を決めて、思いっきり首を前に戻す。


(はて、いったい何なんでしょう、何もございません)


 その時、頭をするりと何かに撫でられた。

「ぎゃっ。」

 身も毛もよだつ、大声をあげてしまった。


(何ですか?何がいるのですか?)


 頭を抱えてうずくまっていると、今度は何かが、背中を触った。

 それが、あまりの気持ち悪い撫で方で、一瞬にして、恐怖が体中に伝染する。

 だが、ここで負けてしまえば、もしかして生きて帰れないかもしれない。


(夏目様、もう一度、会いたいです。羊羹も食べたい)


 羊羹を思い出した瞬間、力が湧いてきた。


(そうです。虎屋の羊羹を食べるまで、死ねません)


 心を奮起させ、背中を触っている何かをむんずと捕まえた。


(ぬるっとして、物凄く、気持ち悪い。何ですか、何なんですか、僕は、僕は、死にません)


 そのまま力の限り引っ張り、背中から、むんずと前に持ってこうようと懸命に掴む。

 その生き物?も激しく抵抗し、自分を箱から落とそうとするも、負けません。

 うおりゃ、一本背負いよろしく、後ろから投げ飛ばそうとすると、気持ち悪い唾液が上から垂れてきた。

「いったい何なんですかー。」

 あまりの気持ち悪さに、思いっきり声を出した。

 何だか、叫び声のようなものも聞こえたが、恐怖で聞くどころではない。

 自分でもよく分からないが、とにかく体中を使い、相手を蹴飛ばし、殴り、頭突きをし、ありとあらゆる攻撃をかました事は覚えている。

 見るのが怖くて、うっすらしか目を開けていなかった為、相手がどんな生き物なのか分からなかったが、とにかく抵抗し、顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、喚きちらしながら、ひたすら腕と足を使い分けていた。

 気付いた時には、箱の中に入っていた。

 多分、カードを入れる穴にむりやり体を押し込み、箱の中に逃げ込んだのだろう。

 辺りを見回しても暗闇しかない。

 下の方でカサカサするのは、カードなのだろうか。


(しかし、じっとしているのに、カサカサするでしょうか?)


 再び、足元からじわじわ悪寒がした。


(まさか、この中にも何かいらっしゃるのでしょうか?)


 手持ちの懐中電灯は、何ものかの出現で、既にどこかに落としている。

その時、足元が盛り上がった。


「ぎゃっ、ぎゃー。」


 最後の断末魔のような悲鳴があがった。

 その声を聞いただけで、おぞましい事が起こったと想像してしまう。

 そこで記憶が終わった。

 いや、記憶を投げ出したのかもしれない。

 とにかく、僕はこの恐怖を忘れない。

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