第17話 偽カードの犯人は⁇

 二日目、二月十三日。

 俺達は衝撃を受けた。


 これ程、心がわき踊り、幸せで、絶頂を迎える日がくるとは思わなかった。

 一組男子全員が、神に感謝した。

 昨日までの努力が、もしかして報われたのではないのかと。

 俺達は必至だった。

 とてもとても、必死だった。

 昨日まで、箱にカードが入る様子もなく、女子のノリもいまいち悪い中、男子全員で結託し、とにかくアピールをしまくった。

 他のクラス女子にも、他クラス男子に妨害されながらとにかくアピールし、一組に入れた方がいい利点を、恥も外聞もなく宣伝したのだ。


 そのかいがあったのかもしれない。

 箱の中身は、高校の合格発表まで開封できない事になっているが、箱を揺すれば自ずとわかる。

 昨日まで無かった、ガサッ、ゴソッ、という音が左右に振れる度に鳴るのである。

 それも、一つや二つではない。

 結構な数のカードが入っている。

 俺達は、抱き合った。

 今まで、ここまで、心を通わせた事があっただろうか。

 体育祭、文化祭、クラスマッチ、一年間で行事は結構あったけれども、これ程、感動した事も、これ程、クラスの男子が身近に感じた事も無かった。

 ありがとう女子。

 ありがとうバレンタイン。

 最初に提案してくれた、巨人、キットカット死ぬほど、食わしてやるからな。

 感動の余韻に浸っていると、横から設楽が、

「へぇ、結構ありそうだね。良かったじゃん、和樹。でも、僕達が帰ってから入れたって事だよね。意外に女子って、恥ずかしがり屋さんなんだね。でも、盗まれたりしないかな。」

 その何気ない一言に、俺達男子全員が反応した。


 そうか、俺達がいると女子が入れられないかわりに、他クラス男子に盗まれるかもしれないという事か!

 昨日まで何も入っていなかったから思わなかったが、ここまでカードが入っていると、罰ゲームを受けたくない奴等が、カードを抜きにくる可能性はある。

 何せ、俺等だって、最終手段はそうしようと決めていたから。

「いや、設楽、抜くのはさすがに無理だろ。段ボールで作ってあるとはいえ、ガムテープをはがしたらバレるし、表の紙も剝れる。カードを入れる口の所も、小指一本分くらいだぜ。それもカードが入る分のスペースしかない。この中から盗むのは無理だよ。」


 そうなのだ。

 ダンボール箱で作られた正方形の箱は、設楽の部活の後輩達が、ダンボールの上から色紙を貼り、それぞれの箱に、何年何組、バレンタイン企画収集箱、そのようにパソコンで作られた文字が綺麗に貼ってあるのだ。

 剥がせば、綺麗に貼りかえるのに、パソコン部の色紙を印刷しなければならない。

 逆さにしても、カード自体が二つ折りなので、つっかえて入り口がら出てくることはない。

 よって、巨人やノッポのような小さな生き物で、俺達よりやや進んだ科学技術を持つ者達なら、箱の中に入っているカードを取り出す事も可能なのである。

「箱ごと消える事はないよな。」

 俺がぼそりと言うと、周りの男子が、

「それは、さすがに卑怯すぎて出来ないだろ。」

「男子として、恥ずかしい。」

「バレたら一生言われるじゃん。」

「女子に白い目で見られるのは勘弁。」

「受験に落ちるより、惨めかも。」

 散々な言われ方だが、巨人も夏目も俺も、この案に賛同した者としては耳が痛い。


(お前達はいいよ、ビリだって、罰ゲームですむからな。俺等は辱めを受けるんだぞ)


 皆の前で坊主にされながら、好きな子への告白タイムなど、想像しただけで、胸が痛い。

「じゃあさ、盗まれないように、固定しとけばいいじゃん。それなら、誰も、持ってったりしないだろ。」

 クラスの一人が言うと、それもそうだ。

 次々に声が上がった。

 職員室から、ビニールテープを借りると、ビニールテープを箱に巻き付け、それに自転車のキーロックをつけ、俺の机の脚とで固定した。

 俺の机は、教室の一番後ろに持って行くはめになったが、来ない生徒もいるので、机は余っている。

 さすがに、机ごと盗むことはあるまい。


「どんな女子が入れてくれたんだろうな。」

 男同士だと、妄想する。

 髙坂さん、入れてくれたのかな。

「俺、三組の杉崎さんがいいな。」

 むむっ、あゆたんは俺のだ。

「ずーずーしいんだよ。でも、俺も杉崎さんのカードなら、全力で答える。それが、誰かに対しての、お願いだったとしても。」

「俺さ、俺さ、四組の伊藤さん、いいなって思うんだよね。可憐だよね。」

「あー分かる、スレてない感じがいいよね。」

 何だか、想像するだけで、幸せな気持ちになってきた。

「明日、また、たくさん入ってるといいな。」

「この調子だと、罰ゲームには、ならなそうだね。」

 男子の間に、つかの間のほっとした空気が流れた。

「男子が集まってどうしたの?そう言えば、カードが集まってたでしょ。」


 クラス女子のリーダー的存在、矢口 直美が箱を揺らしてながら笑う。

「あー、まあまあだね。三組といい勝負じゃん。」

 ニコニコしながら言う言葉が、俺達には理解できていない。

「頑張んなよ。私は自分のクラスを応援してるからね。今まで、うちのクラスの男子は情けないと思う事もあったけど、須藤や夏目が企画したって言うじゃない。少し見直したんだから。」

 そう言いながら、俺の背中をバンバン叩く。

「ねえねえ、矢口さん、三組と同じくらいっていうのは?他のクラスの箱ってどうなのかな?」

 設楽が腑抜けた顔で聞いている。 


(もっと気合入れて聞けよ、すっげー大事な事じゃん。だって、堂珍のクラスと同じくらいって、凄くないか?)


「うーん、どうだろうね。二組と四組は、これよりは少ないと思うけど、女子の間でもやっぱり凄く気になるからね。箱を持ち上げたりしてるわけ。受験で忙しいけど、女子もリフレッシュ出来て良かったって言ってるよ。頑張んなよ。」

 がははっ、豪快に笑いながら友達の方へ歩いて行った。

 男子の中で、矢口ありがとう、そんな心の声を発した奴は、多かったと思う。

 矢口は、バレー部のキャップテンをしていたこともあり、さっぱりとしていて気のいい奴だ。

 顔もそれなりに可愛いのだが、何せ、俺達より背が高いしデカい。

 だが、クラス女子の中では、信頼出来る。

「俺達、堂珍と同等なのか、うれしー。」

心の声が駄々洩れの夏目が叫んだ。


(いや、同等なのは、カードだよ)


 言わなかったが、俺も非常に嬉しい。

 知らず知らずの間に、顔がニヤけてしまう。

 他の男子も、気持ち悪いくらい、にやにやしながら、お互いを小突いている。

 男子とは、単純なのだよ。

「よーし、追い込みをかけようぜ。カードを隠している女子もいるだろうから、特別棟へ探しに行こう。他のクラスの奴等も探しているだろうけど、俺達には設楽が作った特別棟の詳細図がある。ちなみに、部活の時間割も記載してある。よって、女子が隠しやすい時間帯や、その時使ってない特別教室が分かるのだ。これで、随分探す場所が限られるはずだぞ。」

 男子の中で、おっー、驚きの声が上がり、設楽の功績を称えた。

「一応、単語帳は持っていけよ。それが、学校側との約束だ。あくまでも、受験勉強で俺達は学校に来て勉強しているんだ。では、諸君、特別棟へ行こう。」


 夏目が言うと、夏目が教祖のように、俺達を従え特別棟へと向かう。

 ある者は単語帳を見ながら、ぶつぶつ言い、ある者は、問題集を見ながら暗記に没頭している。

 凄いのは、夏目が先頭でぞろぞろ下を向きながら歩いているにも関わらず、誰ともぶつからず、段差にも転ばず、粛々と並んで歩いている事だ。

 受験生の特技なのか、はたまた歩きスマホで慣れているせいなのか、とにかく他者から見れば異様な風景だが、俺達は至って大真面目なのである。

 特別棟に行けば、やはり他のクラスの奴等が、あてどもなく探していた。

「いいか、感づかれるなよ。配った地図をもとに、別れて探そう。合流は、教室で、いいな。」

 小さく頷くと、グループに分かれて、受け持ちの教室に向かう。


 特別棟には、理科実験室や、音楽室、実習棟など、普段あまり使われない教室がある。今回のイベントで使用するのは、部活であまり使用頻度の無い部屋だ。よって、音楽室にはいつも吹奏楽部が陣取っている為、女子が隠すことはない。

 他クラスの男共が、俺達の動向が気になるのか、チラチラ見てくるも、敢えて声を掛けてくる奴はいない。


(見つけても、取られないようにしないとな)


 何せ、俺達は今のところ、堂珍率いる三組と同じくらいカードを集めているのだ。狙ってくる輩がいるかもしれない。

 設楽が指示したのか、設楽の後輩達が優秀なのか、教室の見取り図に赤マークがついている箇所がある。

 下見に行った時に、隠せそうな場所を探索していてくれたらしい。


(勝ったら、設楽に後輩達分、おごらせよう)


 自分の小遣いから出す気は全くないが、この見取り図の見やすさと、丁寧さに感動した。

「おい、あったぞ。」

 小さな声で、夏目が言ってきた。

 手には赤いカードが握られている。

 俺と夏目は、ニヤニヤがとまらない。

 他のクラスだって、探しているのに、こうも簡単に手に入るとは思っていなかった。

 カードは二つ折りなのだが、周りをがっちりとセロハンテープで貼ってある。

 箱に入れてあったカードは、折っただけの物が入っているが、内容を見られるのが嫌だったのだろう、周りをがっちり固めてある。

 そんな恥じらいのある女子を思い浮かべながら、カードを撫でてしまう。

 一枚見つかっただけでも、大いなる収穫だ。

 三年女子全員でも七十二人。

 俺達の学年は男子の方が多く、八十人。

 なので、女子にモテるという事がどれだけ貴重で、尊いものか。

 急いで教室に戻ると、探しに行っていた他の男子も、手にカードを握っていた。


 俺達は、湧いた。


 心の底から、皆がガッツポーズをしていたと思う。

「何だよ、結構あったんじゃね。」

 夏目の目がキラキラしている。

 集めてきた数、七枚。

 既に、箱に入っている分を足したとしても、三分の一以上のカードがあるはずだ。

 そして、今日入ったら、俺達、一位かも。

 男子全員、クラスでアホみたいに陶酔していたと思う。

 何せ、俺、声が聞こえたもん。

『和樹、見直したわ、あんた、うちの自慢じゃ』

 満面の笑顔で迎えてくれる、あゆたんの顔。

「あれ?」

 甲高い声が耳元で聞こえた。

 せっかく、いい気分で俺があゆたんに褒められていたのに、設楽め。

「設楽、俺の妄想を邪魔するな。」

 隣にいた、設楽に言うと、

「ねえ、これ違わない?」

 カードを俺の前にかざすと、ヒラヒラさせた。


 それは、周りがテープで囲われているカードだ。

「そりゃ、見られるのが嫌で、テープで開けられないように貼ってんだろ。他の六枚だってそうじゃん。」

 設楽に言うと、イライラした目を俺に向けてきた。

「和樹、これ違うんだよ。これ、インクなんだ。学校にあるのは、トナーカートリッジ式で、紙に焼き付けるタイプなんだ。学校のは、大量にするからどうしても荒くなりがちなんだけど、インクジェットは紙に色を乗せるから、ほら、キレイな発色なんだよ。これ、誰かが、別に作った分じゃない?」


「えっ!」


 皆で一枚、一枚、丁寧に見る。

 だが、俺達にはよく分からない。

 比べるものが無いと。

「ねぇ、女子で持ってる子がいたら、借りてくるから、待っいて。」

 教室の隅っこで集まっている女子に設楽が話しかけると、一枚カードを持ってきた。

 それは確かに、今俺が持っているカードよりも、少し暗く、文字の発色が少し粗い。

「でも、同じ日に全部印刷したとは限らないだろ。少し違う色になる時だって。」

 言いかけた言葉を飲み込んだ。

 設楽にしては、激しく首を振り否定した。

「それはありえない。パソコン部はデータの持ち帰りは許されていないんだ。部活の限られた時間の中で、いいものを作る。文化祭でゲームをつくって、披露する時だって、学校に残ってやることはあっても、家での作成は認められなかった。寝不足になる人が出るからね。だから、このカードも部活の合間に作成して、印刷を一気に女子分だけしてもらったんだよ。だから彼女が持っていたものが、後輩達が作ってくれた分。このテープではってあるものは、誰かが作ったものだ。」 

 設楽が強い語気で言うものだから、圧倒されてしまう。

 でも、って事は、

「偽物が出回ってるのか?」

 ぼそりと言った言葉が、ここにいる男子の胸に突き刺さった。

「それって、カード取るより最後まで分からないんだ。たちが悪くないか?」

 自分で言った言葉で、顔が青ざめていく。

堂珍なら、やりかねない。

 俺と夏目、今回は設楽も加わり、三組に突進していく。


「堂珍!」

後ろのドアを開けると、女子に囲まれている堂珍がいた。


(くそっ、羨ましい)


 設楽が、俺達より前に出て、

「堂珍君、話があるんだけど、いい。」

 何かよく分からないが、いつもは大人しい設楽にスイッチが入っている。

 堂珍が頷くと、教室の外まで出てくれた。

「助かったよ、女子が受験で分からないところ教えてほしいって言うから、教えてたんだけど、キリが無くって。自分の勉強もしないといけないからさ。」

 しれっと、モテてるところを邪魔してくれてありがとう、と言えるこいつは、マジですげえ。

 だが、今日の設楽は違う。

「堂珍君、このカード、僕の後輩達が作ったものと違うんだけど、カードの偽物を作ってたりする?」

 堂珍にカードを渡すと、堂珍も裏表、じっくり見て、

「ふーん、確かに、これ違うプリンターで印刷してあるな。道理でおかしいと思ってたんだ。三組と一組の獲得カード枚数があまり違わないって女子が騒いでいた事に。それでも、俺が勝つと思っていたから放置してたけど、考えたな。俺じゃない。」

「そう言い切れる根拠は?僕の後輩はズルなんかしない。データを他の人間に流すような事もしないはずだ。」

「あー、お前、後輩をダシに使った奴がいると思ってるんだ。だけど、データなんて、パソコン部以外の奴だって盗めるだろ。別に出入りは自由なんだから。」

「確かに、授業でも使うからね。だけど、パソコン部が使用するフォルダにはロックがかかってるんだ。勿論、誰かに教えてしまえば、開けてしまうだろうけど。でも、通常の授業で先生の目がある中、取り出すのは無理だ。それに、授業と、パソコン部の活動以外の時は、あの教室には鍵がかけられている。後、パソコン部で作成したものは、持ち帰り厳禁だ。」

 それを大人しく聞いていた堂珍は、ふいに壁の一点を見つめ、考えだした。


(おーい、俺達を放置するなよ)


 その時、ちょうどチャイムの音がなると、なぜか堂珍は設楽の腕を掴み、

「その後輩は、何組だ。」

「部長と副部長は、二年二組だけど。」

 聞くが早いか、近くの階段を下りて行く。

(おいおい、勝手にするな、俺達が聞いてんだろ)

 三年生の教室は三階にある為、階段を下りた先は二年生の教室だ。

 二年二組に行くと、

「パソコン部の後輩呼べよ。」

 後ろに付き従った、設楽に命令口調で言う。


(おいおい、説明しろ)


 設楽も文句を言う訳でもなく頷くと、二組に入りパソコン部二人を廊下まで連れてきた。

 その二人は、伊藤 始と野上 良太といい、伊藤の方が、パソコン部の部長で野上が副部長なのだそうだ。

 両方とも、地味系で、色白、伊藤の方が部長だけあって、しっかりしてそうな感じだが、野上の方は、二年生の間で押し付けられたのか、少し頼りなくおどおどした感じだ。

「堂珍先輩、夏目先輩、須藤先輩、こんにちは。」

 可愛らしく挨拶をくれるも、やはり俺は最後か。

「伊藤と野上だな。カードや集計箱を作成してくれてありがとう。手間だったろうが、よくやってくれた。」

 まずは、礼節を重んじる堂珍は、俺と同じ年には見えない。

 二人とも恐縮そうにペコリとお辞儀をするが、堂珍から礼を言われるとは思ってなかったのか、居心地が悪そうだ。

「二人に聞きたいんだが、パソコン部の部活をしている時には、入部してない奴も使えたりするのか?」

 部長の伊藤の方が、こくりと頷く。

「僕達だけじゃなく、文芸部や新聞部も使うので、それ以外の私的で使う人達は、先生の許可がいります。勿論、僕等も使う時は、使用ノートに部活名と学年、組、名前を記入しなければいけません。」

「でも、記入しなくても、分からないんじゃない?いちいちチェックするの?」

「退出時には、必ず自分が記載した箇所に、退出時間を書くようになってるんです。でないと、鍵のかけ忘れがある場合もありますし、それに、部活の顧問が来た時には、人数と名前のチェックをしておられます。勿論、絶対ではないですけど。」

「要するに、誰もが入れる訳では無いけれど、出来なくもないって事だ。君たちがカードを作っていた時は、どうかな。他に人がいた?」

 伊藤がうーんと唸りながら、思い出したのか、

「いや、いなかったです。文芸部や新聞部は、活動が活発ではありませんし、人数も少ない。いない日の方が多いです。あの日は、僕と良太、設楽先輩も途中来てくださいました。後は、二年生の他の部員が四名と、一年生の部員が五人です。新入生向けのチラシとゲームを開発しているので、本当に黙々とやっている感じです。部活仲間だけだったので、他の人がくれば、分かります。」

 横で、野上もうんうん頷いている。

「では、誰かがパソコンで作成したカードのデータを抜こうとしたら、どう?出来る?」

 さすがに、伊藤と野上も、セキュリティーの問題になると、先輩だろうと怒ったように、

「僕達はデータを盗んだり、持って帰ったりしません。」

 設楽が、まあまあと落ち着かせながら、

「僕だって無理なのは知っている。パソコン部のフォルダには鍵がかかってる。そして、パソコン部でそんな事をする人間なんていない。ただ見てくれ、これは学校で刷られた物ではないだろ?」


 先輩の設楽からカードを見せられると、二人とも手にとり、じっくり見ながら、頷く。

「確かに、部室のプリンターで刷られた物ではないです。でも、データを抜こうとすれば誰かが、注意するはずです。」

「でも、部活中だ、みんな作業に没頭しているだろ。いちいち監視してる訳じゃない。」

「それは、そうですけど・・・。」

 二人ともがしゅんとなってしまう。

「僕は信じてる。パソコン部にそんな人はいないよ。居たとしたら、よっぽど何かで脅されているか、その人に信頼を寄せているかだ。お前達は何も悪くない。」

 二人をひしと抱きしめる設楽は、猛獣に食われそうになる前に抱き合う、小動物のようだ。

「もういいだろ。可哀そうじゃん。」

 俺が助け舟を出したつもりだったけど、

「お前、何言ってんの?俺はいいけど、お前らの箱に、この偽物が大量に入ってたらどうすんだ。俺が言うのもなんだけど、俺達のクラスには偽物は入ってないと思う。俺に対して入れる意味がないだろ。目的は混乱なんだ。二組と四組には気をつけな。一組が上位だなんて、きっと思ってないぜ。」

「まじか、あの中に偽物あるのか?隠してある分だけじゃなく!。」

「たぶんな、だけど、開けるのはご法度だぜ。取り合えず、そのカードは開けていいぞ。」

 俺の怒りは頂点だ。

 ズルはズルはダメじゃん。

 自分がする分にはいいけど、他の奴に貶められるのは、屈辱だ。

 反省した。ズルしようと考えて、ごめんなさい。

 開口に貼ってあるテープを剥がし、カードを開くと、書いてあったのが、


『残念、気を悪くしないでね』

 可愛らしい字体であっても、偽物は偽物だ。

「誰がこんな酷い事、すんだよ。」

 夏目が言うも、お前が言うのはどうかと。

「まあ、違反じゃない。ルールは作ったけど、こういう事をしてはいけないとは言ってない。俺は、お前等のクラスが一番こういう事をすると思っていたけどな。意外と真面目にやってたんだ。」

 グサリとくる言葉だが、今はスルーする。

「で、野上君だっけ、誰に頼まれたんだ?」

 言われた本人は、びっくり顔のまま、どんどん青ざめていく。

「えっ、野上がバラしたのか?って、堂珍なんで分かるんだよ。」

「そうだよ、パソコン部にそんな人間いないよ。」

 まさか、後輩が誰かにデータを渡しているとは思わず、設楽まで青ざめていく。

「堂珍先輩、そういうの辞めて下さい。野上はそんな事してませんよ。」

 伊藤が抗議の声を上げるも、堂珍の方が一枚も二枚も上手だ。

「じゃあ、これは誰に貰ったんだ。はじめて会ったけど、お前には似合わないだろ。」

 胸ポケットから出ている銀色の鎖を引っ張ると、綺麗な組紐を編んだようなキーホルダーが出てきた。

「おっ、可愛いじゃん。俺もこんなん持ってる。ミサンガだけど、幼馴染が作ってくれたんだ。」

 あゆたんが広島にいた頃、巫女のアルバイトをしていて、組紐みたいなのを作っていたらしい。それで、俺にもキーホルダーではないが、ミサンガのようにしてくれたんだ。

「野上、彼女でもいるのか。そいつに教えたのか?」

 夏目が詰め寄ると、野上は観念したのか、

「設楽先輩、伊藤、僕、本当にデータは盗んでない。ただ、来年の為に、家で同じ様式のものを作っていたんだ。それは来年の為にアレンジしようと思って。だって、先輩達が成功したら、僕達だって来年やれるかもしれないでしょう。だけど、それを誰かに渡したりはしてないよ。ただ、僕の姉貴には言ったけど。こんな事してるんだよって、僕も来年出来たらいいなって。自分もモテた事ないし、せめてチョコだけでも大量ゲット出来たら、自慢になるよなって、思って。」

「じゃあ、それは?」

 キーホルダーを指しながら言うと、

「これは、杉崎先輩が、今回大変だったでしょうって、くれたんです。その時にデータの事とかも聞かれたりしたけど、持ち出しは出来ないので、パソコン部に見に来て下されば見せますとは言いました。それだけです。」

 隣で伊藤の顔がパッと赤くなる。

「僕ももらったんだ。黙っていてごめん。」

 そう言うと、ズボンのポケットの中から、色は違うが同じようなキーホルダーを取り出した。

 二人で顔を見合わせると、二人とも赤くなる。


 要するに、自分だけがもらったと思って、お互いが言わなかったんだろうな。

「仕方ない、愛結ちゃんからもらったら、そりゃ、自分だけが特別かと思うもんな。俺だって言わない。そして、和樹の前でどうどうと見せて、女子からもらったアピールをし、卒業してから、愛結ちゃんからもらったってバラす。」

「あっ、そう。」

 夏目の妄想が暴走しそうなので、放置するに限る。

 あゆたんが夏目に何かあげるとは、思えん。

「じゃあ、お前の姉貴は、ここの学校の誰かの兄弟と繋がっていたりするのか?」

 堂珍だけが冷静で、他の事を考えていたらしい。

 野上は少し考え込むと、

「高校のクラスが一緒なのは、三橋先輩のお兄さんと一緒みたいです。いつも帰ってきて、かっこいいとか言ってます。ただ、最近、彼女が出来たらしくって、ちょっと落ち込んでるみたいですけど。」

「三橋の兄貴なら、かっこいいだろうな。」

 俺が同意すると、堂珍以外の皆が溜息をつく。

 堂珍はというと、考え込んでいるのか、眉間に皺が寄っている。


(お前が天才なのは分かるけど、俺達は凡人なの、説明しながら考えてくれるか)


 心の中で思うも、いったい何をそれ程、考えているのかさっぱりだ。

「なるほど、あるかもな。じゃあな。」

 堂珍が覚醒すると、自分だけで納得し、帰ろうとした。

「ちょっ、堂珍、何だよ。何考えてたんだ。」

 急いで追いかけ詰め寄ると、

「俺には支障がないと判断した。お前等は頑張んないと、足元をすくわれるぞ。」

「で、なんなんだよ。それって。」

「自分で考えろ。それよりいいのか?今日と明日しかないぜ。集計箱は明日の四時に薫ちゃんの所に持って行く。後は、受験の発表時までお預けだ。言っとくが、箱からカードを出すのはアウトだぜ。それと、出来れば、箱ごと誤って処分したとか、何かの方法で中身を取り出し自分達のに入れるとか、そういうカッコ悪いことはやめろよ。このゲームは後輩達だって期待している。カッコいい先輩、ゲームをしても、受験で失敗しなかった成功例をズルなしで出す。それが一番、憧れる先輩像だぜ。」

 ニヤリと不敵に笑う堂珍は、くそかっこいい。

「ズルなんかしねぇ、そんなこと、考えた事もないぜ。」

 夏目、お前、全力で賛成したじゃん。

「ならいいけどな。せいぜい、がんばりな。」

「言っとくけど、偽物が出まわろうが、俺が勝つ。いいな。」

 堂珍は、じゃあな、そう言うとポケットに手を突っ込み、自分の教室に戻って行った。

「あいつ、何だったんだ。犯人捜しをしてくれてるのかと思いきや、自分だけが納得して帰ってったじゃん。」

「でも、堂珍君、夏目や和樹がしようとしていたこと、お見通しだったね。やっぱり、ズルはダメなんだよ。」

 設楽よ、お前も最後は納得したじゃん。

「あれは、俺の意志じゃねえ。巨人が狂った事をぬかすから思わず賛成したんだ。普段の俺だったら、そんな意見、無視だな。」

 ありだ、そう言ったの夏目だぞ。

「だけど、ズルなしだと勝ち目がなさそうだ。何せ俺等のクラス、偽カードが入ってるかもしれないだろう。どうする。」

 先ほどの勢いはなく、教室に戻る足取りが重い。

「カードを盗むのはダメ、箱ごと無くすのもダメ、後は何が出来る。」

「箱ごとすり替えるのは?」

「だから、それ、やり方が違うだけで、ズルでしょ。」

「設楽は、俺や夏目が学校の笑い者になってもいいって言うのか?坊主の恰好で、好きな人に告白しろと、お前は言うのか?俺の事、友達とは思ってないのかよ。」

「和樹、僕はズルがダメだよって言ってるの。正々堂々と負けた時は、僕も堂珍君に、そういうのは辞めてって言うからさ。大丈夫だよ。」


 ニコニコしながら、僕に任せてよ、そう言う設楽に、任せられるわけないだろ、怒鳴りたい気持ちだ。俺も夏目も男子だ。いったん、皆の前で話された事を、そうそう出来ませんなんて、男子のプライドが許さないんだ。


 女子なら、泣きながら無理って言えるかもしれないけれど、男子に生まれたからには、無理なんて、出来ませんなんて、言えないものなのだよ。

「とにかく、一位を目指す。堂珍は二組と四組に注意しろって言ってたけど、そのクラスが偽カードを作ってのか確認しようぜ。」

「でもさ、偽カードを暴いたところで、別にルール違反なわけじゃない。やったらダメなんて、言ってないんだから。堂珍君だって言ってたでしょ。」

「だけど、世間様のイメージは悪いだろ。そんなんで俺等に勝ったって、カッコ悪いじゃん。例え、もしかして、俺達が四位だとしても、それで負けたんならねって言われるだろ。救済措置みたいなものだよ。」

「なるほど、確かに。」

 夏目が納得した時点で、まず二組に向かおうとしたら、

「和樹、何しとるん。」

 あゆたんの、天使の声が聞こえた。

 夏目もピクリと反応し、

「愛結ちゃん、何?」

 俺より先に声をかける。

 俺が呼ばれたんだけど。

「たいした用事じゃない、頑張ってるかと思って。一組はどんな感じだ?」

 さすがに、夏目や設楽もいるから、広島弁は控えている。

 大好きなあゆたんを前に、先ほどまでの諸事情を話した。

「そっか、偽カードが出まわっとるんだ。それでも、結構集まってるんなら凄いじゃん。最初に和樹から言われた時は、どうなるかと思ったけど、順調そうで良かった。和樹は昔から素直じゃ。ズル的な事は嫌いだろうが、負けてもご褒美あげるから、頑張れ。」

 にっこり笑うあゆたんは、俺のパワースポットだ。

「愛結ちゃんはカードどうしたの?」

 設楽が横から口を挟む。

「うーん、内緒。友達は好きな人にあげたりしてるけどな。私もそうできるといいけど、相手がな。」

「相手って、いるのいないの?」

「だから内緒だ。和樹の事は応援してる。でも、勉強はしないとね。落ちたら和樹のお母さん、きっと和樹の分も泣くよ。」

 俺もおもいっきり頷く。

 受験は頑張る、でも、一位は取りたい。

「和樹、一緒の高校に入ろうな。」

 そう言うと、髪を揺らしながら教室へ戻って行った。

「あゆたん、俺の事、好きだって、俺、もうゲームで負けても悔いなし。ご褒美って何かな。」

「バカたれか、応援してるって言われただけだろ。目を醒ませ、お前に愛結ちゃんはもったいない。」

「だって、高校一緒に行こうって、好きって事だろ。」

「飛躍しないでよ。友達が好きな人にカードをあげてるから自分もしたいなって願望でしょ。」

「だから、俺だろ。」

「和樹、貰ってないでしょ。」

「もう、入れてあるかもしれないじゃん、今からかもしれないじゃん。」

 もう、俺の脳には春がきている。

「ダメだこりゃ。」

 夏目がお手上げのポーズをするが、俺の脳内は今、ピンクが飛び交っていた。

「それよりどうするよ。っておいっ。」

 俺の肩が思いっきり揺れる。

 せっかく、いい思いに浸ってるのに何だよ。

「いつまでぼーっとしてんだ。前から、三橋が来てるだろ。」


 前方を見ると、背が高くキリッとした好青年がこちらに向かって歩いてきた。

 三橋 勇人は野球部のエースで四番だ。

 運動部だけあって、がっちりしているが、背が高くスタイルがいい。

 顔は爽やかで誰から見ても、好青年の印象がある。

 堂珍のような、強引に引き付けるようなカリスマ性はないが、立っているだけで絵になる男である。

「えっと、三橋君だよね。」

 向こうは、少しびっくりしたのか、眉を上げたが、俺達が壇上でさらし者になっていた企画者だと分かり、少しはにかみながら立ち止まってくれた。

「えっと、俺は一組の須藤、こっちが夏目と設楽、あのさ、四組はどんな感じかな。立案者としては、結果も気になるけど、楽しんでいるかも気になって。一応、受験の気晴らし的な要素もあるからさ。」

 三橋は、うーんと唸りながら、

「俺は、あまり参加してないから、でもクラスの男子は喜んでたよ。最後の最後にこんなイベントがあると、抑圧されてきた分、発散できるみたいで。」

「三橋君はつまらいない?」

 少し考えながら、

「勿論、クラスの男子が喜んでやってるのは、見てて楽しいよ。ただ、自分は勝負事でも、こういうのより運動の方が盛り上がるんだ。チョコも甘いのは苦手だし。まあ、最後にこういうイベントがあるのは、面白いとは思ってるけどね。須藤達も大変だろ。堂珍まで巻き込んだのは、大したものだとは思うけど。」

 笑うと白い歯が、爽やかさを一層際立たせる。


(こいつ、いい奴だ)


「そう言えば、三橋君、立花先輩と付き合ってるって聞いたんだけど、ほんとか?」

 夏目が、さも羨ましそうに聞くが、いきなりぶっこむなよ。

 三橋は、別に嫌な風もなく笑いながら、

「彼女は、俺の兄貴と付き合ってるんだ。兄貴もあんな美人と付き合えて、舞い上がってんだろうな、俺に彼女の写真送ってきたりするんだよ。まじ、うっとおしいんだぜ。俺と兄貴が似ているからなのか、俺と付き合ってるみたいな噂が流れてるけど、残念ながら違うよ。そのせいで、俺の彼女がヤキモチやくんだ。俺としては、可愛くて嬉しいけど。だから、立花先輩と付き合っているのは嘘だよ。だけどクラス男子からは、そのせいで、カードの伸び率が悪いんだって言われて、関係ないのにな。」

 屈託なく笑う三橋は、本当に好青年だ。

 俺は、堂珍より、三橋になりたい。

「まあ、みんなが息抜き出来ればいいよ。」

「お前、いい奴だな。」

 思わず夏目の言葉が漏れる。

「ねえ、三橋君。今、ちょっと困ってる事があって、女子に配っているカードの偽物が出回ってるんだ。四組は大丈夫なの?」

 こういう時、設楽は頼りになる。

 目的遂行を忘れていない。

「そうなんだ。俺は初めて聞いたから分からないけど、そう言えば、俺の兄貴もこのイベントの事、知ってたんだよな。何か、絵梨佳さんから聞いたみたいで、お前等はいいよなとか言われたんだった。」

「絵梨佳さん?」

「うちの学校に弟がいるらしいけど、野上 絵梨佳って言って、たまに俺んちに遊びにくるんだ。俺の兄貴の同級生でさ、だから、俺の彼女も絵梨佳さんと仲良しになって、たまに絵梨佳さんから、女性にはこうした方がいいよって、アドバイスを貰うんだ。俺も兄貴も男兄弟だから、女子の嬉しがる事が分からないだろ、だから助かってる。って、ごめん、話がそれたな。」

 はにかみながら嬉しそうに笑う三橋は、幸せそうだ。

「俺も聞いてみとくよ。そういうズルは好きじゃないから。」

 横を通り過ぎていく三橋は、男の俺でも惚れそうだ。

 颯爽としていて、かっこよく、とにかく性格が良さそうだ。

「俺、三橋のファンになりそう。」

「うん、彼女がいても、素直におめでとうって感じだな。」

「ただ、カードの件は分からなかったね。和樹、どうする?」

「二組でも聞いてこようぜ。」


 何だか、モテ男でも素直に応援できる奴もいる事に、少し自分の考えを改めた。

 三橋でさえ、女子の気持ちが分からないのであれば、俺なんて理解できるわけもない。

 俺だけではなく、夏目も設楽も思うところがあったのか、少し軽やかな足取りで二組の教室に向かったのである。

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